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「後医は名医」という言葉 - 士業広告と弁護士業 -

深澤 諭史
弁護士
士業適正広告推進協議会 顧問

1. はじめに

後医は名医という言葉を聞いたことあるでしょうか。

後医というのは前医に対する後医のこと、つまり、 ある医師に診てもらった後に、診察をする2人目(以降)の医師のことをいいます。

2人目の医師は名医になる、という、そういう趣旨の言葉ですが、これはどうしてでしょうか。

病気の診断あるいは治療方針の策定には、試行錯誤というものがあります。

診察し、病気を治療するためには、症状からいくつか病気を絞っていき、これでもない、あれでもないと検討をしていって、最後に病名を特定するという作業が必要になります。

ここで、最初に診察する医師というのは、全く絞れていないところから、問診をしたり、検査をしたり、あるいは実際に治療を試し、情報を集めて、病名を絞っていくことになります。

このように、最初に診察する医師はゼロからのスタートとなります。ですが、2人目以降の医師であれば、一人目が集めてくれた情報、あるいは結果的に間違っていた診断(病名)を得ることができます。

そうなると、それらの間違いは排除して、残ったものから選べる、候補が絞られているということになります。

このように、既にある程度答えが絞られているので、後医は、速やかに適切な診断や治療方針を策定できるので、あたかも名医のように治療ができる、ということです。

要するに、これは能力の問題ではなくて、誰だって、2人目、3人目に問題を扱う、それまでの失敗を参考にするのであればうまくできるだろう、そういうことを述べた格言ということです。

また、後医である以上は、前医の試みを糧にできるということで、決して、後医の自分が優れているとか、前医が劣っているとか、そういう勘違いをしてはいけない、戒めの言葉でもあるといえます。

2. 弁護士における「後医は名医」

我々弁護士についても、同じようなことが言えます。

依頼者から話を聞いて、どのような問題があるのか、どのような主張、立証ができるのか、どういう手段が適切か、そういった候補をいくつか絞り込んでいきます。そして、依頼者とも相談しつつ、最適と考えるような手段を採用して処理を行うというのが、我々弁護士の役割です。

もちろん、これまた医師と同じく、こういう判断をしたのだけれども、それが後で不適切、間違っていたということが明らかになって、別の手段を取り直すということはよくあります。

こういうケースで、かえって、前の手段の間違いを認めたくなくて、固執すると依頼者に不利益をもたらしてしまいます。間違いに対して退く勇気も大事になってきます。

このようなやり直しにおいて、典型的なのは財産の差し押さえでしょう。判決を取っても相手が任意に支払わない場合は、財産を差し押さえることができます。

しかし、日本の法律上、財産については自動的に裁判所が調べて差し押さえてくれるというシステムにはなっていません。

具体的に、債務者の財産をある程度特定して、それを指定して差し押さえをしないといけません(!)。

場合によっては、存在しない財産を差し押さえて空振りになってしまうこともあります。例えば、相手がどこかに口座を隠し持っているのだけれども、それに気がつかずに別の口座を差し押さえたが、そちらの口座にほとんどお金がなかった場合などです。

この場合、差し押さえをされたという通知は相手にも知らされてしまいますので、その後さらに財産を隠されるとか、そういうリスクも生じてしまうということです。

差押に失敗する、つまり、目論見通りの場所に財産がなかった、というのであれば、さらに別の財産を差し押さえるか、あるいは改めて財産調査をする必要が生じてきます。

最初から別の財産を差し押さえれば良かったのではないか、差押に気がつかれないように、財産調査から始めればよかったのではないか、ということは、後から見てみればいくらでもすることができます。

後医は名医という話と全く同じ構造であるといえます。

3. 債務整理の士業広告と事件処理への批判について

士業広告では、交通事故や相続など様々なテーマが扱われています。

その中でも比較的ボリュームがある、普段目にするのは債務整理に関する広告でしょう。

最近、弁護士の間では 債務整理についてこのような言説があります。

すなわち、債務整理事件を受任したのだけれども、自分に依頼する前は、別の弁護士に依頼をしていた、そこで無理な任意整理をされていて、それで破産しか手がなくなっている、無駄な弁護士費用を払わせたことになり、ケシカラン、というものです。

そして、最初に受けた弁護士が誰かと思えば、たくさん広告を出しているところである、たくさん広告を出しているところはひどい処理をしているのであり、ますますケシカラン、というような話です。

