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SUMMER NUDE④


私はいつも幼馴染のアマルに言われる。
「可愛げがない」って。

そうよ。
自分でもそのつもり。
私は「可愛らしく」なんてなりたいと思わない。

「何度も申し上げている。私は誰にも、どのような派閥にも肩入れするつもりはない」

奥の応接室からパパとお客様の会話が聞こえてくる。
声の感じからして、楽しい話ではないのが分かる。

「勿論存じ上げております。ですが、現状をどう思われます?議会制とは名ばかり、現実はあの男の独りよがり、思うがまま。まるで彼の独裁を容認しているようなものではありませんか?そこに外側から異を唱えられるのは貴方しかいないのですよ」
「それを正すのがあなた方の役目だろう。何の為に評議員会制度を作ったと思っているんだ。分かってくれ…私はそういった事にこれ以上関わりたくないのだ」

朝から来ていた「お客様」は渋々帰っていった。

無数の開拓村を「へいごう」して建国したウルスラ共和国。
その際、特に大きい集落を治めていた十三人の村長で国を治める「議会」を作った。
パパは議会に参加しなかった唯一の「旧開拓村の村長」だった。
だから議会のなかで解決出来ない問題が起きると、あの人達はすぐパパの力をアテにしてくる。
今日もそう。
私達の都合なんてお構いなし。

ママがいなくなった、あの頃だって…

「おはよう。ご機嫌いかが?カレラちゃん」

気晴らしの散歩がてら教会前広場を歩いていると、露店の女店主が挨拶をしてきた。
私が街を歩くと色々な人達に声をかけられる。
理由は単純。
パパがこの街の有力者だから。

「あなた、最近本当にお母様に似てきたわね。特に利発そうなお顔立ちなんて…」

女店主は「しまった」という表情で慌てて口をつぐむ。
彼女が…街の皆んながママをどう思っているのか、私は勿論知っている。
だから敢えてこう答える事にしている。
「光栄ですわ。尊敬する母に近づけるよう、日々『けんさん』しておりますので」
彼女はバツが悪そうに目を逸らし、無理矢理歪んだ笑顔を作る。

そうよ。私はママの代わりにならなきゃいけないの。
パパがまた「あの頃」みたいにならないように。
強く、賢い、ママみたいな女性に…

「おっ?お嬢様だぜ!ご機嫌いかが〜ってか?」

だからこんな子供丸出しの奴らなんかに構っている暇なんてない。
私はわざと目を細めて薄笑いを浮かべる。
「今日もおすましさんかぁ?相変わらず気取っちゃってんなぁ」
幼稚な思考・行動しか出来ない子供は子供同士で遊んでればいいんだわ。 

友達も、仲間も必要ない。
なのに、なんで皆んなそっとしておいてくれないのよ…

「あっ!こんにちは。カレラちゃん」

人混みに嫌気がさして、教会前広場から人通りの少ない「職人通り」へ抜ける。
この道は挨拶してくる人も殆どいなくてお気に入りなんだけど、今日は向こうから馴れ馴れしく声をかけてくる女の人がいた。

ああ…アマルの「愛しのお姉さん」か…

「何か御用ですか?」
「ううん。別に用がある訳じゃないよ。挨拶しただけ」
「特に用が無いならこれで失礼致します。忙しいので」

自分でも言葉にトゲがあるのはわかってる。
忙しいってのもウソ。
何故かは分からないけど、私はこのひとが苦手だ。
大体、冒険者っていう人種が嫌い。
好き勝手に生きる事を「自由」と勘違いしてる人達。

「そっか。忙しいのに引き止めちゃってゴメンね」
彼女はにこやかに謝った。
この人は何故かいつもニコニコしてる。
そんなところも苦手だ。
その笑顔は本心なの?

そのまま立ち去ろうとしたけど、自分でも不思議な事に、何故か言葉が漏れ出ていた。

「別に口出しするような立場でもないですけど…アマルに変な影響を与えないでくれますか。一応幼馴染ですし、彼のご両親も心配しておりますので」 

彼女は一瞬戸惑ったような表情をした後、すぐ元の笑顔に戻って答えた。
「そっか…ごめん、気をつけるね」

…なんですぐ謝るのよ…

「あたしよく言われるんだ。お前は一方的過ぎる、相手のことも考えろって」

…なにそれバッカみたい。
こういう人と話してると自分が嫌になる。
それとも、それも計算のうち?

