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地域と逆境を乗り越える!森川畜産が挑む資源循環とアニマルウェルフェア


既存の畜産への疑問や限界を感じ、移住という選択をして理想の牛飼いの姿を追求する肉牛農家が長崎県西海市にいます。彼らが追い求める姿とは何なのか、話を聞きました。

※本記事はAGRI JOURNALに2022年12月7日付で掲載された記事を、同編集部ご了解のもと一部変更を加えて転載しています。


牛に触ったことすらなかった

現在、日本の畜産農家が置かれている状況は非常に深刻です。飼料をはじめとする生産に必要不可欠な資材が高騰し、経営の岐路に立たされている農家も少なくありません。

このような状況の中、地域にある資源をふんだんに活用し、逆境を乗り越えようとしている肉牛農家が「森川畜産」です。5〜10回程度のお産の後、一般的には処分されてしまうことが多いとされる経産牛とともに生きる独自の農場スタイルが、いま注目を浴びています。

餌の配合をする森川薫さんと息子のねおさん

森川畜産は長崎県の県北地域・西海市にある和牛の繁殖農家。飼養管理頭数は、素牛(もとうし/肥育牛や繁殖牛として育てられる前の生後6~12か月の牛)30頭、子牛10頭ほどで、地域の中では中程度の経営規模です。肉牛のほかにも様々な動物を飼育し、水稲や野菜の栽培も行っています。

森川家が畜産を始めたのは2015年。西海市と同じ長崎県の雲仙市での新規就農でした。

雲仙市で新規就農の後、西海市へ移住した

就農のきっかけは、妻・奈保美さんのお父さんが家畜商を行っていた影響が大きいといいます。父に連れられて九州各地の農家を訪れる中で、和牛の飼養管理に興味を持ったそうです。一方、夫の薫さんはそれまで大工として働いており、牛に触ったことすらありませんでしたが、夫婦で畜産の世界に飛び込むことを決めました。


見出した経産牛の可能性

森川さんは「雲仙市で牛飼いをしている中で、たくさんの疑問が生まれました」と当時を振り返ります。

「和牛の繁殖経営にあたり、家畜市場で牛を購入することもありましたが、はじめは取引価格が安価で価値が低いとされる牛しか買えず、周囲の農業者からは“あそこの農場はババ牛とボロ牛しかいない”とまで言われました。でも、だんだん“ババ牛”といわれる経産牛に愛情が湧くようになってきたんです。そうした経産牛の飼養管理を続ける中で、“一般的なブランド牛の価値はそんなに高いのか?”という疑問を持ち、“みんなが買わない牛を買ってみよう!”ということも考えるようになりました。実際に経産牛を毎日見ていると、“安定してお産も子育ても上手な経産牛が、なぜ市場では安価で取引されるのか?”という疑問は膨らむ一方でした。」

誕生間もない仔牛

そのような疑問を抱える中、森川畜産に大きな転機が訪れました。

「牛舎内で牛を管理することにも違和感があった中、繁殖が順調に進んで既存の牛舎が手狭になってきたことから、牛を連れて移住することを決めました。」

3年前(取材当時、以下同じ)、西海市へ牛と共に移住する決断をしたのです。現在の牛舎は当時廃墟に近い状態で、キャンプのような生活をしながら生活基盤を整えるなど、苦労も多かったといいます。一方で牛舎の周辺に点在していた耕作放棄地は、和牛の放牧地として活用できることから、現在の“循環”を意識した農業の大きな助けとなりました。

ここから森川畜産の新たな挑戦が始まりました。


耕作放棄地、地域資源の活用による「循環」の確立

森川さんからあふれるエネルギーは、オンライン取材の画面越しにも伝わってきます。
森川畜産で現在取り組んでいることは、
①耕作放棄地を活用した通年放牧
②食品ロスの有効活用
③食肉の直売
の3点。SNSによる積極的な情報発信も功を奏し、取り組みに共感したファンが全国各地から牧場を訪れるのだそうです。

