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光合成できる気もする、冬だけは わたしが花なら何になろうか

スーパーの棚が、ちらほら桜色に染まり出した。受験シーズンの訪れはそうやって思い出す。

桜の香りや風味はわりと好きだ。だから受験生じゃなくても桜商戦に便乗してきた。
でもやっぱり、受験生の頃は少し特別な思い入れであやかっていたっけな。桜が描かれたパッケージのお菓子とか、桜の香りの雑貨とか。

『本物の桜が咲く頃には、私何してるんだろう』『できれば今描いてる未来を掴んでますように』って願いながらそれらを買っていた。もう10年よりも前だ。


狭い街で描いていた未来の解像度は、今思うと低すぎて目も当てられない。
「いやそんなに都合のよすぎる人生はないよ」「というか私はそんなことができる人間じゃなかったよ」って、方向修正を何度もした。

でもたぶんあの頃の私に、今の私が会いに行けても、納得はさせられる気がする。だからまあ、大方はなんとかできた。気がする。


あの頃の私は、一年でこの時期が一番嫌いだった。

受験シーズンは冬の中でも一番寒さが厳しいし、街にも彩りがない気がする。
部活をやるにも寒すぎる。練習内容そのものじゃなくて、「寒い中運動する」という覚悟を準備するだけで、毎日気力と体力の8割を消耗していた。

でもそれは「夜明け前が一番暗い」みたいな話だ。
つまりは春も近いってことだと、今なら分かる。


あとちょっとだけ縮こまって生きれば、暦の上では春が来る。
「あれ、ちょっと空気が柔らかくなったな」とか「日差しが昼光色から電球色っぽくなったな」って思う日がたぶん近い。
桜やチューリップやビオラが公園で咲き出したり、今はさみしい街路樹の並木道を「新緑がきれいだな」と思えたりするのも遠くない。


大人になると1年が早くなるっていうのは本当に本当だったから、学生時代の1日や1ヶ月の体感の長さを何度羨んだかわからない。

でもだからこそ、あの頃の私にはとてつもなく長い終わりのない牢獄みたいに思っていた冬を、今の私はわりと楽しめている。
冬が耐えられるくらい短く感じられるようになったのは、間違いなく大人になってよかったことのひとつだ。


まあ澄んでる空気も悪くないよね。星も綺麗だし。カフェの限定メニューはホットドリンクの方が豊富でおいしいんじゃないかな。

底冷えする部屋で泣きたくなっていたこともあったけど、あの頃の自分がいたおかげで今なんとか社会人をやれている。なのでせめて、今の自分は凍えないように、文明の利器を使いまくって暖房に課金する。
温かい部屋でぬくぬくとコーヒーを淹れて飲むのは、大人になって覚えた楽しみだ。

寒い部屋と寒い外を往復すると死にたくなる。だから昔は冬に外になんか出たくなかった。
でも今なら、あたたかい部屋にすぐ戻れるから「まあ冬とはいえ日中だし、散歩に出てもいいかな」って気にすらなれる。


大雪予報のさらにその前には、季節外れのあたたかさがやってくるって天気予報で聞いた。
だから在宅勤務の昼休みに、日向ぼっこも兼ねて散歩に出た。

日差しを浴びるとなんとなく前向きになれるから、人間もやっぱり動物なんだよなと思う。冬に日照時間が短い国で精神を病む人が多いことにめちゃくちゃ納得する。

冬なら植物の気持ちすら分かる気がする。
日差しを浴びると元気になれるんだから、私も光合成みたいなことはしてるでしょきっと。正確にはビタミンDの生成だっけか。


まだ公園の街路樹は裸のままで、冬の公園はやっぱり景色が寂しい。
山茶花が咲いていたり、常緑樹も植えられていたりはするけど、とても「青々しい」とか「生き生きとした」って感じの緑じゃない。だから、目にうつる景色の彩度はどうしたって低い。

でも山茶花じゃない色があるなと思って近付いたら、梅の花が少し咲き始めている。
咲き始めだからまだあたりに香りはしないけど、背伸びしてマスクを外して一輪の花にぐっと鼻を近づけたら、うわっと梅の花の匂いがした。


あーちょっと、春が来る匂いじゃん。これこれ。
桜が咲くと否応なくテンションが上がるし、春だなって浮かれちゃうのはだいたい日本人みんなそうだろう。それは仕方ない。

でもそれより前に、春の予告編みたいに咲き出す梅を見ると、冬が終わってやっと生き返れる気がしてたんだよ。あの頃の私も今の私もそれは同じだ。

ああ私、光合成ができる植物になるなら、桜もいいけど梅みたいになりたいなぁ。

金木犀とか沈丁花とかでもいい。誰もが待ち焦がれて愛でるわけじゃないかもしれないけど、そこにいると匂い立って、ハッとする人が確かにいる花。

でもパンジーとかクローバーでもいいな。彩りのない冬の公園でも、いつもそこにいて華やかさや緑を保って目を楽しませてくれるのが嬉しい。

とりあえず、もうちょっといろんな花が咲き始める時期になったら植物園に行こう。花見よりは少し前に。
今年もがんばって冬を越えたなって、そう思える景色を見ようと思う。


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