ヴィサージュ
利用規約:https://note.com/actors_off/n/n759c2c3b1f08
♂:♀=2:2
約30〜40分
上演の際は作者名とリンクの記載をお願いします。
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人の臓器を造る施設「オルガノン」。人から人へ、限りない善意によって提供されていた臓器は、今や人型の入れ物「イド」の中で製造され、世界に販売されるようになった。しかしある日、たった1つの意図により、オルガノンの存在意義は揺らぐこととなる…
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【登場人物】
ヒロ:タナカヒロキ。36歳男。管理部内臓課に所属。拡張型心筋症を患う娘がおり、心臓の提供を待つ。
セージュ:セージュセン。37歳女。広報部に所属。得意の英語を生かし、政府や外国とオルガノンの窓口になっている。
リンカ:17歳女。管理部眼球課に所属。肺を患う兄がいたが、臓器の提供を待たずして、亡くなってしまった。
イル:年齢不詳。重役。各労働者と面談し、彼らが働きやすいようにしている。
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【本編】
【回想 2年前 オルガノン内】
イル:セージュ、今日の予定をまとめてくれるか?
セージュ:はい…まず、9時~11時半までは、リストにある労働者との、面談をお願いします。次に…あぁ…
イル:どうした?
セージュ:13時から、政府の担当者がいらっしゃるので、対応して頂かなくては…
イル:仕方ない…応接室に案内しておいてくれ。何を考えているかわからんが、計画を邪魔されるわけにはいかないからね。
セージュ:…わかりました
【現在 内線の音】
ヒロ:はい、オルガノン管理部、内臓課の、タナカです
セージュ:センよ、注文いい?
ヒロ:ああ、どうぞ
セージュ:成人男性の肺24、肝臓57、腎臓140…用意できる?
ヒロ:うわ…こりゃまた大量だな
セージュ:本当よ、ちょっとは健康に気ぃつかえっての
ヒロ:確認してみる…うん、大丈夫そうだ、準備するよ
セージュ:サンキュ、助かる
ヒロ:ああ、先方(せんぽう)連絡頼む
セージュ:任せて、じゃあね
ヒロ:おう
【電話を切る】
セージュ:さて、返事返事……あ、眼球も注文入ってる…リンカちゃんに電話しなきゃ
ヒロ:(受話器を置く)
【すぐ内線が鳴る】
ヒロ:はい、オルガノン管理部——
イル:——ヒロ…僕だ、面談をするから、3階の17号室においで
ヒロ:…はい、イルさん
【内線が鳴る】
リンカ:はい…管理部、眼球課です
セージュ:広報部のセンよ、注文いい?
リンカ:…どうぞ
セージュ:成人女性の眼球を28、お願い
リンカ:虹彩(こうさい)の色はどうしますか?
セージュ:青色が10、茶色が10、緑色が8でお願い
リンカ:わかりました
セージュ:ありがとう…あ、リンカちゃん?
リンカ:…はい
セージュ:イルさんが、30分後に面談するって言ってたわ。3階の17号室だって
リンカ:わかりました、ありがとうございます
セージュ:いいえ、またね
リンカ:はい
【3階 17号室にて】
イル:さ、座って
ヒロ:…失礼します
イル:そろそろ3か月になるが…仕事には慣れたかい?
ヒロ:はい、皆さんや、セージュが色々教えてくれましたので…
【回想 オルガノン内】
セージュ:いい?「オルガノン」には、たくさんの部署があるの。オルガノンの規則を定めている「立法部」、手術を担当する「執刀部(しっとうぶ)」。あとは総務部とか、財務部とか——
ヒロ:……(あたりを見回す)
セージュ:——で、私が働いているのが、「広報部」!外国の臓器あっせん業者と、オルガノンを中継しているの。ここで臓器の注文をとって、管理部に連絡するのよ。去年までは立法部にいたけど、やっとここで働けて嬉しかったのよねー!…って——聞いてる?
ヒロ:え、は、はいもちろん
セージュ:じゃあ、「管理部」は何をする所だった?