まず、そもそもの問題として、広告を出しているか出していないか、あるいはその内容がどうであるかと、仕事の質は全く異なる問題です。

広告を出す、出さない、出すとしても内容の適否、そして事件処理の適否は全く、それぞれ別の問題です。

たとえば、弁護士の非行の中でも、横領は被害が重大ですが、横領をする弁護士はみんな広告をしているわけではありません(むしろ、横領案件では、広告を積極的にしている弁護士は少数派だと思われます)。

広告の問題と事件処理の問題は混同されがちですが、区別して論じることが必要です。

4. 債務整理と後医は名医の問題

さて、上記の問題は別にしても、無理な任意整理をしたせいで破産になってしまった、前の弁護士の処理に問題があった、という話は、本当にそのまま受け取ってもいいのでしょうか。

債務整理において、任意整理で事件を進めたが、それがとん挫して、破産に至るということは、決してありえない話ではありません。

最初は本人の希望やあるいは、財産状況(自宅や車などの財産を守りたいなどが典型です)から破産は避けたい、収入状況から長期分割で返していける見込みがあったのだけれども、 途中で返済ができずにとん挫してしまい、破産に切り替えるというようなことです。

もちろん、最初から返せなくなるということが分かっていたのであれば、はじめからから破産を選択した方が良かったでしょう。ただ、その最初の時点では、破産を選択することが正解であったということは知ることはできません。

また、 合理的に任意整理よりも破産の方がふさわしいというケースであっても、本人が持っている財産であるとか、あるいは希望などから、あえて任意整理を選択する必要のあるケースもあるでしょう。

弁護士が事件処理をどう行うかというのは、弁護士が勝手に決めることはできません。そこには、依頼者の希望があり、また、希望の内容には、それぞれの人生観や考え方があり、押しつけてはいけないのです(もちろん、不合理な選択に固執する、誤解があれば、それを解く必要もあることはいうまでもありません)。

後から見て、結果的にうまくいかなかったというだけで、それで最初の処理が間違っていた と断じることはできません。

後からいくらでもいえるということで、これはまさに後医は名医の弁護士版であるということがいえるでしょう。

5. 法律問題、特に債務整理固有の問題も

債務整理のケースにおいては、よく言われることですが、債務整理の依頼者というのは気遅れや恥ずかしさの気持ちから、自分の経済状況や債務について正確に述べないことがあるということがよく言われています。

だからこそ、弁護士等はよく聞き取りをして、依頼者の希望や状況を正確に把握しないといけないと、特にいわれているわけです。

これは、任意整理がとん挫して破産に移行したケースでも同じことが言えるのではないでしょうか。

つまり、最初の弁護士からも破産の選択肢を示されていたのだけれども、手放したくない財産があるとか、あるいは自分の経済状態から任意整理を希望したが、その後とん挫してしまったという場合です。

その後、2人目の弁護士に依頼するときに、自分から「自分の意思で任意整理を希望した、あるいは破産も薦められたのだけれども、あえて任意整理を希望したが、支払えなくなって、連絡にも応じたくなくなってしまった」と説明するのはなかなか気遅れをするのではないでしょうか。

もちろん実際のケースは様々です。中には、やはり無理に任意整理をしたとか、そういう不適切なケースもありうるとは思います。

ただ、これは債務整理に限らないことですが、弁護士も医師と同様に、後からだったらどうでも言えるということはいくらでもあります。特に、債務整理は、以上の依頼者の「気後れ」が、これを促してしまう構造があります。

そういったところを看過して、 2人の目の弁護士が、1人目の弁護士が悪徳であるとか、だから広告を出す弁護士はよろしくないとか、一方の言い分だけを聞いて判断するというのは、専門家として適切な対応であるとは思えません。

6. まとめ

士業広告に関しては、(当協会が、これまで市民からアンケートを採った結果からも明らかなとおり)様々な意見があります。もちろん、健全な批判はむしろあって然るべきだと思っています。

ただ一方で、その処理内容の問題と広告の問題を混同し、そこから広告一般を敵視するような意見は、他の弁護士の名誉にかかわるだけではありません。

社会に士業広告に対する偏見が広がり、市民の弁護士を選ぶ権利や、自由にアクセスする権利を害しかねないのではないか、と懸念をしています。

以上

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