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【憑き物怪異帖】「開かずの間 2」


 案内された客間を出て、開かずの間の入り口があるであろう付近に着いた勇弥と洋二。
 そこにはどこからどう見ても、ただの壁しか見えないのだが。

 洋二はそこにあたかも扉があるように、はっきりと指し示すのだった。
 しかし指示されたそこを見つめても、ただの壁しか見当たらない。

 勇弥は手に持っていた間取り図と指示された部分を見比べながら、唸ることしかできなかった。

「あー。
 確かに間取り図には入り口はありますが、見る限りでは完全な壁ですね。
 場所的には玄関と一直線ですが、開かずの間を挟んで向こう側にあるんですねぇ」

「はい。
 私たちの後ろには台所と風呂場がありますが、この開かずの間の入り口の正面は廊下です。
 私もこの間取りは珍しいと思っていたのですが、最近塞がれたということはなく、この家が建てられてからずっとこの状態のようです」

 自分たちの後ろをすり替えりながら、洋二は淡々と説明する。
 確かに勇弥たちの後ろには長い廊下が続いており、その廊下を挟んでついになるように台所と風呂場があるのだった。

 確かにこれは珍しい。
 玄関を上がるとすぐ、屋敷をぐるっと一周する廊下があり、ちょうど玄関から貫通するような位置にまた廊下がある。
 こんな間取りがそうそうある訳がない。

「でしょうね。
 この部分だけ壁の色が新しいだなんてこともない。
 では、この家はいつ建ったのか、ご存じですか?」

 こう言いながら、勇弥は壁を触ったり顔を近付けながら観察する。
 しかしそのどこにも粗はない。

「はい。
 明治4年と聞いております」

 勇弥からの問いかけに、淡々と答える洋二。
 洋二の返答を聞いた勇弥は、ぴたりと動きを止めてすっと姿勢を正した。

「……そうですか」

 そうぽつりと呟いただけの勇弥に、洋二はきょとんとしてしまう。
 何かおかしなことを言っただろうか。
 そう思って勇弥の様子を窺った。

「八神様?」

「あ、いえいえ。
 ところで、物音がするとおっしゃってましたが、例えばどのような?」

 声を掛けられた勇弥はにこりと笑って話題を切り替える。
 それを少々訝しんだ洋二だが、すぐに答えるのをためらうのだった。

「……」

「……あの?」

 先程とは打って変わって押し黙ってしまった洋二に、勇弥は促すように声を掛ける。
 洋二はちらりと勇弥の方を見て、少しためらってから答えるのだった。

「……鞠をつくような音と、笑い声。
 それから鈴の音とでんでん太鼓に似た音がするのです」

 具体的なことを聞かされた勇弥の頭には、すぐにある怪異が浮かぶ。

「座敷童子では?」

「そうだとしたら、あまりにも不可解です。
 今まで一度も見たことがありませんし、物音がし始めたのもつい最近なのです」

 単純な可能性を提示した勇弥を、洋二はすぐさま否定した。
 ともすれば、その可能性は自分も考えたと言わんばかりの勢いに、勇弥も首をひねる。

「うーん、座敷童子はいたずら好きですからね。
 物音も気まぐれということで――」

「それにしても!
 鞠やでんでん太鼓を供えたこともなければ、鈴なんて高いところにあるだけなのに!
 そもそもあまりにもタイミングが良すぎるのです……」

 手掛かりが少ない現状では、洋二の否定も受け入れがたい。
 姿がはっきりしないのであれば、対応しようがないということで仮として座敷童子にしようとしたのだが。
 洋二はそれを遮って、更に話を続ける。

