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創作大賞2024 漫画原作部門『温羅タロウ』第1話「藤玄の森」

【あらすじ】
今は昔、人も鬼も容易には踏み入らぬ御山の森に温羅(うら)タロウという童子がひとりで暮らしていた。幼い頃に父母と死別したタロウは親の愛を知らず、また知ろうという思いを封じ込めていた。
タロウはある日、森に迷い込んだ里の少女ハクリと出会う。彼女もまた父母を失い、傷を抱えて生きてきた。ハクリの「知りたくないの?」という問いに、タロウは心を揺さぶられる。しかしそのハクリは神域を犯し、穢れを得たとして禊の生け贄とされてしまう。
タロウのもとへ、ハクリを愛してやまぬ里長の子ユンジが現れ、ハクリ救出を懇願する。命も惜しまぬユンジの覚悟を受け、はたしてタロウはどう動くのか?

【世界観】
時代背景のイメージは平安期(みやびと神霊の時代)から、鎌倉・室町期(武力、実用の時代)への転換期。文明が進んだ都市部では、妖魔や神霊の類いは存在感を薄め、武や財、あるいは便利などの「実」が価値を持つようになっている。一方で、都から遠く離れた辺境の地では、まだ原始的な風景を残している。
舞台はそうした時代の日本の雰囲気をまとった、架空の世界。

【主な登場人物】
●温羅(うら)タロウ
主人公。御山にある藤玄の森にある穴ぐらに棲む、鬼と人の間に生まれた童子。人間の年齢でまだ16歳の若者ながら、人間離れした屈強な体躯と身体能力を持つ。背中には父から受け継いだ大刀を背負い、胸元に母の形見の宝珠を抱く。いずれも強い力を秘めている。
●ハクリ
ヒロイン。山あいにある小さな里で暮らす少女。ある理由で両親を失っており、それ以来、里のはずれにある川べりでひとり、静かに暮らしている。陰のある雰囲気。里の者たちからは冷ややかな態度をとられているが、里長の子ユンジに求愛されている。
●ユンジ
里長の子。まっすぐで、誰にでも分け隔てなく接する好漢。将来有望な若者として、里の者たちからの期待も厚い。ハクリに惚れ込み、許嫁と決めているが、里長である父からは認められていない。
●クリーバ
里の祈祷師。4年ほど前に里に現れ、雨乞いの祈祷を成功させ、流行病を防ぐなどして里の人心を掴んだ。小柄な老婆で、いやらしい笑みを浮かべる。妖しい雰囲気が漂うが、その正体に勘づいている者はいない。

ここは、繁栄を極める大都からはるか西に、遠く遠く離れた辺境の山地。
原始の頃から時がとまったような暮らしを営む山里の集落が山あいに点々とあり、そうした里の者たちから御山(おんやま)と呼ばれる霊峰があった。

御山。
人間界と鬼界のはざまにあり、手つかずの原生植物や野生動物が息づく。
さながら桃源郷のようなところ。里の者たちは畏敬の念を抱き、神域を崇め、ほとんど誰も立ち入らない。

ナレーション
「ここは人界と鬼界のはざま。
 そんな境界の山中に
 ひとりの童子が棲んでいた。」

温羅タロウが1頭の鹿(親鹿)を狙う。
背中に背負った大刀に手をかけ、にじり寄る。
今まさに飛びかかろうとしたそのとき、ふと親鹿が子鹿のもとへ歩み寄る。
タロウは寄り添う親子の姿に心を乱し、その気配が鹿親子に伝わって逃げられる。

タロウ「だぁ!!」
タロウは悔しがり、天を仰ぐ。
ナレーション「名を温羅タロウといった」

タロウは人間の年齢で16歳。
身長は170cm超で、がっしりとした体躯。この世界の成人男性は平均150〜160cm程度であるため、タロウは異形といえる長身。
使い古された獣毛の腰巻きと、布きれに首・手・銅を通すための穴を開けただけの衣服(野生味あふれる服装)。その上に、おくるみを縫い直した丈の短い外套を羽織る(唯一、人為的な雰囲気のもの)。
おくるみ外套の首元の結び目に宝珠がついていて、光に反射してきらりと光る(宝珠は神秘的な雰囲気)。背中には、鞘に収まった立派な大刀を背負う。

タロウ「はっ! とうっ! たぁ!」
タロウは道なき山中を飛ぶように走る。腰には1匹の野うさぎと、山草が結わえられている。タロウは人間に似て非なる巨躯、そして身体能力を誇る。
飛べば人間の数倍もの跳躍力を見せ、拳で大岩を砕く。無尽蔵の持久力を誇り、まるで疲れ知らずであった。