ヒロ:あ、えっと…
セージュ:全く…もう一度言うわ。管理部っていうのは、臓器を造っている場所。オルガノンの心臓部といっても過言じゃない。
ヒロ:ここで、人の臓器が…
セージュ:そうよ、管理部は「内臓課」と「眼球課」に分かれていて、あなたが働くのはこの「内臓課」よ。…ついてきて
ヒロ:…はい
ヒロ:(N)管理部は、まるでSFの世界のようだった。顔のない裸の人間たちが、ガラスケースに1体ずつ入れられて、整然と並んでいる。白人の男性も、黒人の女性も…黄色(おうしょく)人種の子どもまで…
セージュ:不思議でしょ?最初は皆驚くわ。
ヒロ:…この人たちは…生きてるんですか?
セージュ:ええ、鼻も口もないけれど…ほら、喉に穴をあけて空気を取り込ませている。それに、胃に管を通して、食べ物を身体に入れているわ。
ヒロ:…まるで、人間みたいだ
セージュ:ええ…胃は食べ物を消化するし、小腸は栄養を吸収するようにできてる。私たちの身体と何も変わらない。でも、これらは人間じゃない、「イド」よ。
ヒロ:イド?
セージュ:ええ、人間にそっくりだけど、人間じゃない。体内で臓器がちゃんと機能するか確認するための…いわば「臓器の動作確認」をする模型ってところね。
ヒロ:っ…
セージュ:少し、休む?
ヒロ:…いや、大丈夫です
セージュ:わかった、次はね…
【回想終了】
イル:確かに、なかなか見ない光景だろうからね
ヒロ:はい、戸惑うこともありました。でも、このオルガノンがあるから、困っている人たちが臓器を買えるんですよね。
イル:そう。オルガノンの臓器は人工だけど、イドの中で動作確認をしっかりしているから、評判はいいんだ。
ヒロ:世の中にこんな場所があったなんて、知りませんでした
イル:…これからも色々と驚くことがあると思うよ。…にしても、君のメンターを、彼女に任せて正解だったね。
ヒロ:ええ、気さくに接してくれるので、とても助かります
イル:彼女はとても優秀だ。でも…君も、仕事の覚えが大変早いと聞いているよ。
ヒロ:…本当、ですか?
イル:うん…真面目に取り組んでいるし、まだ日が浅いのに、周りを助けてもいる。正直…昇給も考えているぐらいだ。そうすれば、君が望む「心臓」も…手に入りやすくなるだろう?
ヒロ:…っ…
イル:お嬢さんの調子は、どうかな?
ヒロ:…何とか、大病院で…命をつないでいる状態です
イル:なんと…
ヒロ:…俺が、代わってやりたいです。もっと早く、病院に行っていれば…もっと早く、気づいていたら…どうして、俺の娘がっ……
イル:ヒロ…きっと大丈夫だ。こんなに娘思いの父親がいるなんて、お嬢さんは幸せだろうね。
ヒロ:っ…うぅ…すみませ…
イル:いや…さ、休憩しておいで、面談はここまでにしよう
ヒロ:はい…ありがとう、ございました
【ヒロ 17号室を出ていく】
イル:(N)まだ、ヒロのような層には、臓器を購入するハードルは高いのかもしれない。オルガノンの臓器を、世界中に提供するには、まだ先は長い、か…
【廊下にて】
ヒロ:っ…あぁ(鼻をすする)
ヒロ:(N)今頃どうしてるんだろう。寂しがってないだろうか、苦しがってないだろうか…ちゃんと、生きていてくれるだろうか
リンカ:あ…あの
ヒロ:?
リンカ:これ、どうぞ(ポケットティッシュを差し出す)
ヒロ:っ…すまない…
リンカ:…怒られたん、ですか?
ヒロ:っ…いや、違うよ、大丈夫
【17号室のドアが開く】
イル:おや、お話し中にすまないね。おいで、リンカ
リンカ:っ…はい
ヒロ:あ、待ってくれ——あ…
【ドアが閉まる】
ヒロ:…リンカ、さん…
【17号室にて】
イル:人を助けていたようじゃないか、優しい子だ
リンカ:そんな…何も大したことは
イル:ううん、彼は君と同じ管理部でね、いい人だよ。それに、君と境遇がよく似ているんだ。
リンカ:…あの人も、臓器が欲しいんですか?
