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『大地からのおくりもの』をこの目で!ゆざわジオパーク訪問記

7月に出展した仙台での科学イベント「サイエンス・デイ」でコラボさせてもらった、秋田県湯沢市の「ゆざわジオパーク」を訪ねました!手前味噌ながらサイエンス・デイのタイトル『大地からのおくりもの』が絶妙だったと思えるほど、地球科学の奥深さを体感した2日間をまとめてみます。
※訪問日:2022年10月7日(金)~8日(土)

ゆざわジオパークを代表する景勝地「川原毛地獄」


■秋田県湯沢市・ゆざわジオパークとは

秋田県南東部に位置する湯沢市。秋田県の全面積の約6.8%を占める、非常に大きな街です。平安時代の歌人で、世界三大美女としても名高い「小野小町」生誕の地としてご存知の方も多いかもしれません。

湯沢市は日本有数の豪雪地帯であることに加え、太古の昔から続く火山活動がもたらす地熱や鉱物などの資源も大変豊富で、その恩恵を生かした暮らしが営まれている地域でもあります。
そうした地球科学的に意義深い地域の特色を、「保護」「教育」「持続可能な開発」といった観点をふまえて総合的に管理すべく、湯沢市全域を対象エリアとして活動しているのが「ゆざわジオパーク」です。ジオパークの特色が表れたスポットである「ジオサイト」は、エリア内に16も設定されています。
今回は、その中でも代表的なジオサイトを中心に、たくさんの見どころを満喫させてもらいました。

秋田市まで約70km、盛岡市まで約80km、仙台市・山形市まで約95kmの位置関係にあることから、東北地方のほぼ中央に位置する街ともいわれています(距離は直線距離)


■秘湯!「泥湯温泉」

「大地からのおくりもの」といえば、なんといっても温泉です!初日は、山奥にひっそりと佇み、秘湯として知られる「泥湯温泉」を訪ねました。2軒しかない温泉宿のうち、私が泊まったのは「奥山旅館」さん。小さな宿ですが、異なる源泉から引いた3種の湯を楽しむことができます。秘湯ならではの風情や、名物をふんだんに使った料理を満喫させてもらいました。

この日は風雨が非常に強く、湯守の方も温度調整に四苦八苦していたようです

ちなみに温泉街の周辺には高濃度の有害ガスが噴出している場所が点在しており、宿の駐車場からロープを隔てたすぐ向こう側でさえも、立ち入りが禁じられているエリア。過去には痛ましい事故もあったそうです。湯沢の人々は、紙一重のところにあるリスクを上手に避けながら、大地からの恩恵を受けていることを実感しました。

危険なエリアは道路や駐車場のすぐ裏手にもありました


■ジオパークのシンボル「川原毛地獄」

翌朝、サイエンス・デイでスピーカーとして登壇してくれた「ゆざわジオパーク」専門員の伊藤健太郎さんと合流。1日案内をしていただきました。

まず連れて行ってもらったのは、泥湯温泉から車で5分ほどの「川原毛地獄」。ゆざわジオパークのシンボル的なスポット、日本三大霊地の1つとして古くから崇められてきた場所です。
「地獄」と称されるとおりの荒涼とした山肌からはモクモクと蒸気が噴出しており、大地の息づかいを感じました。また、そうした地獄を思わせる一帯から目と鼻の距離には植物が豊富に生い茂るエリアがあり、硫化水素を含む火山ガスが環境へ局所的な影響を与えている様を強く感じさせます。

川原毛地獄は豊かな森の中に顔を出していることがよくわかります

特徴的だったのが、足元に散らばる石ころにも火山活動の影響が顕著に表れていること。全体的に白みがかっていて、中には透明なつぶつぶが混ざっています。これは、もともとあった岩石が、火山に由来する強酸性の熱水や噴気で変質したもの。大部分が溶けてしまった一方で、酸に耐性を持つ「石英」だけは影響をあまり受けずに主成分として残り、その特徴の表れである白色が一帯を埋め尽くしているのだそうです(これを「白色珪化帯」と呼ぶそうです)

