テニュア教員を目指すタイミング・諦めるタイミング

若手研究者の方々で「まとまった研究成果が得られてから大学の任期無し職にチャレンジしよう」と考えている人は、多くないでしょうか?一方で、周りには業績が強い研究者が多く「まだまだ業績が足りない」と思ってしまい躊躇している人もいるかもしれません。実際のところ、私自身はそう思ってた所があったのですが、本当に早く目指した方が良いと思ったので、この記事を書いています。


今回の記事の結論から言うと「私大教員 (理系、特に物理) なら、筆頭論文 5 本以上・30 代前半 (ポスドク一期目以降) でガンガン任期無し公募に応募しましょう」です。国公立大の場合は、私自身は相性が良くなかったですが、私立と比べると研究成果や獲得資金が重要で、年齢的には准教授クラスで 40 代以上ぐらいのイメージがあります。その場合は、国立の研究環境のよい任期無し助教から目指すのが順当かなと思います。そして、基本的には、国立任期無し助教を目指す条件も、上記の場合とほぼ同等かなと思います。筆頭論文 5 本以上というのは、以前まとめた物理分野の業績傾向 (下の記事) から判断しています (任用されている理系の若手教員を見ていても、悪くない指標だと思います)。2-3 本でも場合によっては戦えると思います。

その中でも、私が私立大学をオススメする理由はいくつかありますが、もっとも大きな点は「30 代前半で採用されたとしても、そのまま教授まで昇格できるのが私立大学である」というところです。現状の国立大学の大部分は、助教から准教授、准教授から教授への内部昇格制度がありません。一方で、私立大学の場合は、30 代前半から独立PIとして採用され、転勤も無く、国立大学よりも給与も良い、そして教授までも学内基準を満たせば昇格できるという点で、人生設計が楽になると思っています (転職もないし、家のローンも組みやすく、夫婦でキャリアを考えられる)。私立大学の待遇・環境に関しては、下のぺんたんさんの記事が分かりやすいです。私自身も私立大学にいますが、研究環境が悪いとは思いません。研究室運営に使えるお金も毎年支給されますし、過度な競争的資金や業績へのプレッシャーがないのが素晴らしいと思っています。もちろん、教育 duty は多めですし、研究室に配属される学生さんの人数も多いと思うので、「学生さんと何かするのが楽しい人」の方が向いているかなとは思います。

早く目指すべき理由

今回はまず、任期無し私大教員を目指す事を前提に、なぜ早く目指すべきかについて考えてみます。例えば、ある私立大学の名前を入れて「○○大学 若手 教員 採用 報告書」などとネット検索してみて下さい。そうすると大学の評価報告書がヒットする事が多いです。その中の教員採用人事関連の項目をチェックすると、大部分の大学が「教員の高齢化」の課題にあげており、若手教員の採用を積極的に行なっている事が分かります。

例: 公開されている工学院大学の評価資料の一部。

例として、ネット検索で出てくる工学院大学の評価資料の一部を上に示しました。少し古い資料ですが、講師や若手准教授の採用が多く、30 代での採用が目立ちます。私も、現在勤める大学に入って驚きましたが、30 代前半の採用が本当に多いです。30 代後半から40 代で、業績がピカイチの人より、30 代前半である程度の業績をもっている (将来性もある) 人の方が、私立大学の人事では強い印象があります。

私立大学 (中でも雇用条件や待遇の良い大学) の場合、ほぼ必然的に教員の高齢化が問題になってきます。国立大学の場合、たとえ准教授になろうと、教授の席数が決まっており、その席がなかなか開かないので、教授になるためには外部を狙うことがある程度前提になります。なので、教員の入れ替わりがあり、年齢もその都度リセットされますが、私立大学の場合は、採用後は外に出る人が少ないので、新しい人が入ってくるタイミングは多くの場合は退職のタイミングになります。このタイミングで若い人を採用しないと、どんどん教員は高齢化することになります。そして、長くその大学の事を考え、支えてくれる教員を育てるためにも、若手の研究者が魅力的になります。これが「若い」が武器になる理由です。

