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生きのばし

<一>

その朝、開店前に入り口の扉を堂々と開け放つ男がいた。

「おい、見て分からねぇのか?まだ開店前だろうが。そのまま回れ右して出ていく事を勧めるぜ」

この街で俺に凄まれてビビらない奴はそういない。
だが、その男はさも愉快そうに笑った。

「相変わらずだな。安心したよ」
俺は改めて男の顔を凝視する。

「…まさか、ホークか?」

「ご無沙汰過ぎて顔も忘れちまったか?」

ホークは超一流の冒険者だ。
軍事大国マルビクを壊滅寸前まで追い込んだ魔竜ダバルプスの討伐隊に隊長として参加、見事討ち倒した英雄でもある。
同業者で「砂漠の鷹」の名を知らない奴はモグリか駆け出しのトーシロくらいなもんだろう。

「大丈夫だよ。用事が終わったらまたコッソリお暇するさ」
俺の怪訝な表情に気付いたホークが遮るように言う。
奴は訳あってここウルスラへの入国を「事実上」禁じられていた。
この事が知れたら厄介な話になるだろう。

「メシを食わせて貰いにきたんだ。どうしてももう一度食いたいモンがあってね」

俺は奴の呑気極まりない発言に耳を疑った。

「メシだと?ンな事の為にわざわざ危ねぇ橋渡ったってのか?」
「勿論それだけの為じゃない。コッチはまぁ…ついでみたいなもんさ。久しぶりにアンタの顔も見たかったしな」
ナメた言い草だが如何にも奴らしい。
不覚にも口元が綻ぶ。
「ケッ!…で、何が食いてェんだ?ウチの料理人が作るモンは何でも美味ェからどれの事だか…」

「いや、そうじゃない。アンタの作るメシが食いたいんだ。あの時、あの遺跡で食ったシチューがな」

俺はまたしても我が耳を疑った。

「シチューってお前…マジで言ってるのか?なんでワザワザあんなもん…」
「やってくれるのか?くれないのか?…どうなんだ」
「ンなこと言ってもお前、ありゃ材料が…」
「材料ならココに用意してある」

ホークは汚らしい包みを床に放り投げた。
目は真剣そのものだ。
元より冗談の為にここまで手の込んだ真似をするような男じゃない。

「全く物好きな野郎だぜ…分かったよ。ちょっと待ってろ」

俺は調理用の前掛けを身につけると、久しぶりに厨房へ立った。

* * * * * * * * * * *


<ニ>

「ほらよ、待たせたな」

俺はシチューの入った皿をカウンターの上へ置いた。

「相変わらず見てくれだけは本格的だな」
行儀悪くスプーンでかき混ぜながら、嫌味ったらしく言い放つ。
「昔作った時はこんなに具沢山じゃなかった筈だがな。まぁこれはサービスってことにしといてやる」

ホークは礼を言ってシチューを啜った。

「…間違いない。この味だ」

俺に言ったのか、自分に言い聞かせたのか。
口元に笑みを浮かべ、小さく頷く。

「十数年ぶりに食ってみて改めて思うが…」
「やっぱりたいして美味くないな」
「よく言うぜ。あん時ゃお前、ウマイウマイって泣きながら食ってたじゃねーか」
「空腹は最高の調味料ってね。軍隊で習わなかったか?」

そんな減らず口を叩きながらもホークは一口ずつ、じっくり味わうように全て平らげていった。

「無理言って済まなかったな。恩に着るよ」

奴は満足そうに礼を言うと、要らんと断る俺に無理矢理代金を押し付けて去っていった。
俺は、手を挙げて別れの挨拶をする奴の背中に向かって言った。

「おい!用事ってェのが終わったら帰りにまた寄れよな。もっと美味いモン食わせてやっからよ!」


* * * * * * * * * * *


<三>

「えぇっ!ホークさんいらしてたんですか!?」

昼過ぎにやって来た吟遊詩人のハロンが残念そうに叫ぶ。
コイツは以前、ホークの英雄譚を作らせて貰いたいと本人に直談判して断られている。

「ああ。もう行っちまったがな」
「なぁーんだ…ガッカリ…って、この大鍋に入ってる美味しそうなのなんですか?」

勝手に厨房へ入るなと何度言ってもコイツは聞きやしない。
「それはホークに作ってやったシチューの余りだ」
「えっ!ウソッ!それ、私も食べていいですかっ!?」
好奇心に目が異様な輝きを放っている。
「そこに入ってる肉の正体を聞いてもまだ気が変わらないってンなら好きにしな」

「……なんの肉なんですか?」

「大ネズミだ」
吟遊詩人はカエルが潰れたような叫びをあげた。

「コイツはな、俺と奴の『最後の晩餐』なんだ」

<四>

昔、俺とホークはデカい戦争に傭兵として参加してたんだが、自軍は連戦連敗、戦況は悪化する一方でな。
俺たちの部隊はいつの間にか敵地の密林で孤立しちまってたんだ。

敗走中に偶然見つけた遺跡に立て籠ったのは良かったが、今度はものの数日で食料が底をついちまった。

食えそうなモノと言やぁ、遺跡に住み着いてる大ネズミだけだったんだ。

何とかソレで食い繋ぎながら防戦していたんだが、気付けば生き残りは俺とホークの二人だけになってやがった。
覚悟を決めた俺たちは今までチビチビ使ってた調味料やらなんやら、死んじまった奴らの分まで全部使って「最後の晩餐」をする事にしたんだ。

それがあのネズミ肉シチューってわけだ。
これが最後と知りながら食ったメシの味は生涯忘れる事はねぇだろう。

だが翌朝、玉砕覚悟の特攻をかけようとしたまさにその時、味方の援軍が到着したんだ。

まったく締まらねぇ事に、俺達は生き延びちまったのさ。

* * * * * * * * * * *

「うう…許可さえ貰えれば一曲作りたくなるお話ですね」
「やめとけ。そんな愉快な話じゃねぇ」
吟遊詩人は「はぁ〜い」と残念そうに返事をした。

「でも分かりませんね。ホークさん、なんで急にそんな料理をわざわざ…」

「…さあな」

今になって思えば、俺はその「理由」ってやつをわざと考えないようにしていたのかも知れない。

<五>

ホークの死が俺の耳に伝わったのはそれから一週間後の事だった。

俺はあの時…あの料理の意味を察して止めるべきだったんだろうか。

「違う」
と、奴は言うだろう。

奴が最後に何をし、何の為に死ななければならなかったのか。
それは簡単に語れるような話じゃない。

一つだけ間違いのない事は

アイツは自分がやるべきだと信じる事をやった。
誰も巻き込まず
たった一人で。

ただそれだけだ。



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