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政府調達の裏側

安倍元総理の国葬をめぐって、イベント業者が一社入札によって選定され、かつその業者が5年間にわたり”桜を見る会”の企画運営に当たっていたことが国会やマスコミで大きく取り上げられています。私は、1992年(平成4年)からおよそ10年間ほど、ITメーカーの一社員として様々な官公庁への売込みに携わってきましたが、その間見聞きし経験もした政府調達の実態から考えれば、これはさほど不思議な出来事とは思えないのです。今一つ踏み込み、調達仕様書と事業者による提案書(とりわけ体制図など)を見れば疑惑の全貌はかなり見えてくるのではなかろうかと思うのです。野党もマスコミも、漫然と担当官にヒアリングするだけではなく、これらの書類の開示を求めて分析をなぜ行わないのか不思議でなりません。また、公正な入札の結果だと主張する政府も、こうした書類を示すことで潔白性が証明できるのではないかと思うのです。
そこで、今回は私の経験した範囲で、政府調達にまつわる課題について考えたいと思います。なお、以降の記述は、今般の国葬における事業者選定とは何らの関わりもないということをお断りしておきます。

政府調達の仕組み

言うまでもなく、官公庁との取引を成立させるには競争入札で落札することが必須要件です。入札制度は、国民の税金の使い途に関わる公的事業の調達を公平に行うための重要な仕組みで、国や公的機関にとって最も有利な条件を提供した者との間に締結する”競争契約”とも呼ばれています(入札方式についてはこちらを参照)。
”国や公的機関にとって最も有利な条件”を満たす入札で最も確実に落札する方法は、赤字覚悟で競合他社より安い値で入札することです。実際、1990年当初頃には『1円入札』という荒手の落札者まで現れて話題になりました。とにかく安値で競争入札を勝ち取ることで、その後に続く継続的な発注で元を取ろうという思惑があったようです。
こうした安値入札を防ぐ意味もあって、昨今では”総合評価落札方式”が一般的に採用されています。すなわち、入札額以外の技術や安全性などといった要素を加味して総合的に評価するといった方式です。評価項目と各々に相当する評点をあらかじめ決めておき、入札の際に提出された書類の内容から評点を合計して技術点を決め、入札金額と技術点を総合的に勘案して落札者を決定するという方式です。
また、調達額によっても調達方法に違いがあります。SDR(Special Drawing Rights)という 国際通貨基金(IMF)に加盟する国が持つ特別引き出し権を基準に、10万SDR(現邦貨換算で約1540万円)以上の調達は入札に付され、80万SDR(同 約1億2300万円)以上の調達案件では入札の前に資料招請(調達内容に対して事業者から提案書を受ける)と意見招請を受け付けるといった手続きが加わります。事業者から提案や意見を受け付けることで、より公正な仕様内容によって調達行為を行うといった狙いがあります。
こうした政府をはじめとする公的機関の調達に参加するには、事前に”競争入札参加資格”を得る必要があります。資格にはA~Dの4段階の等級があり、Aに近いほど予定価額の高い調達に参加することが可能となります。

等級による入札参加資格

等級は資格申請時に提出する納税証明書や財務諸表などといった書類がもとに決められますが、特に注目される数字は「過去3年間の売上」「純資産や流動資産(負債)額」「流動比率」「営業年数」「設備額」などです。従って、資金力や事業年数の少ない新興ベンチャーなどは、どのように優れた技術力があろうと上位の等級は得られない仕組みになっています。