タロウが御山の尾根に立ち、周囲を見回す。
山々と深い森が広がる壮大な自然の風景。
目を閉じ、耳を澄まして風の音を聞き、土の匂いをかぐ。
遠くの山あいにある小さな里から、炊事の煙が見える。
そこには小川で洗濯仕事をする母と、その母にしがみついて甘える子どもの姿がある。
タロウは、わずかに胸が締めつけられる表情を見せる。

小鬼たち
「鬼でも人でもないタロウ。忌み子のタロウ。
 寄れば祟られ、触れば穢れる。
 災いを呼ぶぞ、今に呼ぶぞ。」
山中を歩くタロウに、木々の上から小鬼たち(シルエットのみ)がギャアギャアとわめく。その心ない言葉に、タロウの首元の宝珠が冷たく反応する。
この宝珠は憎しみや恐怖などには、冷たい反応を示す。

昼間、山あいにある里(ハクリとユンジの住む里)。
10〜15軒ほどの家(ほとんどが竪穴住居)や高床倉庫などが建つ。
農業も細々と行っているが、狩猟採集の文化が根強く残る。

ハクリが、なめした皮革の束を背負って歩く。
その横をこどもが走って転び、泣く。
こども「あっ! えーん、えーん!」
母「よしよし」
洗濯かごを抱えた母が、泣く子を慰める。
すれ違うハクリ、その伏せた顔の中でズキッと胸が痛む表情を見せる。

ハクリは運んだ皮革の束を、里長のお屋敷の前に積む。
お屋敷といっても、高床で他の家よりも少し大きい程度の住居。
お屋敷の中から里長の長子、つまり次期里長であるユンジが出てくる。
ユンジ「ハクリ、中で休みたまえ。白湯を持たせよう。」
ハクリ「ユンジ様。いえ、私めが里長のお屋敷にあがるなど…。」

ハクリは14歳。
孤児で貧しく、衣服もぼろ布同然。陰のある美少女。140cm弱、華奢。
ユンジは17歳。
里長の子で、まっすぐな好青年。150cmを少し超える程度の身長で、普通の体格。

ハクリとユンジの様子を遠巻きに見る里人たち。
ハクリを見る冷たい目、ひそひそ声。
ユンジ「そなたは私の許嫁。何の不都合があろうか。すでにそなたの部屋も用意しておるのだ。」

ユンジの父「ユンジ、そのくらいにせい。ハクリも困っておる。」
ユンジの背後から、里長である彼の父親が現れる。
ユンジ「父上!」
ハクリ「里長…。」。
ハクリはその場で両膝と両手をつき、頭を下げる。
ハクリ「仕事が残っていますので…。」
ハクリは額を地面につけて礼を示し、立ち去る。

立ち去るハクリの背中を、ユンジと父が見つめる。
ユンジの父「ハクリとの婚姻、里の者たちはまだ納得しておらぬ。」
ユンジ「ハクリの家柄など問題ではございませぬ。聡明で芯の強いハクリこそ私の妻に相応しい! ご安心めされよ!」

足早に歩くハクリに、里人たちの冷たい眼差しが突き刺さる。
ハクリのモノローグ「なぜ……。」悲しげに。

ハクリに冷たい目を向ける里人たちのすぐ背後で、祈祷師のクリーバがつぶやく。
クリーバ「災いが来る。否、あの娘こそが災いとなる。」
里人A「クリーバ様が里に来て4年…。」
里人B「雨乞いの祈りを成功させ、はやり病も当てた。」
里人C「そのクリーバ様が…。おそろしや。」

川べりにある粗末な家に戻ってきたハクリに、里の男(クリーバのような妖しげ雰囲気が漂う)が声をかける。
里の男「ハクリ、ちょっと…。」

数時間後、ハクリは御山に向かう道なき道を額に汗かき、分け入っている。

(回想)
里の男「この薬草をとってきてもらいたい。御山の向こう、籐玄(とうげん)の森に生えるということじゃ。」
男はハクリに、不気味な形の野草を見せる。
ハクリ「御山は禁足の神域…でございますが?」
里の男「今度の祈祷に欠かせぬ神薬、里長の許しも得ておる」
ハクリ「…かしこまりました。」
(回想おわり)

