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2020年代の会計業務について考えた

1. 帳簿の歴史を振り返る

帳簿の歴史は古く古代ローマまで遡ります。ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスは帳簿をつけていたという記録が残っています。

他にも「目には目を、歯には歯を」で有名なハンムラビ法典には会計原則に関する記載が残されています。

当時、帳簿は自身の政策の正当性を示す手段と考えられていたため使用されていたといわれています。

2. 宗教革命と帳簿

中世のヨーロッパはキリスト教の教えにより、富を築くことはよいこととは考えられていませんでした。

しかし、それでも一部の商人たちは帳簿をきちんとつけることで富を築くことができることを知っていました。

そのため彼らは罪の意識を持ちながら、帳簿をつけることをやめず富を築き続けたのです。

当時のヨーロッパには免罪符が存在しました。自身の富に対して罪の意識を持っていた商人たちは、最後の審判を恐れてこぞって購入したそうです。

商人たちは富を築くことの罪悪感を抱えながらも、免罪符を購入し、時には寄付も行い、最後の審判を恐れ、それでも帳簿をつけることはやめなかったのは莫大な富を築き続けるためでした。

免罪符は資金調達手段の側面をもっていたため何度も発行されていました。そのため免罪符が持つ矛盾する性質を相まって、やがて有名な宗教革命をもたらすことになります。

商人たちが罪の意識を持ちながら帳簿をつけていたという歴史的事実から、帳簿には神の教えに背いてでも止められない魔力を秘めていることがわかります。

3. フランス革命と帳簿

ベルサイユ宮殿で有名なルイ14世は贅沢を極めたイメージがありますが、若かりし頃は、財務総監コルベールの教えにならって国家財政に関する帳簿を重視してきちんと管理しており、ついにはブルボン朝の最盛期を築きます。

やがてコルベールが亡くなるとルイ14世は全てを自分で管理しようとします。しかし度重なる戦争と放漫財政によりやがて財政難となります。

このころのルイ14世は帳簿を重視していた若い頃とは変わって、帳簿を無視して自身の思うがままに国家を運営していたようです。

帳簿を重視したことで栄華を極めたルイ14世は、「朕は国家なり」の言葉通り、やがて帳簿を無視するようになり、戦費の出費や放漫財政による財政難を招くことになりました。

その後もフランスの財政難は続き、ルイ16世に仕えた財務長官ネッケルは「国王の会計報告」を発表します。フランス国家の財政の収支の内訳を民衆にさらしたのです。

「国王の会計報告」によって、国家のほとんどの支出は王家のために使われている一方で、民衆のための支出はわずかだったことが判明します。

このことが民衆の怒りを買うことになり、やがてフランス革命へとつながっていくのですが、ブルボン朝の最盛期からフランス革命に至る終焉に至るまで、帳簿が重要な役割を果たしていたと言えます。

ルイ14世の導いた最盛期と財政難は帳簿という側面でみると、帳簿が文化の繁栄と深く結びついていることがわかります。

4. 産業革命と帳簿

18世紀のイギリスで産業革命が起きると、一気に帳簿は複雑なものとなりました。

特に鉄道の誕生が会計に与えた影響は大きいものでした。

鉄道の建設には多額の資金と大規模工事が必要なうえ、適切な料金設定や、設備の更新費用などの見積もりのために帳簿を正確につける必要があったためです。

しかし、多額の資金を調達すると投資家や債権者に、事業の状況を報告する必要が生じます。つまり、ちゃんと利益は出ているのか、財政状態はどうなのかを正確に報告する必要があるのです。

しかし、すべての事業者がきちんと報告していたわけではありません。誰もが持つ人間の弱さゆえか、経営が悪化している企業の経営者はウソの報告をするようになります。

ここに、都合の悪いことを隠したい経営者と、真実を知りたい投資家や債権者との間にある種の対立構造が生まれることになります。

帳簿は産業を発展させる一方で、経営者と投資家の間に情報格差を生み出し、やがて帳簿によって生まれる情報格差は会社の規模が大きくなるにつれ無視できないほど大きな影響力を持つようになります。

つまり、利益が全く出ていないにも関わらず虚偽の決算書を作成して利益が出ていることを装っている会社が、ある日突然倒産してしまったりすると、業績がよいと信じていた投資家や債権者、その他の利害関係者へ大きな影響を与えます。