イル:うん…臓器を求めてここに来る人は、かなりいるよ。また彼に会うことがあったら、色々話をするといい。
リンカ:…はい
【中庭にて】
セージュ:(溜息)
ヒロ:珍しいな、どうした?
セージュ:患者のお母様から訃報(ふほう)があったの…心臓の移植が間に合わなかったらしくて
ヒロ:っ…そんな
セージュ:写真も見せてもらっていたから、あんな可愛い子が亡くなったと思うと、やるせないわ
ヒロ:どんなに移植が身近になっても、間に合わないこともあるんだな
セージュ:そうね……ヒロ、お嬢さんの様子はどう?
ヒロ:気は抜けないけど、今朝は大丈夫だったみたいだ
セージュ:…皮肉よね、臓器が造れるようになったのに、本当に必要な人の所には、行き届かないなんて
ヒロ:……娘が生きていられるんなら、何だってする。俺の心臓だってやりたいぐらいだ
セージュ:いいパパね…お嬢さん、幸せ者よ
ヒロ:本当に、幸せにしてやりたいよ
【セージュ 人影を見つける】
セージュ:あれ、リンカちゃん…おーい!
ヒロ:っ…あの子…
セージュ:あれ、知り合いだっけ?
ヒロ:あぁ、さっき、ティッシュを分けてくれたんだ
リンカ:(小走りで来る)っ…セージュさん、こんにちは!…と、えっと…
ヒロ:ヒロだ、さっきはありがとう
リンカ:いえ、あれから大丈夫でしたか?
ヒロ:ああ、心配かけてすまない
セージュ:ひょっとしてヒロ……泣いてた?
ヒロ:っ…えっと
リンカ:…はい
セージュ:あ…それで
ヒロ:ちょっと、ここに来る前のことを思い出してな、情けないところを見せた
セージュ:ヒロはニホンから来たからね
リンカ:ニホン、ですか。遠いところから…
ヒロ:うん…娘の心臓が悪くて。だから、新しい心臓を買うために、このオルガノンに働きに来たんだ。
リンカ:っ…私も、そうです
ヒロ:…?
リンカ:私も、兄のために臓器を買いたくて…でも、
セージュ:…リンカちゃん…?
リンカ:でも…兄はもう、いないです…いなく、なっちゃいました。
ヒロ:っ…そんな…
セージュ:なんてこと…あぁ…っ(リンカを抱きしめる)
リンカ:…う、うぅ…っ
ヒロ:っ…
【しばらくの間】
リンカ:すみません…取り乱しちゃって
セージュ:ううん…じゃあ2人とも、臓器を買うために、ここに来たのね
ヒロ:セージュは、違うのか?
セージュ:えぇ…2人の話に比べたら、何の事はないんだけど。私は、人の役に立ちたかったの。インドにも仕事はあるけど、このオルガノンの事業に興味があってね。英語も得意だし、せっかくだから、世界で困っている人に、臓器が行き渡るようにする手伝いが出来たらって思って。
リンカ:素敵な理由だと思います
ヒロ:うん、臓器に関する仕事に就こうなんて、普通は思わないさ。少なくとも俺は…娘が病気になっていなかったら、そんなこと考えなかった。
リンカ:…私もです
セージュ:…リンカちゃんのお兄さんも、病気だったの?
リンカ:ええ…肺の病気です。生活のために、炭鉱でずっと働いていましたから。
ヒロ:え、でも…お兄さんがそんなに働くなんて…親は、どうしたんだ?
リンカ:前は、両親もいました。でも、私の国は内紛(ないふん)がとても多くて。ある朝起きたら、私は、兄の腕の中にいました。村が焼かれて、兄が私だけを抱えて、必死に逃げていたんです。
セージュ:お兄さん…立派な人だったのね
リンカ:はい…尊敬する、大好きなお兄ちゃんです。それで、兄に楽をさせたくて、オルガノンに応募したら、運よく採用してもらえて。
セージュ:じゃあ、お兄さんは仕事を辞められたの?
