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物語食卓の風景・東京の2人⑨

「というわけで、真友子、会えば何か展開することがあるし、心に引っかかっていることがなくなる可能性もある。お母さんと会うかどうかはともかく、少なくとも妹さんと会って話したほうがいいんじゃない? 出張のついでだったら気軽に会えると思う」と美紀子。

「そうですね。ついでの数時間なら。母はねえ、会っても関係が変わらないような気もするんですよ。あの人、人の話を聞かないし、私には重い。また嫌味を言われるんじゃないかと怖いし、身構えてしまう。なんでこんなにこじれてしまったのか、私にもよくわからない。でも、話を全然聞いてくれないうえに、いろいろな理想を押しつけられると、嫌になってくるんですよ。だって、他の人間関係だったら、そんな人とつき合わないことないですか? たとえお世話になった人でも、疎遠になるでしょう? 親子だから、というだけの理由で、つき合わないといけないというのはおかしい。そんな風に思ってしまう私は、もしかするととても冷たくて恩知らずなのかもしれないけれど。その罪悪感も、半端ないですよ。すごく重たい」

「確かに。私もそんな風に重荷になっているお母さんと会うのに、付き添うのは重いわ。前にもだいぶ話を聞いたし。真友子の力になってあげたいけれど、私が元夫と会うより大変な気がする。夫は私を傷つけたけど、結婚生活は数年間で、結局のところ他人ですものね。あなたを産んで育てたお母さんとは重みが違う。そして、私もそういう親子を一緒に会わせるほど重い責任を背負いきれない」

「はい。一緒に会って欲しいとは言いましたけれど、確かにいくら先輩とはいえ、そういう重荷を背負わせて関係が悪くなるのもよくないですよね。私は先輩とこれからもつき合っていただきたいですし。お仕事もいただきたい(笑)。香奈子とだけ、会ってみようかな。姪っ子たちにも会いたいし。母のことを言われたら『仕事があるから、時間がない』と逃げよう」

「そうよそうよ」

「ちょっと気が軽くなりました。なんかねえ、最近ちょっと自分の人間性はもしかしてよくないんじゃないかと不安になってきていたんですよ」

「人間性って、また重い話で。何で? 真友子の人間性に問題があるなら、私なんて大問題よ!」

「いえ、母のことも重いんですが、ある意味一方的に責めることができる。都合が悪くなると、母のせいにしちゃっているところも。それはよくないと思うんですけどね。でも、夫は違う……」

「何、航二さんとも何か問題でも?」と言いながら、美紀子は「やっぱり」と思っていた。真友子が母との関係について語る中で、あまりにも夫の存在感が薄いと感じていたからだ。悩みを一番打ち明けられるのは、夫のはずなのにどうも関与している感じが薄い。

「何となくコミュニケーションが少ないなというのは、前からだったんですよ。父と違って、航二は無口というわけじゃないんですけど、結婚して、私が仕事が少なくなって、一方で航二は忙しくなって、そのあたりからかな。だんだん話をしなくなった。散歩を一緒にするとかはあるけど、週末も航二はテニスに出かけることも多いし。仕事のことも話さなくなった。向こうはもしかすると、企業秘密にもかかわるから仕事のことを話しづらいのかもしれないけど、私もあんまり。先輩の話はするんですけどね! それはまあ何度か一緒にご飯を食べたりしているから。でも、航二が知らない人の話には関心を持たないし、そういう人に話してもしょうがないかと思う」

「お母さんやお父さんのことは相談しているの?」

「それなんですよ。他人の家庭の事情には関わりたくないって。他人って、義理の両親でしょうに」

「失踪を軽く見ている? お母さんとの関係もあまり問題視していないとか」

「失踪はそれなりに深刻に受け止めたみたいですけど、母自身が動かないと言ったら、『それならどうしようもないんじゃないか』ですって。母との関係については、軽視しているかもしれない。航二には妹がいるんですが、妹とお義母さんとの関係はいいんですよ。しょっちゅう行き来していますし、妹さんは子育てでだいぶ甘えたみたいで。何で仲が悪くなるのか、母が重荷になるというのが、よくわからないみたいなんです」

「なるほど。でもわからなかったら、理解しようとするのが夫婦なんじゃないの? まあ私もあんまりお互いを知ろうとしなかったような気はするけど、だから壊れた。真友子は結婚生活長いでしょう?」

「まあ、20年ぐらい? そこまではいかないか。いずれにせよ長いです。でも、だんだん噛み合わなくなってきた感じはあって、それに何となく最近航二の気持ちがどこにあるのか、さっぱりわからないというか、家にいてもいないような。私がつまんない女なのかな? やっぱり母ともうまくつき合えない女だから、家族関係のつくり方がわかってないのかなとか思ってしまうんですよ」

「航二さんって、今は仕事が大変なの?」

「さあ。前ほど残業はしていないようだし、つき合いもそんなに多い方じゃないから、淡々とやっているように見えますけどね」

「サークルの活動にめちゃ力を入れているとか?」

「それもまあ、毎週のことだから、どのぐらい力を入れているのか、よくわからないですね。私が行かなくなって長いから、メンバーも入れ替わっているようで、やっぱり私に話してもしょうがないと思っているのか。でも、創業メンバーは今もいるみたいですし、もう少し話してもいいですよね。そういえば、サークルの話はここ数年、聞かなくなりました」

「ねえ、それやばいんじゃない? サークルの女と浮気してるかもしれないよ」

「え、浮気ですか! あんなおっさんが?」

「おっさんって、あなた。昔から不倫をする男は中年だったじゃないの」

「そうか。え、そうなの? そうか。確かに同世代で不倫していた女の子たち、みんな同世代は子供に見えるとか言って、おじさんたちとつき合っていた。その年代に私たちはなったんですね」

「って、のんきに分析していないで、夫が浮気となると大問題じゃないの!そのうち、浮気相手が妊娠したからって離婚を切り出されるかもしれないのよ!」

「昼ドラみたいな展開ですね。浮気相手が若い女性と決めつけてませんか?」

「だから、何でそんなに冷静なの?」

「冷静っていうか、現実味がないから。そうなのかなあ。あの航二が不倫なんて、そんな大それたことをできるとは思えないっていうか」

「よく探ってみなさい。日々の行動を。テニスから帰った後の荷物をチェックするとか。少なくとも、テニスウエアを洗濯するときは別のニオイがついていないか、口紅とかついていないか、よく点検しなさいよ」

「それは難しいかも」

「なんで」

「前から、テニスウエアは汗でぐっしょりだから、いつもすぐに洗濯してたんですよ。私が行かなくなってからは、航二が自己責任でテニスウエアだけ自分で洗濯しているので」

「その行動、怪しくない?」

「いえ、テニスウエアを自分で洗うのは、私が言ったんです。気になるんだったら自分で洗ってって。それが習慣になったようです。ついでにそのとき洗濯籠に入っている私たちの衣類も洗ってくれるんですよね」

「のろけですか、こんな展開で」

「いや、そんなつもりはないです。私が暇になってから、料理は全部私になったし、分担している家事がほとんどなくなったんですけど、洗濯は航二も苦にならないようで、続けているんですよね。彼担当の唯一の家事かも」

「全部じゃないでしょうに」

「まあ、日曜日以外は私がやりますけどね。でも大人2人の洗濯物なんてそんなに多いわけじゃないから、私がやるのも週に1~2回ですけど」

「とにかく、よく観察して!ね!」

「わかりました」


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