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ブラウンアイズ

ブラウンアイズというのは僕が彼女に勝手に付けたあだ名であって、実際にそのあだ名で彼女を呼んだことはない。小さな背丈と細い身体、そして彼女の名字が僕が好きな小説に相応しかったので、そう呼んでいるだけだ。ブラウンアイズは大学のバンドサークルに入っていて、彼氏もそこにいた。この点で、僕とオキナワは通じるところがあった。けれど、オキナワは僕がブラウンアイズのことを好きだとは知らなかったはずだ。
ブラウンアイズは僕と同じ学部の院生で、一つ歳下だった。彼女は週2回ほどシフトに入り、そのどちらとも僕と被っていた。僕は彼女の声が好きだった。その声が聞きたくて、僕は忙しい合間を縫って彼女に話しかけた。
「朝何食べましたか?」とか「ペットは飼ってますか」とか、そんなありきたりな質問だ。
あまり会話が盛んなバイト先でもなかったので、彼女は僕の好意に気づいていたと思う。それか、ただのただの人好きだと思われていたかもしれない。どちらにせよ、彼女はそんな僕の質問にその可愛らしい声で答えてくれた。出身は新潟で、犬を飼っていて、一人っ子で、親は教師で、柿ピーが好きで。そうやって僕たちは互いのことを色々と知った。この街に一人でやってきて、コロナで誰とも関われず、バイトばかりしていた僕にとって、それは結構救いだった。僕は彼女とシフトが一緒になるのを心待ちにした。
だが、ブラウンアイズにとって僕は所詮「職場の知り合い」であって、決して彼女の生活に入り込むことはできないことを、僕は知っていた。
実際、僕はバイト以外で彼女が何をしているのか、どんな話をするのか、どんなふざけ方をするのか、どんな声をあげて笑うのかを知らない。僕が夜中に一人でせっせと授業料免除の作文を書いている間、工場で延々とシュークリームのクリームを拭っている間、彼女は何をしていたのだろうか。僕が院に入学してから今までの間で、彼女は何回セックスをしたのだろうか。
彼女の好きな漫画も、映画も、音楽も、出身も、家族構成も、研究対象だって知っているのに、僕は彼女のことを何も知らない。
僕がここに来た時、既にブラウンアイズは遠いところにいたのだった。そしてその事実は僕をとても孤独な気持ちにさせた。


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