ピンぼけですが…石英の結晶と思われる欠片もたくさん入り混じっていました

ところで、火山ガスが吹き出る場所などで「硫黄くさい」と感じたことはありませんか?あのにおいの正体は「硫化水素」で、実は硫黄単体では無臭なのだそうです。
※硫化水素も高濃度になるとにおいが感知できないため(人間の感じ方としては無臭状態)、「危険性がない」といった勘違いの原因になるそうです。

そんな豆知識はさておき、ここ川原毛地獄は、江戸初期から昭和の中ごろまで硫黄の一大産地として知られていたそうです。当時は行燈(あんどん)の着火などに硫黄が欠かせなかったため、湯沢で採れる質の高い硫黄は非常に高値で取り引きされていたとのこと。
目を凝らせば今も硫黄の結晶があちこちで見つかります。伊藤さんによると、透明度の高いものほど純度が高く、当時も珍重されていたそうです。
※川原毛地獄一帯は栗駒国定公園のエリア内のため、岩石等の持ち出しは禁じられています。

私も硫黄の結晶を見つけました


■山火事!?正体は地熱発電所

続いての目的地へ向かう道中、山の中から激しく煙が上がっている様子が見えました。「見慣れていない人は山火事に間違えることもあるんですよね」と伊藤さんが笑いながら教えてくれた煙の出所は、地熱による発電を行う「上の岱地熱発電所」。湯沢市は地熱発電所が既に2ヶ所稼働しているほか、試掘中のエリアも複数あり、地熱発電が盛んな地域なのです。私たちの暮らしに欠かせないエネルギーとしての利活用も、「大地からのおくりもの」の最たる事例の1つだといえます。

地熱発電がこれほど大量の蒸気を放っているとは想像もしていませんでした


■大地の息づかいが目の前に「小安峡」

絶景を横目に車を走らせて向かったのは、これまた湯沢市を代表する景勝地の「小安峡」。皆瀬川の急流が大地を削ることで形作られた約60mもの断崖が見事な渓谷でした。この一帯は数百万年前の噴火でできたカルデラ湖の中に堆積した地層らしく、露頭から顔を覗かせているその堆積物が、歴史の経緯を物語っています。

小安峡をまたぐ橋の上から

ここで伊藤さんからクイズが出されました。下の写真を見ると、ある一定の高さよりも上の部分にしか植物が生えていません。この理由は何だと思いますか?

真っ直ぐに線を引いたかのように植物の有無が分かれています

答えは、雪解け水でかさの増した激流によって植物が流されてしまうから。春先には今の穏やかな姿から想像もつかないほどの激流となり、この遊歩道もゴールデンウィーク頃まで立ち入り禁止となるそうです。湯沢市は街中でも2mは積雪するほどの豪雪地帯。温泉や地熱発電といった「大地からのおくりもの」の利活用には、地熱ばかりでなく、豪雪がもたらす豊富な水も大事な役割を果たしているのです。

こんなに増水するとは驚きの一言。この見事なV字谷も豊富な水が生み出した景観なのです

この小安峡で最も驚かされたのが「大噴湯(だいふんとう)」。遊歩道の脇から、蒸気とともに熱水が縦横無尽に勢いよく吹き出していました。その温度は、最も高いところでなんと90度以上。かつてこの地域の子どもたちは、温泉水混じりの川で泳ぎながら、大噴湯の熱水で芋などを蒸して楽しんでいたそうです。

迫力満点の大噴湯


■持続可能な食のヒントも温泉にアリ

川沿いの遊歩道から断崖上まで至る長い長い階段を登り、小安峡の駐車場へ戻ると、併設する売店では温泉を使った名物「乾燥野菜」が種類豊富に売られていました。乾燥するのに温泉…?疑問に思って伊藤さんに尋ねてみると、野菜を乾燥させるための「熱風」の熱源が温泉なのだそうです。温泉を使うことで、熱風としては比較的低い50~60度程度までしか温度が上がらないため、長時間をかけてじっくりと乾燥させることになるものの、水で戻したときの瑞々しさは段違いなんだとか。

