物語食卓の風景・専業主婦のつぶやき②
前回から、洋子さんの次女で真友子さんの妹の香奈子さんの話が始まりました。
香奈子の夫は、マメである。会社でもこまめな気配りができると評判だった。私も最初、生理中で疲れていたときに、いち早く「大丈夫?顔色が悪いけど」と言ってもらえたことが、勝を意識し始めたきっかけだった。デスクの机の上も、いつもきれいに片づいていて、資料も自分でファイリングしていて、上司から「誰か、何々について知らんかー?」と呼びかけられたら、まっさきに「いついつのこれですね」とさっと出して見せるのは勝だった。
ただちょっと、周りから便利に使われる一方で、マイペースで飲みゅにケーションとかのつき合いもあんまりしなかったせいか、そのマメさは出世には必ずしも結び付かなかったようだ。
でもね、それは過去のこと。と香奈子はため息をつく。勝は生来、整理整頓好きなのではなくて、会社では必要に迫られて片づけるようになっていただけのこと。資料をうっかりなくして、取引先の人から怒られたことがあり、それから必ず資料はファイリングして、いつどこで何をもらったのかを明確にする習慣ができたそうだ。
必要なデータはパソコンでも保管しているし、デスクには付箋を貼るためのボードも置いていた。そうして何重にもバックアップを取って、大切なものをなくさないよう気を使っていた。よっぽどそのときの失敗が、応えたらしい。
「もともと、学生時代から資料探しで時間を取られることが多くて、その時間がもったいないと思っていたんだ。先輩たちからいろいろ教わって、いいなと思った資料整理術を全部採り入れたらそうなった」と言っていた。
でも、そういう整理整頓は会社の資料だけ。家では全然。洋服は脱いだら脱ぎっぱなし。靴下も、洗濯をしたら片方しかない、というのは毎回のこと。片づける、という単語はきっと、会社に置き忘れてくるんだろう。家にいるときの勝の頭にこのワードはきっとない。
マフラーや手袋は毎シーズンなくすので、毎年秋には買わないといけない。「毎年は不経済よ。今年はマフラーなし!」と言ってみたことがあるけど「俺、寒がりなんだよー。首がすうすうすると風邪ひいちゃうよ。香奈子さま!奥さま!今度、おまえの好きなアンリ・シャルパンティエでケーキ買ってくるからさ。許しておくれよ」とか言って丸め込まれてしまった。
家でも何にもしない。独身時代はけっこう料理もしていたようで、私も勝の部屋でご馳走してもらったことがある。あれは確かクリスマスで、パウンドケーキまで焼いていた。あれにやられちゃったんだよな、私。ケーキを焼く男って何? この人よっぽど料理上手なんじゃないの?とか思っちゃった。
「それに騙された―」と中学からの親友の亜衣に言ったら「馬鹿ね、あんた。それは昭和の男子が、バレンタインのケーキやマフラーにやられて、『この子はきっと家事が得意に違いない』と勘違いしたのと同じよ。知らないの?あれは趣味であるから楽しいのであって、日常になったらやらないし、実用的な家事が得意かどうかとは別問題。ケーキは焼けるけど、料理は苦手という女子がたくさんいたんだよ。男子だってそれは同じよ」と、バッサリやられたっけ。
そういえば亜衣は最近、どうしてるんだろうな。「結婚するかどうかなんてわからないし、結婚したところで相手が一生養ってくれるとは限らないんだから、私は仕事」と言って、高校を出たら東京の大学へ行ってそのまま東京で就職してしまった。それでも学生時代は、休みのたびに帰省していたからよく会っていたけど、社会人になったら忙しそうで、なかなか会えない。さすがの亜衣は、子どもを産んでも仕事辞めずに働いていて、ますます忙しそうで最近はLINEでもご無沙汰。
「東京じゃ、仕事続けるのなんて当たり前だよー」と言われたっけ。亜衣がどんどん遠くなってしまうみたい。
香奈子が嘆くのは、マメそうで料理も得意そうだった勝が、結婚したらそうした面がなくなってしまったからだ。とはいえ、手伝いを申し出ることは多い。特に子どもが生まれてからは、食器を下げたりゴミ箱の管理をしたりと、やっぱりこの人はマメだと思わせるような行動をとる。いつだったか、ゴミ箱を洗ってくれたこともあった。でも、香奈子はそうした勝のマメさを苦手としているのである。
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