私は何も答えずに立ち去った。
訳わかんない。
なんで…私が惨めな気持ちにならなきゃいけないのよ。

「……」
(無言でカレラの後ろ姿を見つめるパロマ)

「職人通り」は商店の立ち並ぶ最も賑やかな「中央大通り」へと突き当たって終わる。
そのまま見るともなしにお店を覗きながら歩いていると、何処かからまた私を呼ぶ声がした。

「おーい!カレラちゃん!こっちこっち」

この品性のカケラもない声。
恐らくいつもアマルをからかってるジェレミーとかいう冒険者のオッサンだろう。
声の方向へ振り向くと、例の白龍亭とかいう酒場の入り口からこちらへ向かって能天気に手を振っている。
その隣には迷惑そうな顔をしたアマルの姿も。

「見てくれよコイツのこの顔!大人ぶって激辛料理なんか無理して食うからさぁ…ププッ…唇メッチャ腫れてやがんの!」
「うるっさいなぁ!別に平気だって言ってるだろ!あっ…ちょっと…触んないで…うひっ!」
「うひっ!だって!ギャハハッ!腹痛ェ!」

「……」

私の中で、抑え込んでいた何かが弾けた。

「…全ッ然面白くない…バッカじゃないの!!」

私は無意識に叫んでた。
なんでだろう…
無性に、腹がたった。

「なんでそんなくだらない事でゲラゲラ笑ってられるのよ!能天気も度を超えると病気…害悪だわ!だいたい、アンタはもうここに来るなって言われてたじゃない!」

二人は子供のラクガキみたいに目を「まんまる」にして驚いていた。

私は、いたたまれなくなってその場から逃げるように走り去る。

別に後悔したわけじゃない。
でも、こんな自分は全然好きじゃない。
こんなの、理想の私じゃない。

鬱々とした気分のまま、私は家に戻った。
パパは何処かへ外出していて留守だった。

「なんでも大事なお打ち合わせがあるとかで…」

使用人のエマが私のおやつを用意しながら答える。
…朝来ていた人達の件かな…
そんな事を考えていると、玄関の方からかすかに男の人の声が聞こえた気がした。
「あら…噂をすれば、もうお帰りかしら?」
おやつをダイニングテーブルに置いたエマが慌ただしく玄関へ向かう。

「誰?…なにをしたの!?…あなた、いったい…!?」

考え事をしながらおやつを食べていると、玄関からエマの切迫した声が聞こえてきた。

…どうしたのかしら?…パパが帰ってきたんじゃないの?

様子を見に行こうと椅子から腰を上げたその時、私のいるダイニングの扉が音も無く開き、見覚えの無い男が入り込んできた。

真っ黒なマントを羽織った、不吉を絵に描いたような男。
明らかに「マトモな世界」の人間じゃない事は、子供の私にでもわかる。

エマは…エマはどうなったの…?

男は私を無言で見つめ、ゆっくりと近付いてくる。
人間のものとは思えない、生気の無いドロンと淀んだ瞳。
わたしは叫ぶことも、逃げることも出来ず、ただただ恐怖に身体が固まっていた。

…声が…出ない…
ダメ…
しっかりしなきゃ…
私は強くて…賢い…

突然、身体を支えていた糸がプツリと切れるような音を聞いた気がした。
その場にへたり込みそうになり、反射的にテーブルへ手をつく。
それが偶然、食器に当たってひっくり返り、床に落ちて大きな音を立てた。

「お嬢様ッ!何事ですか!!」

その声に安堵し、金縛りが解ける。
パパが用心の為に雇っている兵士達だ。

異変に気付き、三人の武装した男が慌ただしく部屋へ雪崩れ込んでくる。
そして黒服の男を発見すると、素早く私との間に割って入り、壁を作って侵入者からの守りを固める。

「何者だ、貴様…表にいたはずの見張りはどうした?」
兵士達は私を更に後ろへと庇いながら武器を構えて侵入者を威嚇する。

…助かった…の?

でも、明らかに不利な状況の筈なのに、黒服の男は全く動じた様子もなかった。

…本当に?