買ってきたのはごく一部で、実にたくさんの乾燥野菜が売られていました

「大地からのおくりもの」を生かした食の名物をもう一つ。「栗駒フーズ」の乳製品です。温泉の熱によって低温・長時間の殺菌を施すことで、一般的に行われている高温・短時間の殺菌に比べて風味が損なわれにくいのが特徴とのこと。その効果は、舌でバッチリと感じ取りました!

コーンはワッフル生地を焼いた自家製で、これまた美味しかった!

味もさることながら、ここで強く感じたのは、地域に暮らす人々の知恵や工夫です。今でこそサスティナビリティ(持続可能性)は、SDGsなどを通じて多くの人が意識するところになっていますが、湯沢では地域にある持続可能な資源を古くから上手に利活用してきたのです。昭和の時代からこの製法を用いてきた栗駒フーズも例外ではありません。SDGsを掲げずとも、地域に根付くサスティナブルな知恵はたくさんあるはずで、このような取り組みにももっと光が当たって欲しいと思う瞬間でした。

このヨーグルトは発酵過程でも温泉熱を用いているそうです


■異質な生態系も地熱のチカラがもたらしている

次に向かったのは「大湯温泉」。国道沿いの斜面からは湯気が立ち上り、煙突のような構造物も。これは地中の圧力が高くならないよう、蒸気を逃がすために設置されているのだそうです。

斜面の土は触ると心地よい温かさでした。冬期のサーモ写真で見ると一目瞭然(写真提供:湯沢市ジオパーク推進協議会)

斜面に設けられた遊歩道を進むと、地下にある粘土が温泉とともにポコポコと表出した「泥火山」が目を引きました。国道からわずか数メートルの距離にも大地の息づかいを感じられるスポットがあり、本当に驚かされるばかりです。

エンドレスで湧き上がる様子は、ずっと見ていたくなるものでした


さらに足元には、「ミズスギ」という可愛らしい植物が。実はこれ、温かく湿った環境を好むため、秋田県の山あいの地域では通常見られません。この珍しい植生も、地熱が土壌を温めることによってもたらされているそうです。また、寒さが本格化し出した10月上旬に鈴虫が盛んに鳴いていたことも、この温かさによるもの。こうした局所的かつ異質な生態系までもが、地熱が豊富に存在していることの表れなのです。

シダ植物ながらスギの葉に似た形からその名が付いたミズスギ


■温泉は地形をも変える?

続いての行き先は「不動滝」。この滝の上流部と下流部では、滝の落差の分だけ谷の深さが大きく異なっていました。では、それはなぜなのか。これも温泉による影響と考えられているそうです。
先程紹介した大噴湯(不動滝から約700m下流部)周辺の岩石は、非常に硬いものでした。実はこれ、長い間温泉に晒されたことによって変質(熱水変質作用)したものだと考えられています。小安峡は皆瀬川が大地を削ってできた渓谷ですが、硬い岩は当然削れにくくなります。つまり不動滝よりも上流部は、古い時代に温泉が吹き出ていて、谷が深く削られるよりも前に岩石が固くなりました。
一方の下流部の大噴湯エリアは、温泉によって岩石が硬くなったのが上流部よりも遅い時代だったため浸食が早く進み、不動滝を挟んで段差ができたと考えられているそうです。

滝口(滝の上部)はほとんど谷になっていません。ここから700mほど下るだけで60mもの渓谷となるから驚きです


■地熱だけじゃない!湯沢の豊富な魅力

ここでこぼれ話を2つほど。日本三大うどんの1つである「稲庭うどん」も湯沢市の名物なのです。稲庭うどんは乾麺として知られていますが、工場併設の食事どころでは、普段は口にすることのできない"生"の稲庭うどんを食べることができます。もちもちとした食感がとても美味しいので、ゆざわジオパークを訪れた際はぜひ試してみてください!