ポスドク一期目は重要

ところで、30 代前半というと、研究者としてどれぐらいの時期でしょうか?博士号取得直後は、学振PDや海外学振、理研基礎科学特別研究員や科研費研究員などをまず経験すると思います。最初の年は、最短で博士号を取得したとしても 28 歳の年になると思います。そこから例えば任期 3 年経てば、もう 31 歳、私立大学ではその年齢で任期無し教員 (独立した研究室 PI) が採用され始めています。私は、ポスドク一期目の間は「研究室 PI なんて、まだまだ先。40 代ぐらいで成れたらすごい方」と思っていましたが、私立大学の場合は、全く状況が異なります。とにかく、早くから研究室 PI を目指すべきで、自分が研究室を運営する事を早くからイメージしておくと良いと思います。そうなると、ポスドク一期目の振る舞いが本当に重要だったんだなと思いはじめています。

まずこの期間で重要なのは、とにかく業績を残す事です。可能であれば、この一期目の間に筆頭論文 5 本は超えると良いと思います。大学によっては昇格や任用に論文数を提示する場合があるので、論文書けないと判断されると採用は遠くなります。それなりに書ける、そして、今後も書けることを示す事が重要です。論文は量より質だ、と言いたい人もいるかもしれませんが、筆頭論文 5 本ぐらいは頑張って書くべきです。でないと、学生論文も生み出すのが難しいと思いますし、ある程度の論文数から研究の質は生まれるものです。研究室運営のためにも、ある程度の数を生み出せる力を付けましょう。

もう一つ意識すると良いのが「教育歴」と「アウトリーチ」だと思います。個人的には、業績>教育歴>>アウトリーチぐらいの順番で重要かと思います。「教育もアウトリーチも研究の本質ではない」と思い、どちらもやりたいと思えない場合は、国立大学や国研、海外の研究機関等を目指した方が良いと思います。逆に、非常勤講師でも良いので教育歴がないと、私立大学への採用はかなり可能性が低くなると思います。例えば、業績的に問題ないと思ったら、ポスドク一期目のうちから、私立大学の任期あり助教を目指すというのが良いかもしれません。経験上、私立大学での教育経験は、私立大学での公募の際の信頼度が大きい気がします。教育歴やアウトリーチに関しては、下の記事にどのようにアピールできるかをまとめています。

テニュア教員を諦めるタイミング

人それぞれに諦めるタイミングはあると思いますが、博士号取得後 10 年 (最短で博士号取った場合 38 歳の年) が目安かなと私は思っていましたし、これより長い設定は現状の様々な状況を見る限り難しいかと思います。これは、3 年任期のポスドクを 1, 2 回 + 5 年任期の助教を 1 回程度の期間 (もしくは、ポスドク 3 回) です。この間に、国立大学・私立大学の任期無しポスト (助教も含む) に着けていない場合は、転職を考えた方が良いと個人的には思います。私の場合は、最終的には博士号取得後 8 年以内での任期無しポスト獲得 or 転職と決めていました。例えば、38 歳の段階で Nature/Science で筆頭論文を 2-3 本持っていたり、筆頭論文の被引用数が 100 回を超えるものが 4-5 本以上あるのであれば、まだその段階から国立大や国研のポスト (または、海外の研究機関) の可能性が十分あるかもしれません。一方で、40 代が見えてくると、一般企業への転職がどうしても難しくなってくると思います。

アカデミック業界の雇用条件と、一般企業での雇用条件を比べると、後者の方が多くの場合で良いです。特に家族を持っている場合、40 代に突入しても任期付き職を転々とすることは、精神的にも家庭内事情的にも本当に大変だと思いますし、それを避けるために転職することで、より良い状況になることが多いと思います。「人生を賭けてでもしたいこと」を優勢したい気持ちも分かりますが、引き際を間違えると人生の中でも本当に大切な時間 (例えば、家族との時間など) を失ってしまいます。私の場合は、研究を数年経験した早い段階で「あ、自分は研究者として大したことがないんだな」と思えたことが、逆に研究者として生き残れた理由の一つになったかなと思っています。研究一本では勝てないので、他の活路を探し、自分なりのアカデミック業界での生き方を見つけようと努力しました。もちろん、「自分には研究しかない」という人生も応援したいですが、私には現実的にそれが難しいとある時期に判断しました。これ以上はリスクしかないと割り切って、前向きに、現実的に就職・転職を検討できたことが良かったのかなと思っています。

最後に

色々と書きましたが、結局私は、私というサンプルしか見ていない (n = 1) ので、バイアスが掛かった内容になっていることは確かだと思います (また、理系、特に物理分野の状況しか見てきていません)。ある一人の研究者がどうやってアカデミック市場を分析し、行動してきたのかぐらいの内容しかないかもしれませんが、少しでも多くの人の参考になると嬉しいです。


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