普段、人がまったく入らない御山の中。
ハクリは草木をかき分け、腕や脚に枝や葉による傷をつけながら進む。
御山の尾根に立つと、里がはるか遠くに見える。
冒頭でタロウが眺めた景色とだいたい同じ。
ハクリ「ふう。この先…ね。」
尾根を越え、さらにうっそうとした草木の生い茂る道なき山中を進む。
不気味な鳥や虫の声が響き、怪しさが増す。
ハクリ「……。」

日が暮れ始め、疲れたハクリは倒木に腰掛けて休息をとる。
里の人たちの冷たい眼差しを思い起こし、顔を伏せて深く落ち込む。
ハクリのモノローグ「私がこのまま帰らなくても…。……ユンジ様。」

そのとき、茂みの奥から謎の鳴き声が聞こえる。
謎の鳴き声「キュー! キュー!」
ビクッと驚くハクリ。それからおそるおそる茂みを覗くと、罠にかかった野うさぎがいる。鬼の仕掛けた狩猟罠なので、粗雑で荒々しい形状の罠。
ハクリ「……!? これは里の者の罠ではない…!!」
ハクリは人界から外へ出てしまったことに気づく。
野うさぎは必死に「キュー! キュー!」と鳴く。
ハクリ「ここから離れなくては…!」

一方その頃、里では、クリーバが残忍で醜悪な老鬼の顔を露わにし、ハクリに薬草とりを依頼した男と会話している。
クリーバ「娘は御山に入ったか。戻りしだい、鬼呪の儀を行う。鬼王様にそう伝えよ。」
男は頷き、妖魔(羽のある小鬼)の姿に変化し、「けけけ…」といやらしい笑みを浮かべて飛び去る。

すっかり日の沈んだ御山の山中。
ハクリが道なき道を走って逃げている。
ハクリ「はあっはあっ!」

そのとき、ハクリの背後で地獄のような大声がこだまする。
鬼の声「ぐぉおおおおおおおおおお!」
そして、バサァアア!と鬼が木々のあいだから姿をあらわし、ハクリを追う。
鬼はタロウと同じくらいの体格。鬼の中では、中の下くらいのサイズ感。太いこ
ん棒を持つ。その異変に、近くにいたタロウが気づく。
ハクリ「お、鬼…!? きゃあ!」
ハクリは地面から出た木の根に足を取られ、転んでしまう。
ハクリ「いたっ…」。
すりむき、挫いた足をさする。

鬼「ぐぬわあああぁぁああ!」
鬼がハクリの背後に立ち、さらに大音声を上げる。鼓膜が破れそうなほどの特大の雄叫びに、ハクリは目をきつく閉じ、耳をふさぐ。
鬼「こぉおおだぁあああ!」
鬼がこん棒を振り下ろし、ハクリが直撃を覚悟したそのとき!

ドォォォォォォォン!

タロウが鬼に体当たりし、大きな衝撃音とともに鬼が吹き飛ばされる。
ハクリ「えっ?」
鬼「なああんだぁあああ?」
タロウ「去れ。命はとらん。鬼は食わんからな。」

鬼「ぬあああぁにおぉぉおお!」
鬼が立ち上がり、タロウに向かって突進!
タロウ「ぬんっ!!」
飛びかかってくる鬼を、タロウは鞘に入ったままの大刀で殴り倒す。地面にめり込むほど強く殴りつけられた鬼は、完全にノビてしまう。
ハクリ「すごい…。」

タロウはハクリのほうを振り向く。
タロウ「人…か!? くっ、……すぐに帰れ。」
ハクリを見て、動揺を見せるタロウ。
ハクリ「えっと…それが。」
ハクリは負傷した足首をさする。
タロウはチッと舌打ちする。

御山の尾根を越えてすぐのところにある穴ぐら(タロウの寝ぐら)。
人界と鬼界のちょうど中間地点だが、尾根を境目と見れば鬼界側にある。
穴ぐらの入口の地面には、タロウの背負っていた大刀が突き立てられている。

火が焚かれ、山草入りのウサギ鍋がグツグツと煮えている。
タロウがハクリの傷口に、薬草を調合した塗り薬を塗りこむ。
ハクリ「いっ…!」
タロウ「我慢しろ。」
ハクリ「してる。」
さらに薬草の葉で巻いてとめる。
ハクリ「ありがとう。」

タロウはウサギ鍋を粗末な木の器によそって、ハクリに差し出す。
タロウ「食え。」
ハクリは少し躊躇うが、一口食べる。
ハクリ「……うっ!」
口に合うとは言いがたいが、それでも文句は言わず、ゆっくり食べる。
タロウ「食って寝れば治る。」

