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死にたがりは夜を越える

人生を棒に振ってもいいと思えるくらいに君が好きだった。君の艶やかな髪の毛が、口角の上がった唇が、酔った時にトロンとなる声が、タバコと線香の重なった匂いが、人には理解されないと嘆く感性が、僕を見つめる瞳が好きだった。君が君を教えてくれる度に僕は君に惚れてゆき、もう戻れないところまで来てしまったのだ。今はもう君は隣にいないのに、ただ余白のある広大な砂漠に1人取り残されてしまった。地図もなければ、帰り道も見当たらない。もういっそのこと死んだ方がマシだと錯覚してしまうほどに自分がどこに居てどこに向かえばいいのかすらわからなくなってしまった独りの死にたがりだ。

君はいつも自分の事を孤独だと、死にたがりだと言っていたのをよく覚えている。呟く君はやけに婀娜っぽくて、それでいて今にも消えてしまいそうな匂いを放つ。僕はどうにかそれを理解したいと思っていたし、叶うものなら僕が君の心の穴を埋める、そんな存在になりたいと思っていた。のび太くんの側にいるドラえもんのように四次元ポケットがあれば良かったのに。ただ、それは結局のところ愛という名の僕のエゴでしかなくて君の欲していた愛ではなかったのだろう。もしかしたらそのズレは画鋲の穴程度の小さな小さなものだったのかもしれないが、人と人が向き合うことに関して致命傷になるには十分すぎるものだった。

君と離れ離れになってしまった事で、人と向き合うことについてしばらく考えたんだ。君が眠れなかった夜も、何のために流すのかわからない涙も、行方不明の感情を1人で抱えて動けなくなってしまった日も、今なら少しは分かる気がするんだ。例え分かっていなかったとしても今までよりは上手く寄り添えると思うんだ。君が僕にそうしてくれていたように。そんな君の好意に僕は応えたかった、ただそれだけだった。

「貴方は何も悪くないの。全部私が悪い。私が私の為に離れたくて、今は心が緩くなってしまう場所はいらないの。だから、貴方は何も悪くないから、この事で酷く悩まないで欲しい。」
君はそう言って僕に別れを告げたね。今こうして僕が悩んでしまっているのはやはり僕のエゴでしかないのだろう。君の愛を受け止めきれていないのだろう。目の前で醜く涙を流す僕に「ごめんね」と言って頭を撫でてくれた君の手の温もりを今でも僕は覚えている。きっと僕はそういう愛しか受け取れていなかったのだろう。自分にとって都合の良い理解だけを僕は求めて、君の本心に触れる事ができたのは数えるくらいのことだったのだろう。見返りを求めない努力が今の僕には必要で、人生の役に立たない感情を噛み砕く事が求められているのだろう。考えれば考えるほど死にたいという思いは募っていく。君の声が聞きたくて、君と話がしたくて、君が笑ってる顔を目の前で見たい。写真の中で君が笑うのは、それを見返す僕のためなのですか。

君に合わせてハイメンを吸うことも少なくなったし、居酒屋で一杯目に頼むのはハイボールじゃなくてビールになった。ラーメン屋で君が嫌いなネギを移す時間も無くなった。僕と君だけの思い出と時間が日常に殺されていく。そんな日々を送る事は僕にとってひどく苦痛だ。きっと君はそうではないのだろうけど、そうであって欲しいとだけは願わせて欲しい。そうして僕は、独りの死にたがりは、夜を越える。君の部屋に置いていたパジャマから仄かに懐かしい匂いがして涙が出た。きっと願いは叶わないし届かないだろうから、こうして書く。殺されていく君との思い出がどこかに残るように。死にたがりの文章だけど、君との生活の中だけでは僕は生きていたんだ。

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