見出し画像

物語食卓の風景・母と娘②

「お母さん、まるで昔から1人暮らしみたいな、お父さんとお姉ちゃんがいないみたいな態度の割には、1人暮らし初心者らしいところも、実は結構あるのよ。嘘が嘘になりきっていないというか」

「お母さんは別に嘘をついているつもりはないんじゃないか? お義父さんやお義姉さんのことをスルーしているだけで。きっと現実に向き合って、自分の非を認めたくないから、逃げているだけなんだよ」

「逃げている? 確かに! 2人がお母さんの前からいなくなったのは、お母さんのせいかもしれない。少なくともお姉ちゃんはそうよ。昔から仲が悪かったし、私には何があったかお母さんは教えてくれないけど、お姉ちゃんは、『もう我慢できないから、距離を置くわ』ってLINEで教えてくれたもの」

「そのとき、くわしい事情は聞かなかったのか?」

「なんか怖くて。だって、ドロドロしたものを見なきゃいけないでしょう。なんか聞いちゃいけない話を聞かされたら困るし、そのときちょうど萌絵が泣き出して、すぐに返事ができなかったら、何かもうツッコむのが面倒になってしまったの」

「そうか。香奈子もお義母さんと同じように怖がりなんだな」

「同じ、と言われると嫌だけど……そうかもしれない」

「香奈子の家族は、あんまり何でもあけすけにはしゃべんないよな。相手にお互い気を使っているというか」

「その割には、悪口は相手の聞こえないところでは、けっこう言う」

「向き合うのが怖い人たちなのか?」

「そうかもしんない。勝の家は違うの? 違うか。おばあちゃんとか、はっきりモノを言うものね。お義父さんやお義母さんも、あんまり表裏なさそうな感じだし」

「まあな。でもうちの家族の話は今はいいよ。お義母さんは、1人暮らしが楽しくなさそうなのか?」

「というか、めんどくさいみたいなの。『人間、どうして毎日お腹がすくのかしら』って言っていた。家族が何人でも、結局のところ、3食つくらないといけないからめんどうだって。それに、1人だと量が難しいって。揚げものも余っちゃうからできないし、小松菜の煮浸しもつくりにくいし。青菜のお浸しは、2回3回に分けて煮返すとどんどんドロドロになってしまうから、好きなのにつくらなくなったって。『ちまちまつくると嫌になるの』って。『だったらスープやシチューをドーンとつくっておいて、毎食食べればいいじゃないの』って言ったら、『それもやったけど、飽きちゃうのよ。カレーを昼と夜食べて、次の日も昼と夜食べて、とやってたら3日目には投げ出したくなった』ですって」

「俺、1人暮らしは経験ないから、実感はないけど、確かに1人分の食事ってめんどくさそう。炒め物もある程度量があるから、つくりがいもあるしな。でもチャーハンとか、あんまりたくさんつくらないほうが鍋が重くなくていいんじゃないか?」

「お母さん、中華はあんまりしないもの。油っこいのはいやなんだって。その割には揚げものは好きなのよね。矛盾してる。何かあったら揚げ物。子供の頃も、週に1度はトンカツかコロッケかから揚げ、フライだったような気がする。天ぷらもあったわね。サツマイモの天ぷらとか、かき揚げとか好きだったな。そういえば『子どもたち、好きでしょう?』って行ったときにつくってくれたのも、ポテトコロッケだった。ふだんつくれないから、ここぞとばかりにつくったんでしょうね。確かに私はあんまりつくらないから、咲良も萌絵も喜んで食べていたけど」

「香奈子は何で、コロッケをあんまりつくらないんだ?」

「知らないの? コロッケって面倒なのよ。ジャガイモを茹でてからつぶして、マッシュポテトにするでしょう? それから、ミンチとタマネギとか混ぜて、丸めて。衣だって、天ぷらとかから揚げだったら、材料を合わせてまとわせたらいいけど、コロッケは、小麦粉をまぶして、卵液に漬けて、パン粉をまぶして、と3回に分けて衣をつけなきゃいけない。小麦粉とかパン粉とか、汚れたまんま残るのよ。それを捨てるのも罪悪感だし。そうか、お母さんがそういうのをしょっちゅうつくっていたのは、何度も使えるからかもしれない。だいたい、小麦粉やパン粉を入れたトレイをそのまま残してたもの。あれ、冷蔵庫に入れるんだっけ?でも邪魔よね。どうやって保存していたかは忘れたけど、そういえば、コロッケの翌日はイワシのフライとかトンカツだったり、その逆だったりしたわ。そういうこともあるから、しょっちゅう揚げ物だった記憶があるのかも」

「そうか。確かに、パン粉を使う揚げ物は面倒だよな。おれもどちらかといえば中華が多くて、あんまりそういう料理はしないから気づかなかった」

「でね、掃除も洗濯も面倒だって言うの。1人分ってちまちましているのに、やっぱり部屋は汚れるし服も汚れるし。誰のためにきれいにするんだかわからないし。お隣の馬場さんにチェックされないためにきれいにしているような感じで、釈然としないって」

「あははは。お隣の馬場さんのためにおしゃれをするのもいいかもしんないぞ」

「何よそれ、面白くない」



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?