「和牛を放牧するスタイルは、西海市に来て初めて実践しました。放牧は簡単なように見えてとても難しいんです。まずは牛を電気柵に慣れさせることから始めました。初めの頃は、脱走させてしまうこともしばしば。でも、牛を毎日よく見ていると、群れのリーダーが重要な役割を担っていることがわかってきました。電気柵に慣れている牛をリーダーとして、その牛の動きに他の牛も付いていくように導くことで、耕作放棄地を活用した放牧スタイルが確立していきました。耕作放棄地には、人や重機が入ることが難しい場合も多いため、この放牧は、牛だからこそできる地域への貢献でもあると感じています。」

耕作放棄地を活用した放牧の様子

耕作放棄地での放牧には、牛をストレスフリーな状態で飼育できるメリットがあります。また、耕作放棄地の植物は牛の餌となり、自然と土地の整備にもつながります。

さらに、牛たちによって整備された農地では、安全な野菜を育てることができると森川さんは教えてくれました。

「耕作放棄地に成句している植物は無農薬であるため、それらを食べて育つ牛たちのお肉は安全です。また、彼女たちのフンなどからできた土壌では、野菜や果物を無農薬で安全に育てることができます。このように耕作放棄地を放牧によって再生することで、消費者に安心して食べてもらえる肉や野菜をつくる循環を生み出すことができるのです。」

さらに森川畜産では、麹、大豆かす、米ぬか、ふすま、竹炭などの地域資源の有効活用にも取り組んでいます。中でも麹を使用した飼料は、肉質の向上に加え、環境の好循環も生むと森川さんは語ってくれました。

「麴が作る大量の酵素は、消化を促進し、牛のフンの腐敗を軽減させます。さらに、そのフンで作った堆肥は作物の成長にも好影響を及ぼします。食品ロスを良質な飼料に変え、その飼料を含んだ牛のフンが堆肥となって農作物の成長を助けるという資源の好循環も生まれているのです。」

このように地域資源を活用した経営形態は、物価高騰の影響も受けにくく、森川畜産の大きな強みとなっています。

地域資源を活用した飼料


アニマルウェルフェアな農業

放牧を中心とした経営は、飼料代を節約できるだけではなく、地域とのつながりを持つきっかけにもなりました。森川畜産の農場は、地域の“公園”の役割も成しており、のびのびと過ごす牛を見るために地域の人が放牧地に集まってくるのだそう。移住から3年を経て、今や放牧場は地域に欠かせない癒しスポットになったのです。

ストレス少なく暮らす牛の姿は地域の人々の目を楽しませている

牛たちのストレスフリーな飼養環境を整えることは、「アニマルウェルフェア」の観点からも見逃せません。動物たちの尊厳や幸福に配慮すべきとの意識は従来からヨーロッパを中心に高く、日本でも近年広がりを見せています。また、培養肉や代替肉に注目が集まる要因の1つにもなっています。

冒頭でも述べたとおり、飼料価格の高騰などにより、経営がひっ迫している畜産農家は後を絶ちません。そのような状況でも循環を生かし、安全でアニマルウェルフェアな農業を目指す森川さんの姿勢には大きな驚きがありました。


既存のやり方では乗り切れなかった

森川さんは、「牛が一生を終える瞬間がわかる」と話します。遠くを見つめる経産牛の、役目を果たしたというその雰囲気を感じ取ると、食肉センターに出荷を行うのだそうです。
肉牛は通常2~3年での出荷が多いといいます。しかし森川畜産では、まだ寿命のある元気な牛を出荷することはありません。
天寿を全うする直前までの約15年間を、できる限り大切に育てるーこれが本当の意味での循環を目指す森川さんのやり方です。アニマルウェルフェアの観点からも、とても先進的な取り組みだと感じました。

そうした森川畜産の想いが消費者に届き、「森川畜産のお肉なら食べたい」とファンになってくれる人たちも増えているといいいます。

想いに加えて”味”もファンを増やす要因になっている

度重なる物価の高騰を受けて、新規就農者の自殺や自己破産も増えているといいます。森川さん自身も、「既存のやり方で経営していたら自分たちもそうなっていたかもしれない」と話してくれました。

森川畜産の挑戦はこれからも続きます。
「すべての動物を同じ空間で飼ってみたい。作物づくりも地域づくりも一緒に」
目指すは映画「ビッグ・リトル・ファーム」のような農場。今後の取り組みにも目が離せません。

森川畜産で飼育している動物たち

長崎 森川畜産
長崎県西海市西彼町亀浦郷1161-1

執筆:西村華純

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