リンカ:いえ…私を大学に行かせるんだって、結局最期まで辞めてくれませんでした
セージュ:っ…
ヒロ:…お兄さんの気持ち、少し、わかるよ。君のお兄さんほど偉くはないけど、他に誰も頼れないなら、俺が何とかしなきゃって思うよ。だって、たった1人の…大事な家族のためなんだ。
リンカ:っ…ヒロさん…
【回想 2年前 立法部 応接室の前】
セージュ:…もうそろそろ、出てくるかしら……っ(ドアの音)
イル:はい…では、この度は遠方よりお越しいただき、ありがとうございました
セージュ:あ、ありがとうございました
【しばらくの間】
セージュ:…どうでしたか?
イル:政府の心配事が分かったよ。彼らは、臓器を人工的に造ることには反対していない。
セージュ:あぁ…よかった…
イル:ただし、臓器を入れておく「イド」の姿が、人間に似すぎていると指摘された。人間を製造しているのだとしたら、オルガノンは、世界から「悪魔の工場」だと呼ばれるだろうからね。
セージュ:そんな…
イル:でも、手は打ってあるよ。僕らはすでに、人間とイドとの境界をはっきりさせている。セージュ、イドの特徴は何だった?
セージュ:…っはい、イドは…
【回想終了】
【現在 管理部にて 内線の音】
ヒロ:はい、管理部、内臓課、タナカです
リンカ:あ…眼球課の、リンカです
ヒロ:どうした?
リンカ:ヒロさん、あとで、お時間いいですか?
ヒロ:あぁ、昼休みなら…
【しばらくの間】
リンカ:…
ヒロ:はい、コーヒーは嫌い?
リンカ:っ、いえ…ありがとうございます!
ヒロ:ううん……それで、どうしたんだ?
リンカ:…昨日、お2人が話を聞いてくれて、嬉しかったです。本当は…兄を亡くしたこと、忘れようとしていました。
ヒロ:…それは、あくまで生きる人の自由だよ。でも、簡単には忘れられないだろうさ。
リンカ:はい…だから、兄に…もう一度会いたいって…思ってしまいました
ヒロ:…リンカ…
リンカ:ヒロさん、お願いがあります。明日の夜、私を、内臓課に連れて行ってもらえませんか?
ヒロ:…かまわないと思うが…でも、そこに行っても君のお兄さんは——
リンカ:——いいんです、イドを見ることができれば、それで…
ヒロ:イドを…見る?
【回想 2年前】
セージュ:イドは…臓器が、実際に人間の体内で機能するかを確認するための模型です。口や鼻の組織がないため、喉に管をつなげて肺呼吸をおこない、胃に管を通して栄養を摂取します。
イル:呼吸や、外部から栄養を取り込む行為は、人間のすることと変わらない。だから、イドを人間と混同しないためには、人間にあって、イドにないものを定義すればいい。それが…「顔」だ。
セージュ:…顔、ですか
イル:うん、なんで人間に顔が付いているかわかる?
セージュ:…外部の状況を、目や口、鼻や耳といった感覚器官で感じ取るため…そして、表情によって、自分の気持ちを相手に伝えるため、でしょうか?
イル:おおむね正解だ。でも、もう1つ大事な理由があるんだよ。全ての人間には、必ず顔がある。故に、人間は、相手に自分の顔を見せることによって、「私も同じ人間だ」、「私に危害を加えるな」と警告することができる。
セージュ:顔を見せて、警告する?
イル:そう、だから僕たちは、顔のある人間には手を出せない。顔のある人間を殺して、臓器を奪い取ることはできない。よって、オルガノンにいる顔のないイドたちは、人間には当たらない、と証明することができる。
【回想終了】
【現代 地下2階 管理部】
ヒロ:…着いたよ、ここが内臓課だ。でも、もう皆帰っちゃったかな?
リンカ:…すみません、無理言って
ヒロ:いいや、でも…イドが見たいって、不思議なことを言うな…
リンカ:…試したいことがあって…条件に適合するイドを、探しているんです。
ヒロ:条件に合う、イド?
リンカ:これはガタイが良すぎる…これは少し女性的……あ…あなたがいい…
ヒロ:…?
リンカ:ヒロさん、このイドにつながっているコンピュータはこれですよね?
ヒロ:っ…あぁ、そのはず…
リンカ:このメモリにある眼球の設計図を、イドにつながるコンピュータに読み込ませます…そして
リンカ:イドの頭蓋骨の眼窩(がんか)部分を、遠隔で切開します。雑菌の侵入を予防するために、瞼(まぶた)の切り口を、上下それぞれ、高温によって、癒着(ゆちゃく)させます。
ヒロ:なっ…リンカ、何して——
リンカ:——ヒロさん、もし…お嬢さんの移植が間に合わなかったら、どうしますか?