ハクリ「あなたは誰?」
タロウ「……。」
ハクリ「私はハクリ。名前くらいあるでしょう。」
タロウ「……」
ハクリ「……」
答えないタロウをじっと見つめるハクリ。

タロウ「温羅タロウ。」
タロウは根負けしたように答える。
ハクリ「タロウ(人間…かしら)」
それからハクリは、洞穴の入口に突き立てられた大刀を見て、
ハクリ「なぜ刀を抜かずに使ったの?」
タロウ「……抜き方がわからぬ。」
ハクリはタロウの言葉の意味がよく分からず、不思議そうに見つめ、タロウの首元に光る宝珠に気づく。
ハクリ「きれいね。」
タロウ「!?」
タロウはとっさに宝珠を手で包み、ハクリから隠す。強い警戒心を示す。
ハクリ「あっ…。」気まずそうな表情。
タロウ「…もう寝ろ。明日の朝一番で御神木のもとまで送ってやる。」

深夜、御山の穴ぐら。
ハクリは、ほぐした草を薄く重ねて敷いただけの粗末な寝床に着く。
タロウは距離をとり、穴ぐらの入口そばに座って、うつらうつらしている。

ハクリ「人が嫌い? ……もしかして怖い…?」
突然話しかけられ、タロウはビクンと反応。動揺を示す。
ハクリ「じゃあ…なぜ助けてくれたの?」
タロウ「問いが多い。」ハクリではなく、月明かりを眺める。
ハクリ「知りたいの。私も人間が嫌い…かもしれない。ここに来たら、ふとそう思った。」
タロウ「知らん。」
ハクリ「教えて。」
タロウ「……。」観念したようにため息をつく。

タロウ「オレの父は鬼、母は人だ。」
ハクリはかすかに驚きの色を見せるが、じっとタロウの言葉に耳を傾ける。
タロウ「父も母もどちらの里にもいられなくなり、ここに流れ着いて静かに暮らしていた。ときおり小鬼どもがちょっかいを出してきたが、父は強い鬼だったから相手にしなかった。」
ハクリ「強い? あなたのように?」
タロウ「オレは父のように強くはない。」
ハクリ「お父様のこと、好きだったのね。」

タロウ「……あるとき、人間たちがここへやってきた。そして父と母を殺した。」
ハクリ「えっ…。」
ハクリ「父ならば人が何百、何千と来ようと、打ち倒すのは容易い。でも、そうはしなかった。」
ハクリ「なぜ……。」
ハクリの問いに、タロウはグッと胸を締めつけられるような表情を見せる。

タロウは無意識のうちに、「なぜ?」という問いを封印している。
タロウ「オレはこの穴ぐらに隠された。ここから……、見ていた。それからずっと、ここでひとりだ。」
ハクリ「…………。」

深夜の里。里中に煌々とかがり火が焚かれ、騒然としている。
女たちは家の中からおびえた顔を覗かせ、男たちは慌ただしく動き回っている。

ユンジ「ハクリは見つかったか?」
里の若者D「いえ、どこにもいません。」
里の若者E「行く先を聞いた者も誰ひとりとして…。」
クリーバは小さな社の中で、祭壇に向かって汗を垂らし、呪文を唱えて祈祷している。
ユンジ「山狩りだ! 若い男は私に続け!」
ユンジの父「落ち着け! こんな夜に山に入れば、ヌシらが無事では済まぬ! 朝を待つのじゃ。」
ユンジ「それでは手遅れになります! ゆくぞ!」
ユンジが若い男数名を連れて出ていく。それをユンジ父や里の大人たちが苦々しく見送る。

ユンジたちは里の周辺を広く捜索する。しかし、明け方になっても見つからない。さらに必死の捜索が数日にわたって続く。
里に戻り、休息をとるユンジにも疲労の色が見える。
ユンジ「あとは御山の尾根の向こう、籐玄の森か…。」
ユンジの父「ば、馬鹿者! 里の若者を連れて御神域を荒らすつもりか!」
ユンジ「違います! ハクリを探すのです!」

クリーバ「くわぁ! 見えた!」と、飛び出しそうなほど目を見開く。
クリーバはドカドカと社から出て、ユンジたちの前に立つ。
クリーバ「御山の大社の奥にある御神木、そこへゆけばハクリが現れるであろう。」
クリーバの言葉に「おお!」となる里人たち。
ユンジ「よし!」
また若者たちを引き連れて行く。