特に会社の規模が大きいと、その国の経済問題へと発展しかねないほどのインパクトを与えることもあるのです。

帳簿は産業の発展に大きく貢献する一方で、簡単に嘘をつくことができるという脆い側面があることがわかります。

5. 現代の会計業務の課題

産業革命以降、帳簿はどんどん複雑なものになり、それにともなって会計学はどんどん進歩していきます。

同時に、第三者による監査の重要性も高まり、公認会計士という専門家も誕生します。経営者が正確に帳簿をつけ、専門家が第三者の立場で監査を行い信頼性を高め、経済の発展のために安定と秩序をもたらそうとしてきました。

しかし、現代の経済に安定と秩序が保たれているとは言えません。

なぜなら、これまで見てきたように帳簿には、人間の欲望や弱さに対してとても脆い側面があるからです。

実際、企業の粉飾事例は後を絶ちません。また、経済発展が進んだ現代では、簡単に潰せないほど大きな影響力をもった企業が多く存在します。そのせいで、安定や秩序が保たれているとはとても言えない状況が続いています。

また、このような状況において監査法人も社会からの期待に十分に応えているとは言えない状況が続いています。大きくなりすぎた企業は良くも悪くも影響が大きすぎるためです。

現代の我々は、帳簿によって経済を発展させてきた一方で、簡単に帳簿でウソをつけるので、経済が一気に不安定になる危険と隣り合わせとなっているのです。

6. 2020年以降の会計業務

このような課題が残る現代において、今後はテクノロジーの進化によって経理等の会計業務は大きな影響を受けるといわれています。

実際に経理の現場ではAIの足音はまだ聞こえませんが、RPAの導入による業務効率化を試みている企業は多く存在します。

しかし、実は多くの企業で経理の現場はひっ迫しています。

M&Aが日本企業の重要な戦略の一つとなったことで、決算はもはやルーティン業務ではなくなりました。

働き方改革や労働人口の減少も大きな要因となっています。今までは人海戦術で乗り越えてきた業務も限界にきています。

さらに国際会計基準の影響などで、日本の会計基準は毎年のように改定や新設されており検討する論点はいっこうに減りません。

多くの日本企業では帳簿はきちんとつけるだけで精一杯という状況が続いているのです。

AIをはじめとするテクノロジーによって、経理部の業務の大半はとって代わられるといわれているので人手不足は解消するかもしれません。

しかし、経理部とは帳簿を正確に作成することだけが業務ではありません。本来経理をはじめとする管理部門には、企業の成長を支えるPDCAサイクルのうち、C(Check)の役割を担うことが期待されています。

そのため正確に帳簿をつけて決算書を作成する以外にも、経理部には部署別や会社単位での課題の洗い出しや、時にはコストカット等改善策の提案という役割を担う必要があります。なぜなら、会社のほとんどの情報が経理部に集約されるので、最も事実を知ることができる部署と言えるからです。

そのためAIの進化によって、これからの経理業務には一層高度な役割が期待されるものと考えられます。

また、AIによる影響は作成された決算書の内容を確認する監査にもあります。経理は常に監査とともに発展してきたからです。

実際、AIの議論でも、経理のAIと監査のAIを組み合わせてお互いにディープラーニングさせることが会計系のAIには必要と考えられています。

ただし、現在の法律に基づけば最終的な責任は「人」が負いますので、経理のAIが作った決算書や監査のAIが行った検証内容を「人」が確認する必要があります。

従って、今まで正確な決算書を作成する業務に従事していた人たちは、先ほどお話ししたCheckの機能の他にも、AIが作成した決算書を監査する技術が求められるようになると考えられます。

ただし、正確な決算書を作ることについての最終的な責任は人が負わないと、いろいろ不都合が生じると思いますので、経営者による恣意性は排除できないと思います。そのため、どれだけ監査の技術が進歩しても最終的に人が決算書を改ざんするリスクは残り続けるのではないでしょうか。

そう考えると、経理のAIと監査のAIによって会計技術は格段に進歩を遂げ、産業や文化もますます発展することが期待できますが、AIが人より偉くならない限りは、虚偽の決算によって経済が一気に不安定になるというリスクは残り続けると考えられます。

従って、2020年代の会計業務に携わる人にはより高い専門性と付加価値を生み出す生産性が求められる時代が来るのではないでしょうか。

2020年代は、冒頭で見てきた3つの革命に引けをとらないほど大きな変革を迎えると個人的には考えています。

どのような変革が行われようと、やがて訪れる時代の変化の波に乗り遅れることなく、しなやかにたくましく対応できるようになりたいところです。



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