ヒロ:…っ!?
リンカ:いよいよ完成です。コンピュータから、読み込ませた眼球を出力します。見ててください、ヒロさん。
ヒロ:…え…なっ…イドに…目が!!
リンカ:あぁ…そう、この目、この身体……お兄ちゃん、会いたかったよ…お兄ちゃん!
【 ヴーッ ヴーッ (けたたましい警報音) 】
セージュ:っ…なに!?
イル:管内の従業員に告(つ)ぐ、管理部、内臓課にて、異常個体を確認。直ちに製造ラインを中止し、点検にまわれ。繰り返す、直ちに製造ラインを中止し、点検にまわるように——
セージュ:——異常、個体…?
【回想 1年前】
イル:初めまして…まぁ、緊張せずに
リンカ:はい
イル:…と、君はずいぶんと若いね…家族はどうしている?
リンカ:家族は…兄が1人だけです
イル:っ…なんと
リンカ:ですが、兄ももう長くありません。ずっと坑道で働いていたから、肺が煤(すす)でやられてしまって
イル:…
リンカ:だから、いつか…兄のために、新しい肺を買ってあげたいんです
イル:…君は、優しい子だね。なら、君の最初の持ち場は、管理部の内臓課にしよう。君のように、臓器を欲しがっている人の役に立ってくれ、いいね。
リンカ:はい、よろしくお願いします!
【回想終了 ドアが勢いよく開く】
ヒロ:っ!
セージュ:っ…え…ヒロ、リンカちゃん?
ヒロ:っ!…セージュ!
セージュ:こんなとこで何して——あ…あぁ…そんな…イドが!
ヒロ:っ、違うんだ、これは——
リンカ:——セージュさん、驚かせてごめんなさい…イドは人間にそっくりだから、目を付けたら、もっと人間みたいになると思いました。そして、イドを人間みたいにできたら、死んだ人を、生き返らせることができるかもしれないって…
セージュ:死者を…生き返らせる?
リンカ:肺さえあったら…私がもっと早く、肺をお兄ちゃんに届けられていたら、お兄ちゃんは…っお兄ちゃんは——
セージュ:——リンカちゃん!
リンカ::っ!
セージュ:これは…決してやってはいけないことよ…死者は生き返らない!ましてや、イドは人間にはなれない——
リンカ:——イドだって…ちゃんと呼吸をするし、物だって食べるじゃないですか!
セージュ:っ!
リンカ:お兄ちゃんだって、今頃…生きていたかもしれないのに、きれいな肺で…息をしていたかもしれないのに!
ヒロ:リンカ、でも…(足音が近づいてくる)
リンカ:——お2人は…大事な人を、かけがえのない人を亡くしたことがありますか?もう1度だけでも会いたいって、思ったことっ…ないんですか!?
ヒロ:っ…それは——
イル:——君だったか…何をしているかと思えば
セージュ:っ…イルさん
イル:な…っ……なんてことを
リンカ:イルさん…違います、これは私のお兄ちゃんです
イル:…お兄さん?
リンカ:新しい肺があったら!兄は、兄は生きてました!
ヒロ:…っ
セージュ:リンカちゃん、落ち着いて話し合いましょ?どうして、どうしてこんなことをしたの?
イル:リンカ、いくら君が思い込もうと、それはイド、臓器の入れ物に過ぎな——
リンカ:——違う…ちがうちがうちがう!これはお兄ちゃん!お兄ちゃんなの!
ヒロ:っ…イルさん!
イル:?
セージュ:…ヒロ?
ヒロ:…だめ、でしょうか…リンカに、このイドを渡してあげるのは…
イル:何を…言っている?
ヒロ:リンカは…ずっとお兄さんに会いたくて、その気持ちを埋めるために…こんなことをしたんだと思います。オルガノンには、こんなにたくさんのイドがいるんですよ?1体ぐらい——
イル:——ヒロ…君は、人間とイドの違いを考えたことはあるか?
ヒロ:っ…人間には、心があります!
