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物語食卓の風景・3人の行方①

 その夜、真友子は靴箱から押し入れまで、家じゅうをひっくり返してようやく昔のテニスシューズを見つけ出した。ラケットは、さすがにガットが緩みまくって使い物になりそうにない。テニスウエアは、見つけたシューズと同じ収納ボックスに入っていたが、迷った末持って行かないことにした。運動自体、散歩ぐらいしかしなくなっていて体力が落ちているのは間違いないのに、やる気満々、みたいな態度でサークルに行くのはどうか。もし、誰かから「ぜひやりましょう」とでも言われない限り、ベンチで見学しているのがいい。やだ、誘われるつもりなのかしら、私ったら。

 それに、テニスに参加しちゃったら、へたくそになっている以前に、プレーに気を取られて偵察の意味がなくなっちゃいそう。浮かれている場合じゃないわよ。と、テニス道具一式を探すうちにテニスモードになってしまった頭の中を軌道修正する。

 航二のあの誘い方は、美帆さんがテニス仲間じゃないことを指す。そうよね。サークルの仲間と毎週抜け駆けしてデートしていたらヘンよね。それこそサークルの仲間たちから疑われる。ということは、サークルのアフターにはもう参加していないのか。もしかすると、そこで何か裏工作をしているのかしら。たとえば、うちに帰っているふりをしているとか? だったら、そういう言動がわかるはずよね。うん、そこをまず突っついてみよう。それから……。

「真友子。シューズは見つかったのか?」

 風呂から上がった航二が、寝室へ入ってくる。「あ、うん。見つかった。ラケットも見つかったけど、もうゆるゆる」

「そうだろうな。というか、真友子は明日練習にも参加するつもりなのか?」

「ううん。ラケットもこんな状態だし、私の体もきっとこんな状態。ずっと運動していないもの。初心者みたいになっていて、皆さんに迷惑をかけちゃうから、横で見学している」

「練習は3時間もあるんだぞ。今更だけど退屈じゃないか?」

「大丈夫。今はちょうどいい季節だし、外の風に吹かれながら、のんびりさせてもらうのもいいかな」

「そうなのか?」と訝しげに真友子を見る航二。「そもそも、何で急にサークルに来たいなんて思ったんだ?」

 今度は真友子が慌てる番だった。そうだ、そこの言い訳を考えていなかった。どうしようか。

「うん、そうね。……春だし、仕事も今落ち着いていて暇だし。ブライダルの仕事をしていたときに、日曜日に仕事があるからって、サークル辞めちゃったじゃない? でも、もうブライダルの仕事から離れて長いし、よく考えたら日曜日も忙しくないのよね。だから、何か有効な日曜日の使い方がないかなーと思っていて」

「いつも何してたんだっけ?」

「そうねえ。一人で散歩したり、友達と会ったり、読書しているときもあるわ。特に何をやるかって決まってはいない」

「ふうん。もしかして、サークルに復帰するつもり?」

「え? ああ、でもそれもいいかも」

「実はそういうつもりなんだろう? でもブランクがあるから、復帰できるのかどうか様子を見に来たいんじゃないのか?」

「ああ、なるほど。そういう手もあるか」

「なんだ、そこまでは考えてなかったのか」

「うん、でもそれもいいかも」

 訝しげな表情はそのまま、航二は真友子の説明に納得していないことははっきりしていた。でも、このぐらいしゃべったら、説明をしなくても大丈夫だろう。航二はそんなにしつこいタイプではないから。

「まあ、いいや。真友子も、冷めないうちに風呂行っとけよ」

「うん、そうする」

やっと解放された。でも、航二は私が浮気を疑っているとは気づいていないみたい。サークル復帰かあ。それもおもしろいかもしれないわね。というか、健康にはいいかも。と、最近たるみが目立つようになったお腹をさすってみる。テニスを再開したら、この余っている肉を何とかできるかも。

 その後、浴槽に漬かりながら、美帆さんとの対面について考えていた。いったいどういう女性なのかしら? 先輩に言われるまで、私も浮気を疑ったことはなかった。恋愛をしているようには、あまり見えないのよね。でも、世の中には浮気亭主はいくらでもいる。昔は、会社員をやっている友達が、上司と不倫していて、みたいな話を打ち明けてくれることもあったっけ。職場じゃ知らんぷりしながら、こっそりメモ書きで待ち合わせについてやり取りするのがスリリングだとか聞いたっけ。あの頃はまだインターネットも今ほど手軽じゃなかったし、LINEもスマホもなかったもの。

 まず、普通に二人の関係とか出会いを聞くのがいいわよね。だって、それは自然なことだもの。どういう友達って? その反応を見ながら次に何を聞くべきか考えればいいわ。取材モードになり過ぎないよう気をつけないとね。そうだ、服! テニスシューズを探すのに頭がいっぱいで忘れてた。せいぜい浮気相手に見くびられないように、おばさんっぽくならないように、でも若作りに見えないように気をつけなきゃ。メイクも濃すぎないようにしないと。去年買ったワンピースとか? いやいや、あれはドレッシーすぎる。テニスに行く、って言っているのに変だわ。企業さんの取材のときにときどき着るスーツ? いやー、それは硬すぎる。ううん、どうしよう!


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