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20年の付き合いの20のまなざし

最近大学時代のチェロ弾き友人と久しぶりに会って話をして卒業してからどれだけの年月が経ったか、その長さを改めて実感しました。
それからしばらく遅れて同じく大学時代からの付き合いであるメシアンの音楽も初めて弾いてから随分経つなあ、と気づき。入り口は「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」でそこから広がってなんだかんだであんまり途切れることなくたまには前に弾いた曲に戻りながら20年近くなんらかのメシアンを弾いてきているわけです。
その20年の間にメルボルン周りではメシアンも以前よりは広く弾かれるようになって以前ほどは「もっと多くの人に弾いてほしい」とか「自分から布教しないと」という強い気持ちはなくなったのですが、それでもやっぱり20年分の経験が手元にあるので各楽章とどう付き合ってきたか、特別な思い入れがあるかとともにこれから20のまなざしを弾く人へこの音楽の付き合い方の指標みたいなことをゆるゆると書いていこうかなと思います。

(1)父のまなざし

20のまなざし、そしてメシアンの音楽言語の基本の基本だしシンプルなのでとりあえずここから始めるのがいいけど単体でコンサートで演奏とかにはあんまり向かないのでこれ一つで突き詰めて弾くようなものでもない曲。たまーに引っ張り出して趣味で弾けるし心を落ち着けるのに良い。テンポに関しては楽譜に書いてある通りだと遅すぎるという人が周りでは多数派だけど私はオリジナルのテンポでも普通に弾けるし(少なくとも弾く分には)それはそれで楽しい派。

(2)星のまなざし

自分が最初に弾いた&はまったのはこれでした。小さいまなざしの中では結構世界観や音楽的な意義があって弾いて比較的満足感があったり、「星と十字架」つながりで相方(7番)もいるし、あと後半のホルストの海王星っぽい響きが好き。なのでこれだけで何かするというわけでもないですがそれなりに思い入れがある曲です。

(3)交換

メシアンの曲でたまにある「メカニズムがメインの曲」の中でも割と純粋に繰り返しながら変化するパターンだけで成り立っている曲なので練習してて、弾いていてある意味面白さはあるけど最終的に扱い難しいな、となりがち。この全方向にだんだん広がっていくパターンを図形的に感じるのが楽しいのだけど単品でこれだけというわけにもいかず20のまなざしの中でも組み合わせる曲に困るんですよね。
ただ意外と暗譜はしやすい。もしかしたら一番暗譜に労力がかからなかった類いかも。

(4)聖母のまなざし

20のまなざしの中で自分にとってお気に入りのひとつ。聖母といったらシンプルに考えると11番のまなざしみたいな構図をイメージすると思いますがこちらの迷いと不安を表現する聖母題材の音楽はちょっと珍しくてそれも好き。リアルとか言える立場ではないですがリアルさがある母のまなざし。

(5)子を見つめる子のまなざし

「神のテーマ」あり、鳥の歌あり、メカニズムと色彩あり、とバランスよく揃ったまなざし。抽象的で美しい。慣れてしまえば弾いた最初の印象よりもずっととっつきやすい音楽です。特に和音のパターンの部分がステンドグラスみたいでとても好き。これだけでも完成してるしメシアンらしいし純粋に音楽的な面では1番の上位互換ともいえるので何か一曲プログラムの一部にメシアンを、という時にちょっと推せる曲。

(6)それに全てはなされたり

20のまなざしの中でも最難関の一つ。まなざしについてはメシアン弾きの中で「6番と10番どっちが難しい?」が論点になりますが私にとっては6番の方がだいぶ難しい。こっちの方が長いのでスタミナ的な難しさが自分にとってはしんどいんですよね。特に後半で前半以上のパワーを出して維持しなきゃいけないのが大変。でもメシアンなりのフーガが出てきたり力強さとメカニズムの両立だったり純粋なパワーの爆発だったり楽しい曲でもあります。全てはスタミナとエネルギーの配分にかかっている。

(7)十字架のまなざし

メシアンが使うハーモニー言語はそもそも独特ですが中でも受難を表現する音楽のハーモニーはなかなかアクがあって好き。受難ですからもちろん耳に良いものではないです。でもメシアンがどんな色彩をイメージしてるかを感じるにもいい曲かも。結構バロック時代の音楽と共通する表現もあるんですよね。人前で弾いたことないまなざしですが好きだし色々メシアン外の曲とも組み合わせてみたい。