イル:では、心とはなんだ?それはどこにある?
ヒロ:そ、れは…っ…脳!…脳に!
イル:その理屈では、イドにも心があることになる。脳があるものを殺せないなら、なぜイドを殺して臓器を奪えるというんだ?
ヒロ:っ…
イル:僕たちは、慎重に考えてきたんだ。どうしたら、人間を殺さずに、多くの人間に臓器を提供できるかをね。そうだろう、セージュ?
セージュ:っ…
ヒロ:セージュ…?
イル:人間とイドの違いは「顔」だ。人間は顔によって、互いを同じ人間だと認め合う。イドには、その顔を与えない。だが君たちは、イドに顔を与えようとした。僕たちが積み上げてきた、オルガノンの計画を、君たちは台無しにするというのか?
ヒロ:…っ…
イル:リンカ、ヒロ、君たちはいつからこれを謀(はか)っていた?
リンカ:っ…ヒロさんは悪くありません…私が、ヒロさんを騙して、内臓課に連れてきてもらいました。
ヒロ:っ…リンカ——
イル:——嘘をつけばただではおかないぞ、ヒロ、どうなんだ?
ヒロ:…っ…リンカの、言う通りです…
イル:…わかった…リンカ…今回のこと、話し合わなければならないね。こちらへおいで
リンカ:…っ
イル:おいで、リンカ
リンカ:……はい
ヒロ:…っ
セージュ:ヒロ…っ…(引き留め、首を横に振る)
ヒロ:…セージュ…
セージュ:気持ちはわかる。でも、イドに顔がつけられたら、イドの存在が否定されたら…ほかの大事な命を、救えない。これは、オルガノンを存続させるために…他のたくさんの人たちを助けるために、仕方ないことなの!
ヒロ:…くっ…!
【執刀部 100号室にて】
イル:ここにあお向けになって、手足を投げ出して……そう、リラックスするんだ
リンカ:…はい…
イル:しばらく寝ているといい…きっと疲れていたんだろう。普段の君からは、今回の行動は想像できないよ。
リンカ:イルさん、本当に、ごめんなさい…
イル:いいや、君の身の上は…苦しいものだったね。平穏を奪われただけでなく、愛する家族まで…毎日が憂鬱だったと思う。
リンカ:イルさん…
イル:じゃあ、僕は少し席を外すよ…おやすみ、リンカ
リンカ:はい…
【イル 部屋の外に出る】
イル:(マイク越しに)あ…あ…リンカ、聞こえる?
リンカ:…っ…はい
イル:言い忘れていたことがある。君にはこれからも、オルガノンの役に立ってもらうよ。
リンカ:…?
イル:知ってる?僕がいた所ではね、臓器を生きた人間から取る習慣があったんだ。身体にメスを入れて、痛みに身をよじるのも構わず、腎臓を抜き取ったりしていた。
リンカ:イル、さん…?
イル:でも、さすがに生きたままだとかわいそうだから、ね…ほら、効いてきた?
リンカ:あ、ぁ…うぅっ…ゲホッ、ゴホッ
イル:あぁ…苦しい、苦しそう……顔があるって、厄介だね…
リンカ:い、いや…やめて…っ
イル:リンカ…お兄さんによろしく。広いあちらで、会えるといいね。
リンカ:い、いや…いや(小声)——
【しばらくの間】
イル:さ、新鮮なうちに済ませないと…世界中の人が、君を待っているよ。まずは…そうだね…
【電話の音 内線ではない】
ヒロ:っ…はい…どうした……え?…もう一度…
ヒロ:うん……えっ!…見つかっ…た…?
ヒロ:…っ、嘘つくなよ、心臓なんだぞ?そんな、簡単に見つかるわけ……
ヒロ:嘘、だよな…そんな、そんな大事なもの…っ、うぅ…っ…ぐっ……なぁ、夢じゃ…ないよな?…っ!(つねる)…いってぇ…
ヒロ:あぁ…ああっ…ありがとう…ありがとうっ!…俺たち…頑張った…今日まで頑張ったよ!…あぁ…っ
ヒロ:……ん?…あぁ、もちろんだ…帰る…ニホンに、帰るよ…
ヒロ:あぁ、早く会いたいなぁ…
【終わり】
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