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物語食卓の風家・残された妻⑤

 家に帰りついた洋子。料理しなくて済むことになったものの、ご飯がなくなっていたので、洗って早炊きにした。

 昔、お母さんから料理を教わったときは、おコメは30分水に漬けておいてから炊く、というやり方だけど、急いでいるときに、洗って数分だけ置いてから炊いてみたら、ちょっとべちゃっとするけど食べられたのよね。誰に食べさせるでもなし、それでいいかと、面倒なときはすぐに炊くようになっちゃった。今日はもうこのまま炊いてしまいましょう。あらでも、少量炊きと早炊きと両方を選ぶことはできないのね、この炊飯器。じゃあ、久しぶりに鍋で炊いてみよう。あら、駄目だわ、よく考えればうちにはふたが重い小鍋がないんだった。今度、1人用の土鍋を買ってこよう。とりあえず、じゃあ早炊きで。

 何しろ料理は一通りそろっているし、それほどすることもないので、ぼんやりテレビをつけて観ていたら、電話が鳴った。

「お母さん、ちょっと今いい?」香奈子だ。「いいわよ、今はちょうど手が空いているから。ねえ、たまには咲良たちを連れてうちへ食べにいらっしゃいよ。1人のご飯ばっかりだと、味気ないときがあるのよ。ちょうど今日、買い物に行きがてら、香奈子たちのことを考えていたところなの。子どもたちが食べると思うと、作り甲斐もあるし。香奈子だって、毎日毎日子どもたちの世話を焼いて、料理作ってだったら大変でしょう。ね!そうしなさいよ」とついさっきまで考えていたことを、ここぞとばかりに一気に話してしまった。いきなり過ぎたかしら?

 「……わかった。ちょうどお母さんに相談もあったし、電話で話そうと思ったけど、電話で話すより直接会って話したほうがいいような話題かもしれないから」

「何、相談って? 子どもたちのこと?」

「ううん」

「じゃあ、勝さんのこと? 会社で転勤になっちゃったとか? それとも、何か体調でも悪くなったりした?」

「そんなことじゃないわよ。何か思い当たるフシでもあるわけ?」と突っかかってくる。何かマズいことでも言ったかしら。真友子もそうだけど、香奈子も急に怒り出すのよね。娘のツボは、何年付き合っても今一つよくわからないわ。

「何だかわからないけど、ともかく、近いうちに一度いらっしゃいな。いつだったら来られる? お昼かしら。それとも、夜勝さんと一緒に来る? そうね、家族そろって遊びに来るのもいいのではないかしら」

「もうお母さん、人の話を早回りしないで! いつもお母さんがそんな風に先回りして、勝手に話を進めるから、できる話もできなくなっちゃうでしょ!こっちに考える暇ぐらい与えてよ」

「だって、いろいろ思い浮かぶんですもの」

「お母さんは、変な想像力がたくましすぎる。しかも、ほとんど合ってないし。とにかくちょっと黙って、私にも話をさせて」

「ごめんなさい」何だか香奈子は、子供を産んでから強くなった。この子、昔はそんなにポンポン言う子じゃなかったように思うけど。子どもができると女は強くなるわね、ほんと。真友子は、そういうことを知らないできちゃったのね、かわいそうに。前に、そういえば子どものことを言ってしまったこともあった。でもちゃんとした返事は返ってこなかった。真友子は逆に、もう少し自分のことを話してくれてもいいのに、昔から話してくれない子だったわね。学校の先生とかの話では、決して寡黙なタイプではないみたいだったんだけど。

「もう、ほんとに! お母さん、聞いてる? いつも自分が言いたいことだけ言ってこっちの話を聞いてないんだから! 勝さんは最近、残業が多いし疲れているの。それに、勝さんも連れて行ったら、相談もしにくくなる。本当は子どもたちもいないほうがいいんだけど、まだ置いていくには小さいし、連れて行くわ。でも、DVDも持って行かせて。ジブリを見せておけば、きっと夢中になっちゃって話の邪魔はしないと思うから」

 何よ、人をおしゃべりみたいに言っておいて、香奈子だって十分まくしたてているじゃないの。

「そんな風に一気にまくしたてないでよ。好きにすればいいから、とにかくいつだったら来られるの?」

「じゃあ、明後日」

「わかったわ」

 電話を切ると同時に、炊飯器がピーピーとご飯が炊けたことを知らせていた。

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