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物語食卓の風景・シングル女性の悩み②

 フリー編集者の美紀子の物語の続きです。フリーライターの後輩、真友子の相談を受けることになりました。

 いつも会うカフェに入ってきた真友子は、何やら思い詰めた顔をしていた。長くなりそうだな、と美紀子は思った。気持ちを和らげようと、ひとしきり最近の多忙さや、家の中がぐちゃぐちゃになってしまった話をしたが、どうやら真友子は上の空。覚悟を決めて「それで、相談って何?」と話を振った。

「両親のことなんです。お恥ずかしい話なんですが、父が行方不明になってしまったらしいんです。妹からは一度帰ってこいと言われていますが、ご存知のように私は母と仲が悪くて、もう何年も実家に帰っていなくて。父がどうしたのかは気になりますが、母に会いたくないんですよ」

「もしお父さんが心配なら、帰ったほうがいいんじゃないの?」

「心配と言うか、気になるのは気になる……でも母には会いたくない。どうしたらいのか答えが出なくて。妹からは何度もLINEが来るし」

「旦那さんは何と言っているの?」

「『君の家庭のことだから君が決めなさい』って。私と母の関係が複雑すぎて理解できないみたいで、最近はうちの実家のことについてはノータッチなんです」

「なるほど。頼りにならないわけだ。それで私にお鉢が回ってきたと」

「はい、すみません。先輩、私と母の関係について聞きたくないっておっしゃっていましたけど……」

「他人の家庭の事情は、外からではわからないことばかりで、簡単に判断しづらいからね。それに実家に帰らなくなるほどの確執を知るのは正直しんどい。でも、それを話さないことには決められなくなっているのね?」

「先輩!そうなんです!聞いてください」

「わかった。なるべく冷静に簡潔にね」

「がんばります。ありがとうございます! 母と会わなくなったきっかけから話しますね。昔、母が東京に来たついでにうちへ来たことがあったんです。そのときにケンカになって。母は私たちに子どもがいないことが不満で、何でつくらないのかとやいやい言っていた時期だったんですよね。それで私が書いていたブライダル誌とかPR誌のバックナンバーを机で見てひどいことを言い出したんですよ!

『あなたは仕事が忙しいとか言うけど、やっているのはこういう世間が知らないような雑誌ばかり。東京にまで来て子どももつくらないでライターをしているのに、「家庭画報」とか「アエラ」とか上を目指したりしないわけ?』って。ほかの雑誌を知らないだけじゃないのって思いましたけどね。私は取材して書ければいいので、媒体は特にこだわっていないんですよ」

「それは知ってる。真友子のていねいな仕事は知っているから、頼みやすいのよ。応用力もあるし」

「ありがとうございます。母は昔からプライドが高くてブランド志向なんですよ。父と結婚したのだって、父が大学出で、それもお坊ちゃん大学として知られる関学だったから。地方の高校出身の母からすれば、関西の私立大学は憧れだったみたいで。あの時代に私立のいい大学に入れたというのは、頭が良くていい家の出のはずだって。まあ実際父は、阪神間の家つき息子で、結局父が家を継いで、わりと便利なのに閑静な住宅地に戦前に買った庭つき一戸建てに住むようになったわけですけどね」

「東京にもそういう住宅地あるわね。最近は、敷地が広い家は分譲しちゃって、三階建てとか狭い物件だらけになっているけどね」

「関西も同じですよ。でもうちは分譲するほど広くはないし、まだ両親が元気だったので売る予定もない」

「いやでもお父さんはいなくなったんでしょ」

「そうなんですよ!自分の家なのに母に乗っ取られちゃってる!」

「いや、夫婦だから乗っ取るというのは違うかも」

「母は人を乗っ取るのが得意なんです。私も乗っ取られていたかもしれない。だって、母が『家庭画報』とか『アエラ』っていうのは、自分が知っている有名な全国誌で自分が周りに『うちの娘が書いている』自慢したいだけなんだから」

「そういうこととは限らないんじゃない?純粋に娘の出世を願っているのかも。一般の人であるお母さんにとっては、自分の知っているメディアで活躍して欲しいという気持ちもわからなくはないし」

「いやいや、先輩は母を知らないから。家で母がしていた噂話は、誰はどこの学校に行った、誰はどこの会社に行ったって話ばっかりで、ブランドだったら難癖をつけるし、そうでなければ『それ見たことか』みたいな感じで上から目線だし、本当にみっともないことばかりなんですよ。一度、小学校で作文コンクールで私が入賞したことがあって。そのときに、ご近所に自慢しまくってましたからね。ふだん勉強をみてくれることなんてなかったに、アドバイスしたとか思い付きででたらめばっかり言って。周りの奥さんたちに褒められて鼻を膨らましてたわ」

「そうなの?」と言いながら、美紀子は「今日は久しぶりにネットフリックスでドラマを観ようと思っていたのに」と内心ため息をついた。


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