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ジョージ・クラム追悼

2022年2月6日、アメリカの作曲家ジョージ・クラムが92歳でこの世を去りました。
とても好きな作曲家で、大学時代にその音楽に出会ってからは大学の図書館のオーバーサイズ楽譜セクションの「C」の引き出しをよく漁って楽譜を眺めたり、借りて練習室で弾いたりしていました。
お年がお年なので随分前から覚悟はしていましたが、それでも近年でも新しい曲集を作曲したり、題材が変わらず自分のストライクゾーンにしっかりヒットしてくるのを嬉しく思いながら次をちょっと期待していた部分もあるので分かっていても寂しさを感じています。

クロノス・カルテットが演奏して有名になった代表作「ブラック・エンジェルズ」を筆頭に、楽器の「本来の」弾き方や音色とは違うサウンドを使った特殊奏法の使い手として広く(現代音楽周りでは)知られていますが、その作曲法は何もわざわざ奇をてらったことをしているというか前衛的な、誰もしてこなかった領域に踏み込んでいるのがメインなわけではないと思います。実際特殊奏法でない部分だけ弾いてみても(今は家で弾いてアップライトピアノなので度々そういう事もしています)表現の繊細さや美しさが確かにあって、その表現しようとしている世界の不思議さにもっと素直に触れてみる人が増えて欲しいです。

私にとってはクラムは純粋に音楽的に、というよりもその扱う題材に共鳴することが多く。ファンタジーや科学、神話などの音楽との調合具合が自分の想像とうまく噛み合って、なのである意味他の大好きな作曲家よりもパーソナルな要素で好きな気がします。
そのため題材に使われた詩やアイディアなんかを追っていくと音楽そのものと同じくらいに題材になった作品やなんかも好きで、クラムのおかげで特に詩文学方面の世界が広がりました。そもそも歌曲というジャンルを聞くようになったのもクラムがきっかけ。

なので彼の訃報と共に彼が前衛的な作曲家だった、特殊奏法が特徴的だったと単純に紹介されるのはもったいないなと改めて感じたので文章だけでなく(またも、というか恒例の)クラムの作品から自分を魅了した選りすぐりの10選をまとめてみました。曲集がほとんどなのでトラック数多い&長いです。

とにかく楽器の使い方がすごいんですよ。一つの楽器からいかに色んな音を出すか、だけでなく特に打楽器で世界中の多様な楽器を使ってて。それでいかに様々な物を表現しているか。実際に聴いたことがなくてもブラック・エンジェルズでの「電気昆虫」がああいう鳴き声だと言われれば納得してしまうし、「夏の夜の音楽」の最終楽章での星空の描写にはどうしてもあのcrotaleの鋭い細い響きが必要だと思ってしまう。あとSongs, Drones and Refrains of Deathの後半に出てくるハープシコードがメタル。

特殊奏法に耳が慣れてない人に「比較的普通」に聴ける曲をオススメする、というか特殊奏法に頼らずともこんな風に書いてる!をオススメするならApparitionsの「Come Lovely and Soothing Death」(最近ちょっと弾いてみたんで今特に推し)、Vox Balaenaeの最終楽章とか、あとブラック・エンジェルズのパート3の最初の部分「God-Music」のチェロのソロは圧倒的に美しい。ただ特殊奏法使ってても伝統的な意味で美しい曲もたくさんある。

特別意図して曲を選んだわけではないですが選んだ10曲の多くは他の作曲家の作品(および自分の作品)の引用が使われていてその差し込み方もまた自分にとってクラムのツボだったりします。Vox Balaenaeでの「ツァラツストラはかく語りき」の引用のように何かを明らかに象徴するための引用だけでなく曲中に突如ぽっかりと現れて別の世界からきた音楽を奏でるような使い方もすごく好き。

そして音だけでなく「間」がクラムの音楽は愛しい。何秒間休みとか書いてるその休符の部分をどういった音で満たすか、その前の音により狙った余韻を出せるか、あるいは全くの静寂を聴かせるか。その間の演出で聴き手に何を聴いて何を思ってもらうのかの工夫もまた音楽であり芸術。

先ほども書いたようにクラムの音楽は弾く部分だけでなく「これは何を表しているんだろう」と自分なりに考えたり調べたりして演奏に反映させるために想像を膨らませる部分も大きいですし実際自分で弾かなくても十分楽しめる部分です。例えばVox Balaenaeで各楽章の名前が地質時代の名前なのがそれぞれどんな海の風景を描いているのか、「天体の力学」でどうしてその星が各楽章の表題に選ばれているか。必ずしも答えが一つでなくて色んなところに飛び火してくのも含め楽しいです。

New Musicポッドキャストもクラム追悼の回をやってるのですがまだ聴けてません。変なところ未練がましいというか。クラムの音楽はなぜか自分は夏によく聴きたくなるのできっと暑い日、暑い夜が少なくなるとともに喪失感も薄れていくと思います。
でもその先も何かにつけてクラムの音楽に言及して、できれば亡くなってからの方が評価されてると言われるくらい広まるよう少しでも貢献したいです。意識することなくもうプレイリストシリーズに結構登場してますしそんな感じでこれからもずっと。