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創作大賞2024 漫画原作部門『温羅タロウ』第2話「まごうことなき」

御山の山中。
タロウは狩りに出ている。昨夜のハクリの言葉を反芻している。
回想のハクリ「あなたは何も選ばなかった。」「いや、何もしないことを選んだ。」

心が落ち着かず、獲物の野ウサギに近づくが、気配を悟られる。
慌てて飛びかかるも、逃してしまう。簡単な狩りすらしくじるタロウ。
タロウ「ぬああああっ!」
タロウの放つ大絶叫から伝わる苛立ちが周囲に広がり、木々から鳥たちが一斉に飛び立つ。ざわつく森。
タロウは気を鎮めようと、首元の宝珠を握りしめる。

(回想)
父母とタロウが暮らす穴ぐらに、物々しく武装した人間たちが襲来する。
里の者たちではなく、ふもとの村の屈強な男たち。
父は190cmでガチムチの筋肉質。精悍でカッコいい鬼。
父は鞘に収まった大刀を、穴ぐらの前に突き立てる。

幼きタロウ「父ちゃん、母ちゃん! オイラも戦う!」
タロウの父「戦うのではない。」
人間たちの前に立ちはだかり、タロウに背を向ける。

母が穴ぐらにタロウを押し込める。
タロウの母「さあ、これを。」
幼きタロウ「これは?」
タロウのおくるみを、外套に仕立て直したものを羽織らせる。首元には宝珠がキラリ。

タロウの母「……………………!」
宝珠を両手で包み、まじないをかける。
宝珠が温かく光り、タロウを包む。
さらにタロウを抱きしめる母。
タロウの母「守りたいの。」
幼きタロウ「オイラだって…!」
タロウの母「あなたは生きて。いつか…わかるときがくるから。」
母にしがみつくタロウ。

母はタロウの耳元で何かをささやき、それからタロウを突き放す。
母が穴ぐらから出ると、父は拳で穴ぐらの岩を砕き、入口をふさぐ。
人間「やれ!」
人間たちが、鬼を退治するために用意した大型の弩を放つ。
タロウが砕けて重なる岩の隙間から、その光景を見て目を見開き、何かを叫ぶ。
(回想おわり)

タロウ「なぜ…。」
思わずつぶやくと、宝珠が自然とホワホワ光る。タロウが気づかないくらいの光。

木々のあいだから、小鬼どもが顔を覗かせる。
小鬼ども
「何も知らぬタロウ。
 人を憎みながら、人を喰らうこともできぬ。
 鬼を避けながら、鬼から隠れることもできぬ。
 おろかでかよわき、ひとりぼっちのタロウ。」

タロウがどこかうつろな眼差しで、ぼんやりと空を見つめていると、ふいにユンジが現れる。

日没の頃、大刀が突き立てられた穴ぐらの前で、ユンジとタロウが向かい合って立っている。
ユンジ「ヌシがハクリに会った者か。」
(ユンジの回想)
ハクリは引っ立てられる際、ユンジにあることを耳打ちしていた。
ハクリ「私は御山で会いました。かの者をここへ…」
ユンジは言葉もなく、驚いた表情で聞く。
(回想終わり)

ユンジ「ヌシ、ハクリに何をした?」
タロウ「……。」
ユンジ「ハクリの言葉の通りここに来たら、ハクリの申す通りの者がいた。知らぬ存ぜぬでは通らぬ!」

タロウはチッと舌打ちする。
タロウ「鬼から助け、傷の手当てをした。…それからメシを食わせた。」
ユンジ「…………(じーっとタロウを見つめる)本当に…それだけか?」
色々な角度からタロウを見たり、遠慮がちに穴ぐらの中を見たり。そこには使用された木皿、ひとり分の寝わら。

タロウ「(困惑)……何だと言うのだ。」
ユンジは顔をブンブンと振って、気を取り直す。
ユンジ「ハクリを救ってくれたこと、心から感謝する。が…、ここへ来たがためにハクリは贄となろうとしている。」
タロウはぴくりと眉を動かす。
無抵抗の父母を無惨に殺した人間たちの姿がちらつく。

ユンジ「お願いだ! 私とともに里へ来くれ!」
タロウ「お前の頼みを聞く義理はない」
ユンジ「たしかそうだ。だが! 私はなんとしてもハクリを救いたいのだ!」
タロウ「オレが人間を殺すかもしれないぞ。」
ユンジ「人を殺めたいなら私を殺せ! そのかわり、ハクリは助けてほしい!」
タロウ「……なぜ、だ?」宝珠がほわほわ、弱く光る。

ユンジ「ハクリより大切なものなど、この世にはないからだ!」
タロウ「大切なもの…。」
タロウは温かく光る宝珠を、ギュッと握りしめる。最期の父の背中、母の「守りたいの。いつか…わかるときがくるから」という言葉がフラッシュバック。

タロウ「なぜ……人のために死のうとする」
タロウは独り言のようにぼそっと言う。ユンジはハテナの表情。
タロウ「オレは……、オレは…ただ一緒にいたかった」
ユンジ「……。」
タロウ「一人残されるくらいなら、ともに死にたかった……」
ユンジ「ヌシの事情は…わからぬ。
    聞いてやるいとまも…今はない。だが…!」

ユンジは、くわっと目を見開く。
ユンジ「なぜと問わねばわからぬのならば教えてやろう!
    これはそう、まごうことなき愛…っ、ゆえっ!!」

愛という言葉に反応し、タロウの手の中にある宝珠の光が強さを増す。
ユンジ「知りたくばともに来い!
    そして我がハクリへの愛をその眼(まなこ)に焼きつけよ!」

すっかり日の沈んだ里では儀式の準備が整い、白装束で後ろ手に縛られたハクリが磔にされている。
クリーバの指示により禍々しいかがり火が無数に焚かれ、異様な雰囲気。
尋常ではない雰囲気に、ユンジの父をはじめ里人たちも息を呑んでいる。

クリーバ
「かけまくも畏(かしこ)き御山の
 大深原(おおみのはら)に鎮座す
 御山の鬼神、奥峡(おうきょう)の冥王……」
クリーバがハクリに祓詞(はらいことば)ではなく、呪詛の詞をかけている。

里の者に化けている妖魔のモノローグ
「けけ、高い神霊力を宿らせる娘に、さらに魔呪の力を吹き込んで鬼王様に捧げようとは…。鬼王様にとり入るためとはいえ、手の込んだことを。」

里の者「里長、これは…。」
ユンジ父「むぅ…。」
クリーバが唱える詞の意味は分かっていないが、異様な雰囲気なのは伝わり、不安を隠せない。
クリーバ「さらに火を燃やせ! 穢れし娘を鬼王様のもとへ……!」

ハクリのモノローグ「ずっとそう」
磔にされたハクリが、無表情で里人たちを見つめる。
ハクリのモノローグ「この人たちは何を憎み、何におびえているの。」
両親を責め立てる里人たちの姿と重ねる。

里の者たちの手で、ハクリのすぐ近くでさらに大きなかがり火が焚かれようとしたそのとき…。

ドォォォォォォォン!
轟音とともに、かがり火のひとつが吹き飛ぶ。

クリーバ「何事か!?」
煙があたりを包み込み、里の者たちも騒然となる。
そして、ゆっくりと霧が晴れると、タロウの姿が現れる。
タロウは息ひとつ乱さず、精悍な立ち姿。

里長や里の者たちは、おびえを強く含んだ驚きの表情。
クリーバやハクリも、目を丸くして驚いている。

タロウはキッと、磔にされているハクリを見る。

つづく−−


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