(8)高き御空のまなざし

メシアンは鳥をこよなく愛し鳥の鳴き声を作品でよく使いますが私にとって鳥はここが始まりでした。とはいえ「鳥のカタログ」みたいにどの種類の鳥か特定しているわけじゃない曖昧なケース。多分ひばりっぽい何か。短い曲だし慣れれば難しくはない・・・けど「鳥のカタログ」に出てくる鳥の鳴き声はもっとシンプルなものも多い。この曲から鳥に入るとハードルは下がる?どうなんだろう、色々鳥弾きすぎてもはやわからないです。

(9)時のまなざし

これもまたメカニズムとパターンだけみたいな曲ですが「時」という概念を連想しやすいからか3番よりはまだ扱いやすい。聖母マリアの妊娠期間的なつながりで4番と組み合わせて弾いたことがあったはず。ウケはよくなかったですがそれでもモチーフとコンセプト的には合うと思っています。ただあくまでもウケはよくなかったのでもう一つ工夫したい。いかにこういう無機質な曲も含め意味をもって聴いてもらえるかはずっとの課題です。

(10)喜びの聖霊のまなざし

楽しいけど難しい、難しいけど楽しい。テンションはとにかく高くてリズムも調子良いけど和音ひとつひとつが重かったり結構パワーがいる曲。ただ前述の通り6番と20番よりは短いので自分にはこっちの方が楽。20曲全部弾くならこの曲終わりで休憩でもいいはずですしうまくエネルギーを爆発して出し切るようにするのが理想。アドレナリン出したいですねー。軽率にとは言わなくてもメシアン以外の作品と組み合わせて弾くのもいいと思ったり。「踊り」くくりとか何かできそう。でも何と組み合わせてもこの曲ほど盛り上がる曲はなかなかないだろうな。

(11)聖母の聖体拝受

20のまなざしを1曲だけ弾くなら、となるとまずこれをおすすめしたいです。とにかくこれ一つでストーリーが完成しているし、弾きやすく聞きやすい曲でしっかりメシアンらしさもある。もちろんここからメシアンを広げていく導入の曲としてもやさしい。私は日本で通ってた幼稚園がカトリック系でクリスマスになると生誕劇みたいのをやる幼稚園だったのですが、年長の時に天使ガブリエルを演じたくだりがちょうどこの曲が描写している絵そのままで。なので弾くのにも特に愛着がありますしこの曲に合わせて演じるなり踊るなりもイメージできます(実際するとは言ってない)。

(12)全能の言葉

パワフルなメシアンの代名詞。基本的に全部強いので楽しいし、メシアンの表す「神の言葉」はオクターブなので難しい和音のこと考えなくていいのも楽しい。ただ逆に余計なことをしないのが難しい、とも言えるかも。変にフレーズをつけたりするのはどうも違う。ここで意外とメシアンが表現しようとしている「神の言葉」の性質(内容ではなく)について宗教的に考えたりとかしたり。でも結局一番シンプルに考えるのが正解じゃないかなと思います。

(13)ノエル

こちらは12番と違ってテーマがわかりやすいタイトルがついているけど曲は抽象的。メシアンをここから弾き始める人はあんまりいないと思うけどこれじゃない方がいいよ、とは断言できます。
でも弾くのは決して難しくないので他のメシアンをいくつか弾いて耳が慣れてからが吉と思います。ただこれも20曲コンプリートという場以外でほとんど聞かないくらい他の曲(20のまなざし内でもそれ以外でも)と組み合わせが難しい。まあ気が向いたら弾くくらいでいいんじゃないですかねえ。

(14)天使のまなざし

メシアンの考える天使はよく見る宗教画とはちょっと違う表現でそれだけでも面白いです。メシアンにとって天使=鳥+炎+メカニズム(神の意志で自我のようなものはあまりない)。燃えるような激しさと鳥の鳴き声のようなパッセージと機械的な音型と。結構かっこいいと思ってます。
あとそんな天使たちが(神の子が人間として産まれることに対して)慌ててる様子を音楽で描くのもちょっと珍しい。面白い音楽ではありますがそこのとこちょっと解説を添えられる場で弾くのがいいかも。

(15)幼子イエスの接吻

手っ取り早くメシアンを一曲弾くなら11番か、あるいはこれ。11番みたいなわかりやすいストーリーではないですが音楽的な展開と美しさがちゃんと完成している。「神のテーマ」シリーズの最高峰のまなざしで、メシアンの音楽言語や世界観も全部詰まってる音楽。なので宗教的な要因は少なからずあり、そちら方面を理解するのがおすすめではありますが純粋に音楽として成り立つというか最悪それなしでもいけるかも。
ただこれだけべた褒めしている私でもこの曲の良さは人前で弾いて初めて実感したようなところがあります。またどこかで弾けるといいな。

