雑誌「幕間(まくあい)」昭和33年5月号 マクアイ・リレー対談「中村歌右衛門氏・三島由紀夫氏対談」③
大時代な本読み
歌 お仕事で三島先生にお目にかかったのは、初めは「地獄変」でしたね。歌舞伎座の貴賓室で本読みなさいました。私、それを伺って、先生は歌舞伎をお好きだということが、なんかとてもはっきりわかったのです。
司 全部お読みになったのですか。
歌 ええ、大変なのです。(笑)
三 それで今でもからかわれるのですよ。
歌 いいえ、いいえ、そういうことはありませんよ。とても大時代なの、(笑)もう本当にね。
三 一から十まで大時代で、ちっとも間、抜くところない。(笑)
歌 「じゃわいなあ」というのが大変な長さなのよ。(笑)先生の好きなのは、そういう歌舞伎ですね。
司 歌右衛門さんがお聞きになっても、大時代に感じられるようなですか。
歌 そうなの、私が伺っても。
三 吹き出しちゃうほど。(笑)この間やられちゃったんです。外国へ発つ前に「朝の躑躅」の本読みしたら、「今日の本読みは本当に結構でした。歌舞伎の本読みと比べると、大違いでございました」って。
歌 そんなこといいましたかしら。(笑)
司 やっぱり読み方をお変えになって?
歌 とてもいいです。それこそ芝居を本当に観ているようなの。本当ですよ。歌舞伎の本読みなさるのとは、ちょっと違うわ。
三 自分の仕事だから、こっちが読むとあらが目立つのですよ。
司 女の場合はどうですか。
三 女形の声がうまく出ませんね。こちらは一生懸命やるけれども。
司 先生は必ず読まれるのですか。
三 必ずやります。新劇の台本だって、二百枚近いのを、本読み全部しちゃうんです。
司 「鹿鳴館」なんかですか。
三 そう。人を悩ますのが楽しみで楽しみで。(笑)
歌 いいえ、悩みませんと思いますよ。ほんとに結構なんですもの。
三 じゃあ今度、歌舞伎の台本で、また悩ましてあげる。(笑)
歌 「熊野」の時は、唄の方が多いから、とても早くて、簡単でした。
三 助かった?(笑)
歌 へへへ……。(笑)
司 ト書もお読みになるのですか。
三 ト書は殆どとばしますね。
歌 先生、また早く本読みしていただくような機会が欲しいですね。
三 また大時代のをやりましょう。(笑)僕はセリフ廻しでも、あの「車引」の時平の、「早く車を轟かせよエーエ」というようなのが好きなの。
司 いかにも歌舞伎的なね。
歌 それは、やっぱり字でお読みになっちゃえばいいですよ。
三 セリフにしないでね。(笑)
歌 先生の本読みは、歌舞伎の本になると、のろいの。今いったテンポですもの。
三 芝居のテンポはこの頃一般に早くなっているから、僕はうんとのろい方がいいと思うんだ。
司 そうしますと、現代語の歌舞伎やっぱりお嫌いですか。
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これが三島由紀夫と歌右衛門の初対面のときの写真ですね。
大時代って何だろう?と思ったけど、大時代=いかにも古風な感じのことを言うみたいですね。
だんだん場が温まってきたようです。歌右衛門が「へへへ……。」とインタビューで言うなんて、この対談が最初で最後なのではないでしょうかw
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