麺が2種類(生麺・乾麺)ならタレは3種類!6通りの楽しみ方ができました

もう1つは、二口消火栓です。冬場の豪雪に備え、ホースを差し込む部分が高低2ヶ所に設けられた消火栓のことで、驚くべきはその高さ。筆者の身長(187cm)とほぼ同じ高さに上の差し込み口が用意されていることからも、この穏やかな風景が冬には深い雪に覆われることを実感させられました。

伊藤さんのお子さんも一緒に1日を過ごしました


■湯沢の岩石が勢ぞろい「ジオスタ☆ゆざわ」

次は「湯沢市郷土学習資料展示施設(ジオスタ☆ゆざわ)」を訪れました。廃校を利用したこの展示施設では、ガイドさんに解説をお願いすることもできます。

木材がふんだんに使われた旧校舎にも癒されます。ゆざわジオパークの道案内動画もぜひご覧ください

ここには火山活動によって生まれた実に多様な岩石が展示されていて、その多くは手に取って特徴を体感することができました。中でも魚卵のようにつぶつぶとした石を一際珍しく感じたのですが、それもそのはず。世界を見渡してもドイツと台湾、そして日本の湯沢のみで見つかっている希少な石なのだそうです。
※国の天然記念物に指定されているため、残念ながら触れることはできません。

「鮞状珪石(じじょうけいせき)」は秋田県名物ハタハタの卵(ぶりこ)に似ていることから「ぶりこ石」とも呼ばれる

ちなみにジオスタがある高松地区では縄文時代の遺跡も見つかっており、実は施設自体も遺跡の中に所在しています。ジオスタには、この遺跡からの出土品も展示されていて、自然科学のみならず人文・社会科学の領域においても、湯沢市がたくさんの魅力を持つことを今回初めて学びました。


■繁栄の名残り「院内地区」

最後に向かったのは院内地区。ここにはかつて銀山があり、最盛期の明治時代には、県庁所在地の秋田市を上回る人口を抱えるほど栄えた地域でした。

ジオスタに展示されていた院内産の銀鉱石(左)と院内石(右)

この院内地区で私たちが訪れたのは「院内石」の採石場跡。院内石は「凝灰岩(ぎょうかいがん)」という堆積した火山灰などからできた石で、特に軽石を多く含み、目に見えないすき間がたくさんあるのが特徴です。このすき間が断熱効果をもたらし、院内石は酒蔵の壁材などとして重宝されてきました。

江戸時代から採掘が始まったことを物語るかのごとく、つるはしの跡も見られました

実は湯沢市がジオパーク認定を目指すきっかけとなったのが、この院内地区の人たちだったそうです。
銀山や院内石の採掘場が時代の流れで役目を終える中、大地の恩恵を受けて暮らしてきた地域の足跡を保存すべく尽力した人々がいて、今日のジオパークがある。「大地からのおくりもの」は決して科学だけで捉えるものではなく、私たちの豊かな暮らしと密接に結びついてこそ、初めて価値が生まれるのだと改めて気付かされた1日でした。

院内カルデラの中にある院内の街並み。とても美しい景色が広がっていました

7月に仙台でイベントをご一緒し、湯沢市が持つ豊富な「大地からのおくりもの」を知った私でさえも、現地で実物を目の当たりにすると、新鮮な驚きや発見に心が震えました。ぜひ皆さんも、ゆざわジオパークはもちろんのこと、お近くや旅先のジオパークを訪れてみてください。

伊藤さん、楽しい時間を本当にありがとうございました!

これまた湯沢市名物の巨大な魔除けわら人形「三ッ村の鹿島様」と伊藤さん


執筆:関本一樹

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