政府調達に対する裏ワザ

以上のように、政府調達には公平公正さを担保するために入札を中心とした様々な仕組みが設けられていますが、事業者側とすればより確実に適正な価格で落札することが当然の願望になります。そのために様々な手段を講じるのですが、私の経験した範囲では次のようなテクニックを見ることができました。
①参加資格に縛りを加える
『入札者に求める要求要件』といった項目に厳格な縛りを設定することで、応札可能な事業者をある程度ふるいにかけることができます。私が経験したこの手の縛りでは「同様の役務に携わった経験が○○回(もしくは〇〇年)以上あること」などがありました。こうした縛りは、より確実な経験を持つ事業者に参加して欲しいという発注者側の希望が反映されているようです。
②仕様内容で縛りを加える
調達条件が書かれた仕様書上で、ごく限られた事業者しか実現できない要求仕様をあえて組み込むことで、入札可能な事業者を絞り込む方法です。要求仕様には、特定の技術やノウハウなどのほかに、納入時期などの条件も含まれます。納期縛りで私が経験した酷い事例では、事前準備をかなり行っていないと到底間に合わないほどの直近の納期が設定されていたことです。おそらく落札した事業者は、入札が公告されるかなり前から開発といった準備作業を進めていたのでしょう。
③事業者間の縦連携による入札
企画や調査などの役務調達のような様々な知見を必要とする調達案件では、複数社が連携することで要求された仕様が満足できるケースは多々あります。こうした入札では、入札提案書に再発注先の事業者名と役割とプロフィールを明記したうえで入札し、落札したプライム業者もとで各々の事業者が指定された業務の再委託を受け実施することになります。こうした仕組みをうまく使って、競争相手を合法的に排除し確実に落札に持ち込もうとする行為もあるようです。つまり、競争相手と話し合ったうえで上下関係を結び、互いに損のない範囲で売上を上げられる仕組みを作る方法です。

上図はそれをかなり単純に表現したものですが、このような連携ができれば、参加する事業者は一定の利を得ることができることになります。現状では再委託についてはかなり規制されていますし、現実では原価などの要素が加わるため図のように単純にはいきませんが、参加する事業者同士で周到に準備を行えば、双方にとってWin-Winな関係を築くことも可能です。ちなみに、オリパラや持続化給付金などの事業で多くの企業が複雑な関係を結んでいましたが、そこにはこうした意図は一切なかったであろうことを信じたいと思います。

政府調達のもたらす影響

冒頭でも述べた通り、以上の記述は今般の国葬による一社入札を疑う意図も、ましてオリパラや持続化給付金に関連する事業構造について疑って考察するような意図は全く持っておりません。むしろ、こうした話題は、政府調達をめぐる根本的な影響に比べればごく些末なことだと感じています。
ここで最も問いたいことは、事業年数や財務諸表などといったいわば過去の実績に基づいて事業者の信用度を測ることの妥当性への疑問です。前述したように、資金力や事業年数の少ない新興ベンチャーは、いかに優れた技術力があろうと上位の等級を得ることはできません。こうした新興企業の多くは、プライムになり得る企業の下について、下請けに甘んじなければならないのです。つまり、一定年数は先輩格の大企業の下で下積み生活を積まない限り、大きな案件にありつくことはできないのです。
こうした調達形態は、かつての年功序列型の人事構造と似ているように思えてなりません。ドッグイヤーとも言われるように変化の激しい今日の経済環境では、変化に迅速に対応可能なベンチャー企業に大きな期待がかかっています。政府調達では、そうしたベンチャー企業にも活躍の場を増やすことも重要な役割の一つではないでしょうか。また、先輩格の大企業の下での下積み生活は、下請け孫請け構造が定着するきっかけにもなりかねないことから、ベンチャー企業の自由な発想やイノベーションを阻害する要因にもなるのではといった懸念すら感じます。
韓国では財閥系大手企業の多くは政府調達には関われないと聞いています。すなわち、中小規模の企業のみが政府調達に参加でき、大手企業は海外に市場を拡大するように要請されているということです。韓国は国内市場に限界があるからだと考える向きもあるようですが、様々なイノベーションが発出される韓国産業界では、規模の大小で選別するのではなく、それぞれの企業に応じた活躍の場を公平に与えることが産業のダイナニズムの維持につながっているように思うのです。
国民の税金に基づく政府調達ゆえに、調達の公平性や信頼性が重視されるのは当然のことです。入札をはじめとする政府調達の仕組みは、そうした要件を確実にするために設けられた仕組みです。ただし、企業の信用力を測る方法や、適材適所の最適な調達行為が遂行されるための仕組みについて、将来の産業界のあり方を見据えながら原点に立ち返って再考すべき時期に来ているのではないでしょうか。

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