(16)予言者たち、羊飼いたちと博士達のまなざし

色々ピークに達した15番とかなり概念的にがっつりな17番以降の間でこの曲は位置的にコメディリリーフみたいなところはあるのかな。時の終わりのための四重奏曲のintermedeがそういうポジションなので前例はあることはある。他のまなざしとはっきり違うのが模様的なところとエキゾチック的な音階で中東風な雰囲気を表すところ。東方の博士達を表す音楽なので他のまなざしはもちろん、他の作品でもあんまり出てこない表現な気がします。そういうこともあってこれもまた組み合わせるのに悩みがち。

(17)沈黙のまなざし

数あるメシアンの作品(まなざしに、そしてピアノ曲に限らず)の中でも特に心の一曲と思っている曲。これを弾いて初めて「メロディーがない音楽」の美しさを知りましたし、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のプリシオン海岸のくだりを連想します。ちなみに17番から19番までは自分の中では三位一体というか、3曲とも抽象的ながら曲調もそれぞれ違ってそれぞれがメシアンの音楽の違う側面を担っていてバランスがとれた3曲セットという風に見ています。続けて弾くと15分と結構お手頃。

(18)恐るべき塗油のまなざし

その17番から19番の3曲セットがうまくまとまる一因がこの18番のシンメトリー構成が真ん中にくることにもあります。なので繰り返しが多い曲ではありますが比較的意味と意義が見いだしやすいですし、12番と思想的にはかなり似ているのも親しみやすい(?)。あといわゆるレクイエムの「怒りの日」に近い黙示録のfire and brimstoneの画なのでイメージしやすいかも。あと他のパワー系のまなざしより力を抜く箇所が多いので楽なところもあったり。

(19)我眠る、されど我が魂は目覚め

「神のテーマ」がかなり薄めな形で使われていますが1番・5番・15番の「5」つながりと同じ引き出しです。美しい曲ではあるのですがこれだけだと音楽的にもメシアンの表現的にもちょっと弱いかも?という印象もあり。ある意味「絶妙にラストの一つ前」感がある。
この19番がまなざしの中で群を抜いているのが休符と間の取り方の芸術。私はピアノに限らずせっかちなところがあるのでこの曲に真面目に取り組むのは苦行とまではいかないでも厳しくも良い学びでした。メシアン以外でも大事にしたいこの静寂。

(20)愛の教会のまなざし

先ほど一番難しいのは6番か10番かという話になると書きましたが何を隠そう私が一番苦労したのは最後のこれでした。まず長い。パワー系でスタミナも要る。さらに表現が終始直接的で「最後のまなざし」という「役割しかなさ」が特にメンタルにきつい。だってこの曲だけで弾くようなことってまずないですし、数曲で組み合わせる中にも入れにくい、20曲コンプリートするからこその存在意義があるんですよね。なのでここから始める人はいないと思うのですが入り口として以外でも限りなく優先順位は低いと思っていいと思います。私もよっぽど気が向いたときでないと戻らない予定です。

人についてもそうですが音楽作品も20年も知っている色んなコツみたいなものがわかってきますし諦めがつくというか「まあそういうもんだから」と良い意味で思えることも色々あります。メシアンを弾き始めた時のような新鮮な驚き、理解が追いつかないことに取り組むのが楽しい感覚は今ではそれほどないですがそれでもメシアン初心者がどこから手をつけたらいいかはそれなりに示すことができるようになったはず。

あとメシアンは時間(練習する時間だけでなくもっと全般的な時の流れを含む)をかけるとちゃんと馴染む音楽ですし、一つメシアンを弾けば他の作品にも共通する要素や外挿できる要素があってちゃんと他の曲を弾く時の糧になります。
なのでみんながみんな20年の付き合いをとまでは言いませんができるならば一曲だけと言わずゆっくり長く付き合ってやって欲しいと思います。これは多分20年来の付き合いだからこそ言えることかな。

ちなみに他のメシアンのピアノ作品もたくさん弾いてますが基本方針はコンプリートながら実際全曲手をつけてしまうと寂しくなるのでこういう記事はちょっと妥協しないと書けなさそう。でも他の作品でも長く弾いてて思うこと知って欲しいこと色々あるので続きはいずれそのうち。