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文化迷走
文化迷走中なので、先日アングラなお笑いライブみたいなのを見に行ってきた。
ツイッターで流れてきた芸人さんの言葉が好みで、いい感じだなと思いとても軽いノリでお邪魔した。
歓楽街の雑居ビルの一部屋、小さなバーで、今月の新ネタが振る舞われるというもの。
私はお笑いに詳しいわけではない。ラーメンズのコントは好きでたまに見慣れた動画を見返す程度。大声、過剰なリアクション、きつい強い言葉が苦手なので、お笑いにはまらず日々を過ごしてきた。
しかしそういう感じでない芸人さんもいるのだなと感動し、新境地開拓のつもりでライブに参戦してしまった。
まず、某歓楽街に普段近づくことがないためどぎまぎしながらグーグルマップとともに歩を進め、目的地を通りすぎたりしながらなんとか辿り着いた。
通りにはぽつん、ぽつんと怖そうなおじさんたちが立っており、スマホを見つつたまに通りへ睨みをきかせるのが気になった。
雑居ビル入口にはバーの看板があり、デザインから文化のにおいを感じられるかチェック、いけると判断しエレベーターに乗り込んだ。
どんな空間が待ち受けているのか、キャパはどれくらいでどんな層のお客さんがいるのか、全く知らない。勢いだけで来たので、芸人さんの情報もめちゃめちゃ薄い。
そうして一見入っていいのか?というお家のようなドアを開けた。
芸人さんは地面にあぐらをかき、アコースティックギターを弾いて歌を歌っていた。入店と同時に目がばっつり合い、軽く会釈した。
芸人さんに向かい合うような形で、お客さんが四人ほど並んでいる。みんな一人で参戦しているようで、それぞれこだわりのおしゃれを楽しんでいる大学生くらいの若者だった。
静かな感じだ。いいぞいいぞ
ワンドリンク制なので、メニューを見ながら適当なものを頼む。私は普通の生ビールが好きなのだが、そういったものはないらしい。大麻ビールなる怪しげな飲み物が目につくが、フルーツのフレイバービールを注文することにする。
ドリンクを作ってくれる人は店員ではなくボランティアでやっているとのこと。彼はドレッドヘアに豹柄のTシャツ、ダメージジーンズを着こなしており、人の顔が覚えられないと語った。その直後、さっき私がした注文の確認を思い切り違う人に向けてとっていた。世界の広さを知る。
芸人さんの一声により、小さな店はライブ会場に整ってゆく。
お客さんは再配置され、舞台スペースが確保された。ライブがはじまる。
のほほんとした空気感が一気に変わる。
それは大学の友人の演劇を見るような、「いつもあんなに穏やかなのにこんな表情できちゃうんだ」というような。
度肝を抜かれるような、変身である。
私はお笑いは見ないが、演劇は好きな方だと思う。劇団ままごとの「わが星」がなにより好きで何度もDVDを見返したり、演劇をやっている友人に欠かさず講演に誘ってもらったり。コンテンポラリーダンスを見るのなんかも好きだ。人間の激情が好きなのだ。
しかし様子が変わりはじめた。
顔つきを切替え、厳しい表情で腕を組ながら右へ左へ移動し、遂に言葉を発する。
「みんな、聞いてくれ。今日のホームルームは長くなると思う。
…山田の給食費が盗まれた。」
青天の霹靂とはこのこと。背骨に雷を食らったようで、衝撃のあまり意識が飛びそうになった。
お笑いの構文、使っちゃうのかよ…
別にベタが悪いわけじゃない。私が新しいお笑いに出会える、と過度な期待をしてしまっただけだ。
ネタの内容としては、論理を逆手にとった矛盾や学校という環境への批判、私が最近悩んでいる「好き」が更新されず化石となっていく虚しさ、などの面白いものだった。
しかし、話の幹が既存のお笑いであった。いつかどこかで聞いた設定に、彼は東北出身のはずだが、関西弁で強い言葉たち。
内容よりも、スタイル、文法が気になってしまった。
文化的な雰囲気を漂わせ(実際には文化を愛している人だとは思うが)静かめなアーティストの名を挙げ、こんなのが好きな人々に届きますようにと謳っているのに、これは、違う…。申し訳ないが、私の好む世界観とずれていた。
しかしながら、彼がターゲットとするような先述の者に該当し、お笑いが好きな人もいるのだ。彼らはあの感じが好きなのだ。
そこには、ある文化を愛していることに加え、お笑いが好きかどうかという大きなハードルがあった。
ある世界には、その世界のルールがあり、それをもとに構築されているのだ。
今回私が飛び込んだ世界は、「お笑い」であった。そこはもちろんお笑いのルールで形づくられているのだ。
そのルールを弁えないどころか苦手意識を持つ私は、そしてそれを深く自覚した私は、もうお笑いに安易に手を出すことはないだろう。
…そもそも、文化迷走という言葉がでかすぎたのだ。私の中の「文化」はもっと狭い。もっと狭めて迷走しなければ、私はいつまで経っても理想に近づけない。早急に適切な範囲を設定する必要がある。
私の文化を探す旅はまだまだ続きそうだ。
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