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苺の季節

市場に行くとすぐに季節を感じることができる。スーパーでもその空気は感じられるが、市場ほど濃厚な空気が漂っていることがない。どこもかしこも季節の野菜や果物で埋め尽くされる。どこも同じものを売っていて、年中品揃えがいい日本のスーパーや百貨店と比べると品数では見劣りするが、ハンガリーでは季節を逃すと全く食べられないものがある。それはハンガリー産の苺。

苺自体はハンガリーでも年中手に入るのだが、大体はギリシャからの輸入品である。それはそれで悪くないのだが、特別美味しいのはハンガリーの苺である。あまりにも楽しみだったようで、昔の記事にも苺への期待が書かれている。

四月の終わりから五月の終わり頃まで、市場は苺だらけになる。野菜だとアスパラガス(白・緑)の季節だ。どちらも私の好物なのでとても楽しみの季節である。市場ではあまり英語が通じないので、苺を買うためにハンガリー語を覚え始めたと言っても過言ではないかもしれない。当時は数の表現をあまり覚えていなかったので、毎回一キロ単位で苺を買っていたのを思い出した。

大体野菜も果物も個数ではなくキロ単位で売っているのがハンガリー(ヨーロッパ全域そうだろうか)。苺一キロも買ってるなんて恥ずかしい、というような話を昔お隣さんに話したら、「私なんか今日六キロ買ってきたわよ」ともはやプラスチックのパックではなく、木箱に並んだままの苺を見せてくれたことがあった。

私は生で苺を食べることが多いが、定番はジャムにして長期保存することだ。お隣さんは、ルバーブとレモンの二種類のジャムを作ると言っていた。ジャム作りは時間がかかる割に子供たちにすぐ食べられてしまうと不満を言っていたが、それでも顔は優しい母の顔だった。

ハンガリーの苺は甘いけれど少し酸味があって、ギリシャ産のものと比べると小ぶりである。大きくて甘いのが正義な日本の苺と比べると、ハンガリーの苺はあまり評判がよくなさそうだが、ハンガリーでは小ぶりで味が詰まっているのこそ良い苺となっているようだ。

トランシルバニアというルーマニアの北部(※ルーマニアだがハンガリー人が多く住んでいる地域)出身の先生が、一番は市場に売っている苺じゃなくて私の実家の裏庭に生えている野生の苺だと言っていた。

トランシルバニアといえドラキュラで有名な場所だが、むしろ私は苺のためにそこに行きたくなった。ハンガリーとルーマニアは隣なので地理的には近いのだが、(車がなければ)意外と良い交通手段がなく、いつか夜行列車などでゆっくり時間をかけて旅行してみたいと思った。

ともかく苺の季節は短い。今のうちに一年分の苺を食べておこうと思いながら今日も市場へ出かける。