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51年目のクロノス・カルテット

オーストラリアの夏は音楽的にはお休みの時期なので1月はまあnoteも何か特別なければ更新いいかな、と思っていたのですが、去年の終わりの音楽振り返り記事以来ちょっと頭の隅に残っていたことがありまして。
その記事で去年一番印象に残ったコンサートとしてクロノス・カルテットの来豪コンサートを選んだのですが、改めてクロノス・カルテットが今後オーストラリアに来ないかもしれないことがじわじわ効いてきてきて。
クロノス・カルテットを知って大学1年で初めて聴きに行ってから多分毎回メルボルンでのコンサートは聴きに行っていて、そこでたくさんの新しい音楽を知って触れる機会があったので。
なのでクロノス・カルテットの50周年のタイミングで何もしなかったのもちょっと悔やまれるし、遅れたけど何かしたいなと年を越して思っていたのでとりあえず51周年の今改めておすすめしたい、自分にとって重要なクロノス・カルテットのアルバム5つを紹介します。

(1) Black Angels

自分にとってクロノス・カルテット(そして自分にとって重要な作曲家であるジョージ・クラム)を知ったきっかけがジョージ・クラムの「ブラック・エンジェルズ」だった、というだけでなくそもそもクロノス・カルテットがこの「ブラック・エンジェルズ」という作品を弾くために結成されたのでこのアルバムは外せません。
クラムの音楽を知らない人にとってはなかなか衝撃の作品かもしれないことは言っておいたほうがいいかな。弦楽四重奏の常識を色々ぶち破る音楽で、ちょっとびっくりするような音も聞かれますが枠にとらわれないことでできる面白い表現もたくさんあります。
あとカップリング曲がいくつかある中ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲第8番(弦楽四重奏のど定番)とタリスの「Spem in Alium」あたりの聞きやすい曲もクロノスの演奏で聞けるのはいいですね。

(2) Uniko

細かいこと全部抜きにして音楽がかっこいい、というなら真っ先に挙げたいのが「Uniko」。フィンランドの音楽家Kimmo PohjonenとSamuli Kosminenが作曲を手がけたアルバムで、弦楽四重奏の他にもアコーディオンや歌、エレクトロニクスなどを交えて現代風と思いきや民族音楽の要素もありといった音楽です。7曲がほぼひと続きになっているのでこの曲がおすすめ、というには難しいもののトラック2の「Plasma」は結構単体でも聴いちゃいます。あとかっこいいだけでなくそのジャンルを跨いだ感じが広めに刺さりそうで、聴くシチュエーションを比較的選ばない印象もありおすすめしやすいかも(個人の感想です)。

(3) Floodplain

クロノス・カルテットは世界各地の様々なアーティストと共演・コラボレーションするためコンピレーション的なアルバムも多いですが、これはその中でも地域をゆるく限定したアルバムです。アルバムのタイトルやジャケットのアートワークだけだとちょっとわかりにくいかもしれませんが水や水害と縁深い地域の音楽をピックアップしているそうです。各曲が関連する国はWikipediaの曲リストに。このアルバムを聴くと自分に特に中東や東欧、中央アジアの音楽がばんばん刺さるのを実感します。「Oh Mother, the Handsome Man Tortures Me」(イラク)とか「Kara Kemir」(カザフスタン)とか特に好きだなあ。もともと弓で弾く弦楽器がある地域も多く含まれている中西洋クラシック音楽の弦楽四重奏でどんな表現をするのか、というのもそうですがクロノス・カルテットが色々なアーティストとどうコラボするかというのもたっぷり楽しめます。

(4) Nuevo

「Nuevo」は元々好きなアルバムでしたがメキシコに行って現地の環境と音楽文化をしっかり味わって帰ってきてから好き度がぐんと増しました。メキシコの音楽に対する解像度が増したのと懐かしさを感じるようになったこと、そして文化の違いの強烈さを実感したのもあるかな。
特にコンサートで初めて聞いた「12/12」がずっと好きです。クロノスの演奏以外の音も多い作品ですが後半のバイオリンのソロとかかっこいい。あと全体的なテンションの高さとか明るさにメキシコ文化からしか摂取できない栄養分が詰まっています。

(5) Different Trains

これも今となってはクロノス・カルテットの「古典」というべきアルバム。ブラック・エンジェルズもそうですしスティーヴ・ライヒの「ディファレント・トレイン」もまた初期からクロノス・カルテットが手がけて得意としている社会派作品です。テープと弦楽四重奏を組み合わせたり、話し言葉のフレーズを楽器で真似したり、今では普通の事ですがこの作品が出た頃は割と新しい手法でした。録音と生演奏で音楽にあまり差が出にくい作品ではありますが去年のコンサートで生で聴けたのは一生ものの体験だと思っています。
ちなみにカップリング曲(といえばいいのか)のライヒのギター作品「エレクトリック・カウンターポイント」はパット・メセニーの演奏が聴けるので人によってはちょっとしたポイントになるかも。

今回5つアルバムを選んでみましたがクロノス・カルテットのカバーするジャンル、地域、そして現在から未来を含む時間の範囲の広さからいくつ選んでも選びきれなくて悩みました。
ただ同時にクロノスの音楽をたくさん聴いてきてもまとまった文章が書けるくらいよく知っているアルバムは結構限られていて逆の意味で悩んだりも。
まだまだ昔のアルバムでも手元に持っていないもの結構あるのですが、クロノスはおそらく世界一「今」を捉えるという意味でフットワークが軽いアンサンブルなので新しく録音が出るとどうしてもまずはそっちに目が向くのが常。
なのでクロノス・カルテットの聴き方のおすすめとして定番アルバムを聴くのもいいけど特に時代を捉えるような作品はフレッシュなうちに耳を通すのがいいかな、と思います。

それからコンサートで生でクロノスの演奏を聴く機会があれば是非、はもちろんそうですが映像ドキュメンタリーと生演奏を合わせたフォーマットのコンサートなんかもあるので純粋な音楽以外の形式でもクロノス・カルテットを楽しんで欲しい。というかクロノスさん割と映像も需要あるので映画館でコンサートやドキュメンタリーを上映して欲しいなあ。

クロノス・カルテットは多様な音楽と広い世界への入り口で、コラボレーションする様々なアーティストまで興味が伸びていくちょっと危ない世界でもあります。でも世界中で良いこと面白いことたくさん手がけているのでクラシック音楽のファンもそれ以外の人ももっとクロノスの音楽を聴いて欲しいです。今後も何かにつけて言及・紹介しないと。