「と、言いますと?」

 言い淀んだ洋二に、何か手掛かりを握っているのではないかと考えた勇弥は先を促す。

「物音がし始めたのは、父の3回忌を迎えた日からです。
 父は幼少の頃、よくここで遊んでいたらしいので」

 物音がし始めた具体的な情報を知れたのはいい事だが、また新たな情報も手に入れた。
 一見して繋がっていないように聞こえるこの情報に、勇弥は目を付けて深堀していく。

「ここ、と言うと、今我々が立っているこの場所、ですか?」

「はい……。
 父は少し変わっていて、私が物心ついた時からずっと、毎日欠かさずここに立って、独り言を言っていました。
 まるでこの中の誰かと会話をしているようで、私はずっと父が恐ろしかったのです……」

「この中の誰かと毎日会話、ですか……。
 その内容はどんなものでしたか?」

「そばに寄らないようにしていたので、詳しくは分かりませんが一番よく覚えているのは、『そこは窮屈だろう、いつか必ず出してやるから、もう少し待っていてくれ』です」

 思っていたよりも本当に話しかけているような物言いに、勇弥は無意識に腕を組む。
 そして聞き様によっては物騒にも聞こえるその文句が、糸口ではないかと考えた。

「出してやる、ですか。
 お父様は、ここを壊そうとしたことは、おありなんですか?」

「いえ、ただの一度も」

「はぁ……」

 しかし洋二から返ってきたのは、拍子抜けするようなものだった。
 当てが外れたかと少々がっかりした勇弥は、思わず気のない返事をしてしまう。

「いずれにせよ、父が毎日話しかけていた頃までは、うんともすんとも言わなかったこの開かずの間から、今では毎晩物音がするんです。
 ちょうど夜中の2時から3時まで、1時間ずっと!
 私はもう耐えられません!
 近所の神社にお祓いをお願いしても、名のある霊媒師に除霊してもらっても、一向に止む気配がないんです!
 もう誰でもいい! 一刻も早く黙らせてください!」

 勇弥の態度がやる気がないように見えたのか、洋二は堰を切ったように詰め寄ってくる。
 気持ちは分からなくもないが、そう言われても手掛かりが少ない。
 今にも壁を叩きださんばかりの勢いの洋二に、勇弥はすっと目を細めて言う。

「物騒ですね、『黙らせる』なんて」

 その言葉に、洋二は食って掛かるように声を荒げる。

「あなたは、物の怪退治を生業としてるんでしょう?!」

「まぁ、平たく言えばね」

「だったら!」

 今すぐに何とかしてくれ。
 そんな勢いの用事を落ち着かせるように、勇弥は現状を整理するように言い聞かせる。

「そうは言われても、入り口もない、物音は夜中だけ。
 しかも今までそんなことはなかった、となればもはや手の打ちようが……」

「そこを何とかお願いします!
 是非今夜泊まって物音を聞いてください、精一杯のおもてなしはいたしますから!」

 どうにかしてほしいという思いが前に出て、洋二はなおも食い下がる。
 ともすればこのまま帰ってしまいかねない勇弥の言動に、どうしても繋ぎとめようと洋二も必死だった。

「いやでも、突然のことで皆さんの邪魔になりますから……」

「……私は独り身ですが?」

 ごく自然流れで帰ろうとした勇弥だが、洋二に怪訝な顔をされてしまう。
 勇弥の主張に、洋二は自分の周りを見渡しながら、単純な疑問を口にした。
 それを聞いた勇弥は顔を引きつらせて、愛想笑いをするしかなかったのだった。

「あれぇ?」

「確かに結婚しておりましたが、妻は父の異常さに耐えられず、結婚して間もなく離婚いたしました。
 子供もおりません。
 父も母も祖父も祖母も、もう既に亡くなっております。
 私には兄妹もおりませんから、八神様がお泊りになっても何の問題もありませんよ」

 勇弥の発言に疑問を抱いた洋二だったが、何も問題ないと確信したのかここに来て初めて微笑んだ。
 その有無を言わせぬ物言いに、勇弥は逃げ道を立たれてしまい、渋々ながらも首を縦に振るしかなかったのだった。

「……ではー、お言葉に甘えてー」




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