見出し画像

第170回直木賞予想

明日17日(水)に発表される第169回直木賞。
いつものとおり予想してみますが、今回は本当に難しい。

書評家の杉江松恋さんが言うように、いつもだったら、これは受賞から外れるかなと思える作品があるものですが、今回は全作良作。ほんとどれが受賞してもおかしくない充実ぶりです。僕がこれまで、10年ちょっと候補作を読んできた中で一番のレベルが高い、受賞争いだと思います。

そんな中で僕の予想はこうしてみました。

◎:宮内悠介「ラウリ・クースクを探して」(朝日新聞出版) エストニアに生まれ、少年期にバルト三国独立を体験したラウリ・クースクを追った話

○:河﨑秋子「ともぐい」(新潮社) 明治期に北海道の雪深い里に暮らすマタギ・熊爪の生涯を追う。

○:加藤シゲアキ「なれのはて」(講談社) 一作の数奇な絵画の展示会を企画したTV局イベント部の人間が、その絵のルーツを探り秋田にたどり着く

▲:嶋津輝「襷がけの二人」(文藝春秋) 何の変哲もない千代が嫁いだ先で女中の初代に色々学びながら成長していくが、東京大空襲で生き別れになり、、、

▲:村木嵐「まいまいつぶろ」(幻冬舎) 発話に障害を抱えた徳川第9代将軍家重、彼と彼をサポートしていく人たちの物語

△:万城目学「八月の御所グラウンド」(文藝春秋) ただ卒業単位が欲しくて指導教官の命を受け真夏の早朝の野球大会に参加しただけなのだが、、、

今回の候補作の中で、僕がいちばん好きだと思えたのは、宮内悠介さんの「ラウリ・クースクを探して」でした。エストニアで暮らしているラウリは、コンピュータが好きで得意な少年でした。そしてその特技を活かしてプログラミングの学校に進学します。そこでソ連から来た男の子と地元の女の子と仲良くなり共にコンピュータについて勉強していきます。ただ時代はソ連解体・バルト三国独立の最中。そういった社会背景の中3人の絆が引き裂かれていきます。その後のラウリはどうなるのか?
隣国ロシアの脅威にさらされながら、たとえ国土がなくなってデータが有れば国は再興できるというビジョンの独自のIT国家へと進化しているエストニアが舞台のお話です。僕自身が主人公たちの年齢とも近いこともあり同時代性を感じられ、特異な発展を遂げている国の中で同世代はどう生きてきたんだろうという意味でもとても興味深かったです。

迫りくる描写という意味では、「ともぐい」が一番でした。熊との戦いや取った獲物の解体の描写などは、多少のグロさを感じつつも引き込まれて目を話すことができませんでした。生きるということを深く考えさせられる作品でした。

話題性やエンタメ性という意味では、NEWSの加藤シゲアキさんの「なれのはて」が良かったです。日本で数少ない石油が産出できる土地、秋田。それがため、8月14日に受けた土崎空襲。そういった悲劇をベースにこの作品は紡がれています。多少伏線回収は強引な感じもしましたが、それもエンタメの世界で生きる人だからなのかなという気もします。

戦中・戦後に家事労働をするという意味でも二人の女性の生きざまが交差するという意味でもタイトルに納得感が強い「襷がけの二人」も、発話や肢体に障害を抱えた徳川家重に新しい解釈を与えた「まいまいつぶろ」も京都とスポーツをモチーフにし清々しさをまとった2篇を収録した「八月の御所グラウンド」も良かったです。この3作品も受賞の可能性がありますが、僕はこういう順番を付けました。

直木賞の候補作を読むことを初めて10年以上経っていますが、経験が蓄積されればされるほど、過去に候補になった人に関しては、過去作品との比較で評価すると言ったことが起こります。
宮内さんについては、これまでのSF的な作風に多少の読みづらさを感じていましたが、今回はSF的な要素はありつつもそんな僕でもスッキリ読める作品に仕上げてきたなという感じがします。河﨑さんは前作「」でも人間の奥底に渦巻くものを描き出していましたが、今回は寄り、臭覚・視覚・聴覚に訴える作品になっていたなと感じます。加藤さんは今まで自分の身近な主題を扱っているイメージでしたが、今回は秋田に取材なども行い、社会派な作品も書けるんだというところを見せつけました。逆に万城目さんは、万城目ワールド初心者には十分な作品だと思いますが、すでに万城目ワールドを経験している者にとっては、素っ頓狂さ・重厚さ・うねりみたいなものが物足りなく感じました。そういった部分も含めて上記の評価となりました。

選考の際の一つの基準であろう、なぜ今この作品が書かれなければいけないかという点については、ウクライナやパレスチナの紛争が起こっている昨今、戦争が主題に含まれる作品が3つもあり、それらが受賞する可能性も高いです。しかし、コンピュータやデータを主題として扱っている「ラウリ・クースクを探して」も今後のAI社会を生き抜いていくのに重要な示唆があると感じられたので、一位評価にしました。

今回レベルが高いので、2作品受賞は十分にありえます。その場合は、「ラウリ・クースクを探して」「ともぐい」「なれのはて」のうちのどれか2つかなと思っています。

以上が僕の予想です。 さてどうなるのでしょう?



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?