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物語食卓の風景・共働きの2人⑤

 共働きの真友子と航二夫婦の物語は、夕食が済んだところまで進みました。前回はこんな感じです。

「なあ、今朝公園の桜が、五分咲きぐらいになっていたぞ。今週末あたり、軽く花見でもしないか?」

 テレビに夢中かと思っていた航二が急に話しかけてきた。ふだん、自分のことで忙しそうな航二だが、花は結構好きで、一緒に歩いていて花が咲いているのを観ると、楽しそうに眺めている。あれがきれいだ、ここにこんな花が咲いているとたわいのない会話をしながら、出かけた先で眺めたり、花を観に散歩するのも真友子は楽しいと思っている。

 真友子も花や景色は昔から楽しんできたほうで、10代の頃も、通学路の花を観る余裕もないなんてつまらない、と桜など花がきれいな春は、単語帳を一生懸命観ている周りに同調しないで、花を眺めながら歩いた。

 航二とも、これまで何回花見をしたことだろう。毎年、桜がちらほら咲き始めると、真友子は桜が咲いている道を選んで買い物に行き、駅までの道も遠回りして公園を歩く。航二もこの時期は、毎年公園経由で駅へ行っているようで、こんな風に桜の咲き具合をチェックして報告してくる。

 東京に来て真友子が一番驚いたのが、とにかく桜が多いことだった。関西でも真友子が育った地域は、川沿いに並木があったし、電車の中から桜を楽しめるエリアもあった。学校や公園で桜の名所になっているところもある。でも、こんなにどこもかしこも桜だらけで、名所もたくさんあるのは驚いた。住宅街の公園に咲いている桜も木が大きいように思う。

 航二は花が好きだけど、その中でも特に桜が好きらしい。

「パッと散ってしまうところが、はかなくていいんだよな。花びらもちっちゃくてはかない感じだし、生命力が弱い感じが、見ておいてやらなきゃ、という気にさせるんだ。それでいて夜は妖しげだし。魔性の花だよな」と前に言っていたことがある。そういえば、サークルのみんなで夜桜を観に行ったときも、会話や飲み食いに夢中な周りに囲まれて、独り頭上の桜に見入っている姿が目に入ったのが、航二が気になる人になったきっかけだった。

 子どもはいないし、仕事は全然共通点がないしで、共通点が少ないような夫婦だが、こういう些細な興味の接点があるから、今まで一緒に暮らしてこられたのかもしれない。

「お花見、いいねえ。今回は誰か誘う?」

「いや、週末の天気がまだ何とも言えないし、花見の打ち合わせをいろいろするのも面倒だし、今回はいいや」

「わかった。あ、長沢先輩誘おうか?」

「編集のあの人?猫が好きな? あの人でも、最近猫の話ばっかだろ。俺、猫は特に興味ないし、真友子一人で友情を深めてくれよ」

「あははは。今日も実はその猫ちゃんの話で遅くなっちゃったんだ。先輩、猫の話しだすと止まんないから。じゃあ、お弁当何するか考えるね」

「近所だし、2人だけだからそんなに気合入れなくていいよ」

「大丈夫。気合い入れるつもりはそもそもなかった」

「そっか」

 そう言ってから、航二はまた、テレビを眺めつつ、片手でスマホをいじりはじめた。「そうだ、私もスマホ。香奈子から何か入ってたんだった」

 真友子は急に思い出し、スマホの暗証番号を入れてLINEをチェックする。メッセージには、「お父さんが行方不明になった!」の一言だけ。いつからなぜ、どんなふうに?お母さんはどうした? 詳細は何も書いていない。でも、何でお父さん、いなくなったの? あの人は大好きな実家に住めてそこを永遠に離れないものだと思っていたのに。どうしちゃったの!お父さん。



 

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