翌朝、御山の御神木の前。
御山のふもとに古びた社があり、そこから細道で御神木に通じている。
里から道が通じているのはこの御神木までで、さらに御山のほうへ進む道はない。
タロウが御山からここまで、ハクリを送ってきた。
タロウ「二度とくるな。誰にも言うな。すべて忘れろ」
ハクリ「お父様とお母様がいなくなって寂しい?」
タロウは目をそらし、山のほうを見つめる。
タロウ「本当に…問いが多い。」
ハクリ「あなたは知りたくないの?」
タロウは答えず、いら立ちの表情を見せる。
ハクリ「私も同じ。ある日突然、父と母を奪われた…。」

ハクリの昔語り。
4年前のこと。ハクリの両親は河原そばの粗末な住居で魚をとり、獣皮をなめして暮らしていた。ハクリの家は数代前から里に居ついた新参者で、里の外れに住んでいた。里の収獲物などをふもとの村まで運び、そのかわりに村から生活に必要な品物を持ち帰る行商人のような役割も担っていた。
そんなある日、里人たちが流行病に倒れた。里人たちはハクリの両親を責め立てる。病のもとはハクリの家から里に持ち込まれたのだと、いわれのない責めを受けたのだ。クリーバが両親と家を指さし、両親は家もろとも焼かれた。ハクリはユンジに庇われ、難を逃れた。

ハクリ「あなたはきっとあの穴ぐらから出て、お父様とお母様を守るために戦うこともできた。」
ユンジに守られ、焼かれる家を見つめることしかできなかった自分を思い出す。
タロウ「!?」
ハクリ「けれど、そうしなかった。あなたは何も選ばなかった。いや、何もしないことを選んだのね。」
タロウは不機嫌にそっぽを向く。

ハクリ「あなたは強い人。きっと…お父様やお母様のように。あなたは選べる。それだけの力がある。」
(ハクリの回想)
父母を失った幼いハクリが、手で顔を覆ってシクシク泣く。
タロウ「……。」
(タロウの回想)
父母との別れの場面。穴ぐらでタロウを抱きしめる母、ふたりの前に仁王立ちする父。
ハクリ「もし今からでも復讐がしたいなら、あの里へきて。そして殺して。」
タロウ「……そんなことは自分でやれ。」

御神木の前。
ユンジらが御神木のもとまで来ると、ボーッと立つハクリを発見する。タロウの姿は、すでにいない。
ユンジ「ハクリ!」

里に戻ると、ハクリは後ろ手に縛られ、地面の上に正座させられている。
里長(ユンジの父)ら大人衆による聴取が行われている。
ユンジの父「では御山で迷い、夜を明かして帰ってきたと…そう申すか。」
ハクリはこくりと頷く。
ユンジの父「しかし山中で女がひとり、幾晩も過ごせるものか。」
ハクリ「? いえ、私は一晩しか…。」
ユンジの父「何?」
不思議そうに顔を見合わせるユンジ父ら大人衆。

クリーバ「お前さん、入ったね?」
ヨダレを垂らしそうなほどニタニタした表情。
ユンジの父「クリーバ様…?」
クリーバ「人界でも鬼界でもない境界の地。そこでは時の流れが他とは異なる。」
大人衆は驚きの表情を見せる。

クリーバはニヤリと歪んだ笑みを浮かべると、大人衆やその周囲で遠巻きに様子を見守る里の者たちに大きな声で伝える。
クリーバ「この娘は禁足の地に踏み入り、穢れを得た!」
ハクリ「……。」
クリーバ「このまま里にとめおけば、いずれ大いなる災いを招く。ただちに里を清め、その娘を鬼王の贄として差し出すべし。」
里人たちは目をキッとつむったり、歯を食いしばる表情を見せたり、天を仰いだり。だが、誰も何も言わない。

その中で一人、ユンジだけが叫ぶ。
ユンジ「待つのだ! ハクリ、違うと言ってくれ!」
ハクリは表情ひとつ変えず、一点を見つめている。
ユンジの父「連れて行け。儀式の支度をせよ。」
里人が縛られたままのハクリを立たせる。
ユンジ「父上、いま少し吟味してから…!」
ユンジの父「穢れを得たとなれば、一刻の猶予もならん。ヌシも儀式の支度を手伝え。」
ユンジ「くっ…!」

ハクリ「ユンジ様…。」
里人に連れていかれるハクリが、すれ違いざまにユンジにささやきかける。
ユンジは目を見開き、驚愕の表情を見せる。

つづく−−

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