見出し画像

鹿児島旅行記 前編

 療養先に少しづつ慣れてきた私は、手始めに鹿児島に行ってみることにした。折角九州にいるのにどこにも行かないというのも逆にもったいないと感じたからである。鹿児島までは高速バスをつかう。目指すは鹿児島中央駅である。バスに長時間揺られていると色々なことを考える。私は随分遠いところまできてしまったな、とか。こんなことは幼い頃の私は想像すらしなかっただろうな、とか。しかし旅は楽しまなくては。私は気持ちを切り替えて窓の外に流れる景色を楽しんだ。鹿児島中央駅につく。駅前には多くの商業施設が立ち並び栄えていた。私はそこで香りのよい石鹸と『バナナフィッシュ』の文庫本の4巻を買う。なぜその巻なのかというとその頃の絵が一番好きだからである。(『バナナフィッシュ』の絵はすごく変化する)私は吉田秋生先生の絵が好きだ。甘さを徹底的に排除したクールでスタイリッシュな絵柄である。

 買い物を終えた私は、一度食べてみたいと思っていたかき氷「白熊」を目指して天文館に向かう。天文館とは鹿児島県下最大の繁華街のことである。私の目指す「むじゃき」という店はこの天文館の中にあるらしい。鹿児島の街を歩いていてまず気づいたことは、桜島がどこにいても見えることである。桜島は本当に大きい。火山と共に生活するとはこういうことかと、鹿児島の人たちの暮らしに思いを寄せる。見知らぬ土地を一人いく身としては、桜島がいつも見守ってくれているようで私はいつの間にか桜島が好きになっていた。道すがらラーメンの食事をとり、いよいよお待ちかねの「白熊」である。お店の2階に上がり、ベビーサイズを注文する。店内を見渡すと昔懐かしい喫茶店という風情で、食事を楽しんでいる人もいる。メニューを見返すとこれまた昭和レトロともいうべきメニューが盛りだくさんで、先ほどのラーメンを少し後悔した。(ラーメンももちろん美味しかったけれど)そうこうしているうちに「白熊」が運ばれてきてテンションが上がる。白い氷の上にはみかん、バナナ、パイン、レーズンなどの果物類、赤や緑の寒天などがあしらわれている。何より上からみるときちんと白熊の顔にみえるようになっていて、そのとぼけた感じの顔が何とも可愛らしい。スプーンですくいとり口に運ぶと、優しいミルク味が口全体に広がる。氷はパウダースノーのようにきめ細やかで舌の上で一瞬のうちに溶けてしまう。そのはかない感じを楽しみながら食べ進めていくと、底のほうには甘い大きな煮豆が。おいしい。煮豆をいれることによって「白熊」が単なるかき氷とは一線をかくし、まるで郷土菓子を思わせるような、どこか懐かしいような雰囲気を保つことに成功していると感じた。隣のカップルが二人で食べている正規サイズの「白熊」を横目で見ながら、夏だったら是非あのサイズに挑戦したいと思う私であった。

 大満足でお店を出た私は今晩泊まるホテルに向かう。ビジネスホテルをとっておいた。私はビジネスホテルが好きなので(そんなに泊まりなれているわけではないが)楽しい気持ちで目的地に向かう。チェックインをすませ部屋に入ると、早速ベッドにダイブする。この必要最低限の設備が供えられ、きちんと清潔が保たれている感じがとても好き。そして日本全国同じものが提供されているという点も安心感を与えてくれる。シャワーを浴び、私はベッドの上でバナナフィッシュを読みふける。以前一度読んだことがあったが、話をだいぶ忘れていた。アッシュもハードな人生を送っているが、私もなかなかに人には話しづらいものを背負わされてしまったよと感じた。明日は桜島にフェリーで渡ってみようと考えながら眠りについた。


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?