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【朗読】夜明け前と拳銃

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夜明け前。俺は今、銃口を咥えている。

――夜明け前と拳銃。

平成後期、高校生だった俺は、死んだじいちゃんから銃を盗んだ。

蔵での遺品整理、旧日本陸軍の遺品拳銃。弾薬が入っているかも怪しい。

どうやって盗み出したかは、もう覚えていない。何故盗み出したかも覚えていないし、誰かに話したかも、もう覚えていない。

ただ、俺が今、誰にも咎(とが)められることなく、こうして銃口を咥えていることだけが確かだ。

どうせ死ぬんだ、全て話してしまおうか。

俺は社会人だ。大学生を終えて、実家から電車で2時間の場所に住んでいる。

ここは地方都市で、まぁまぁ大きな駅があって、県の中ではそこそこ栄えている。今いるのは、その駅の東口のトイレで「ここで死んだらニュースになるかな」くらいの気持ちで、この場所に座っている。

 人生はまぁ平均的で、何かに困ったような記憶はない。ただ一つ困っているとすれば、それは「この人生はあまりにもつまらなさ過ぎる」というところだ。何をやるにも、俺は主役になりきれない。

 学生時代に熱中したことはあまりないし、そこそこの友人は居たが、もう連絡も取っていない。彼女なんかも作ったりしたが、大して盛り上がった恋とは言えない関係で終わった。

俺はいつだってそうだった。何かにくすぶった心は持っていたが、それを誰かに共有することはなかった。誰かに迷惑をかけるようなことはせず、反対に、誰かを喜ばせるようなこともしなかった。

俺が拳銃の存在を思い出したのは2週間前、警察官が犯人を殺したとかいうニュースを見かけたからだった。

大学生の時に車の免許は取っていたから、それで自宅まで帰って、拳銃を持ち出した。

 帰った時、両親と軽く会話をしたが、内容はあまり覚えていない。普段と変わらないトーンで話をしたので、きっと両親は俺が死んだら驚くだろう。

 俺は、死ぬ前に少しだけ考えたい。俺が何故、夢を抱かなかったのか。

新卒で入った会社はそこそこのホワイト企業で、生活には苦労していない。ただ、やりたい仕事かと言われれば、そうでもない。就活なんて、穴場探しでしかなかった。

 小学生の時は、どうだっただろう。卒業文集になんて書いただろうか。

確かあの頃は、まだ日曜の朝にやっていたヒーローものに憧れていて、恥ずかしい夢を語っていたような気がする。

では、中学生では?中学生の頃は、テニス部だった。特段これと言った理由はなく、なんとなく人が沢山いたから入ったような気がする。プロは目指していなかったし、かといってヒーローに憧れていた記憶もない。

段々、現実を見始めたのだと思う。だが、将来を諦めたのはもっと後のはずだ。

 高校生、俺が拳銃を盗んだ年。家から近い高校を選んで、なんとなく通っていたあの頃。

俺は、何を目指していた?テニスはもうやっていなかった。日曜の朝は寝ていたし、かといって深夜まで起きていることもなかった。

 2年のある日に突然じいちゃんが死んで、大して親しくもなかったのに、死んだことが何だか悲しくて。そうだ、遺品を持っていたいと思って、どうせなら持っていちゃいけないようなものを選んだんだ。

 俺は夢を抱かなかったんじゃない。「この拳銃で死ぬこと」を夢にしたんだ。

あぁ、なんだ。もう終わってしまった。俺が語った人生や夢では、夜すら明けず、光さえ差さなかった。

 まぁ、いいさ。どうせ、統計の数字を一つ増やすだけ。しょうもなかった人生で、一度だけ見た夢を、今、叶えようじゃないか。


引き金に力を込める。自然と息が上がるが、大丈夫。後は、この手に力を込めるだけ――

――刹那(せつな)、悲鳴が聞こえた。

 女性の悲鳴。トイレのすぐ外で、揉めている様子はない。……なんだ?

交番は駅の反対にある。夜明け前の駅だ、すぐに迎えるのは俺くらいのはず。

 死ぬ前に、死ぬ前に、もし、人を助けられたなら。

俺の体は自然に動き出し、トイレの扉を蹴り破る勢いで外へ出た。そして、女性の姿を確認する。

 女性は立ちすくんだ状態で、俺に背面を向けている。女性の対面には、小太りの男が息を荒くして立っており、ナイフをちらちらと見せつけている。

 俺はすぐさま状況を把握し、女性の元へ駆け寄った。俺の姿を確認した男は、ナイフを振り回しながら近づいてくる。

 女性の肩を掴み、後ろに引く。反射で俺が前に出た。ナイフとの距離、およそ50センチ。

俺は避けるなど頭に無く、ただ、さっきまで咥えていた銃を男に向けた。

 そして、ナイフが俺の首に当たった瞬間、俺は引き金を勢いよく引いた――

――銃は、破裂した。

 小太りの男は俺の銃の存在に気付いたが、すぐには止まれず、その破裂を顔で受けた。

俺は、手のひらがぐちゃぐちゃになり、首にはナイフが刺さった。

 女性はようやく理解したのか、また、悲鳴が聞こえた。

太陽が、昇ってくる。

遠くから警官らしき男たちの声が聞こえる。

あぁ、これで良かったんだ。じいちゃんの銃では死ねなかったけど、ヒーローになることは出来た。

 見ず知らずの女性を助けて、もしかするとあの男は息があるかもしれない。罪を償ってくれたら、最高だ。

俺は、何度も吐血する。最早、視界も明瞭ではない。

駅ビルと跨線橋(こせんきょう)の隙間から、太陽が俺を照らしたことだけが分かった。

夜が明けると共に、俺は絶命した。夢を叶えて、銃と共に死んだのだ。

真っ暗な視界の中、俺が最後に聞いた言葉はこうだった。

「私……もう、生きていけない」

一週間後、俺のニュースも消えた頃、その女性は線路に飛び込んで死んだ。

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