…違う……
笑ってる…

全身の毛穴が泡立つ。
不吉な予感が駆け巡る。

ダメ…ダメッ!!

パパ…

ママ…!!


*  *  *  *  *  *  *  *  *


僕はカレラの家へ向かって歩いている。
アイツが好んで通りそうな道を選んで。
ジェレミーの奴が「様子見てこい。てゆうか謝ってこい」ってしつこいから。
自分が悪ふざけしたせいじゃないか、とは思ったけど、でも確かにさっきのカレラはちょっと普通じゃなかった。
いつもだったらあんなの、バカにしたように鼻で笑って相手にしないのに。

…まぁそれはそれで腹立つんだけど。

それに心配事はもう一つある。
こないだ怒られたばっかりなのにもうあそこへ行ってたなんて父さんの耳に入ったら…!

「口止めしなきゃ!!」

思わず口に出して、急ぎ足になる。

やっとカレラの家が見えてきた。
この辺りは高級住宅街って言われてて、この国では珍しい「大陸式」っていう住宅が並んでいる。
何十年も前にエルイデアとかローゼンスタインみたいな大国がこの土地を開拓しようとして断念・撤退した際の置き土産だって父さんが言ってた。
まぁこんな家に住めるのは、議会員かその関係者くらいだろう。

家の近くにカレラの姿はなかった。
もう家の中に戻ってるのかな?
あの後どこかに寄り道してたら、まだ帰ってないかも…
なんて考えながら近づいたその時…

突然、カレラの家が、爆発した。

本当は一瞬の出来事だったんだと思う。
でも僕には全てがとてもスローに見えた。
飛び散る破片の一つ一つを目で追える程に…

そして土煙の中に蠢く何かの影。

正確には爆発じゃなかった。
巨大な「何か」が家の中から壁を吹き飛ばし、通りへと姿を現したんだ。



それは見た事もない生き物だった。
いや…「生き物」なのかどうかすらかなり怪しい。

爬虫類を思わせる不気味に青光りする身体と巨大な羽、羊に似た禍々しい角を持つ恐ろしい化け物。
その姿は昔よく母さんに聞かせてもらったおとぎ話に出てくる「悪魔」そのものだった。

その悪魔の左手に、グッタリとしたカレラが握られている。

「カレラッ!!」
ショックのあまり反射的に叫んでしまった。

ま…マズイ…

悪魔の首がゆっくりとこちらに向き、その視線が僕を捉える。

目が…合っちゃった…

その瞳には輝きも、影さえも存在しなかった。
見たこともないのに「無」っていうのはこういうものだと本能で実感する。

僕は底なしの「無」に飲み込まれ、身体を動かすことも、声を出すことも出来なくなった。
そんな僕を凝視しながら、悪魔は何かを呟いていた。

「μεγάλο Δραστηριοποίηση Φωτιά θύελλα」

聞いたこともない言葉なのに、何故か不吉な内容だって事だけは疑いようもなく分かった。
少なくともお近づきのご挨拶ではなさそうだ。

そんな事を考えていると、悪魔の目線の先1メートルくらいの空間に火花のような光が生まれた。
それは炒ったコーンが弾けるような音を立てながら次第に大きく、明るくなっていく。

…すごく…きれいだ…

恐怖で震えながらも僕はその美しい光に魅入られ、目が離せなくなっていた。

ゴクリ…と、唾を飲み込もうとする。
でも、口の中はカラカラに乾いていて唾なんかどこにも無かった。
救いを求めるように舌を動かしてみると、先っぽが何かザラザラとした苦い味がするものに触れたような気がした。

そうか…
きっとこれが「死」の味なんだ…

僕は…死ぬんだ。

「アマルくんッ!しっかりしてッ!!」

何処かから聞き覚えのある声がする…
と、思った瞬間、僕の身体は爆風に吹き飛ばされた。

…いや、違う。
パロマが僕を助けるため、抱きしめながら横っ飛びに飛んだんだ。

そのわずか一瞬後に激しい閃光を伴った爆発が起きた。
まるで僕らを追いかけるかのように爆風が巻き起り、足元まで迫ってくる。

間一髪、僕は命拾いしたみたいだ。

…でも、なんでパロマがここにいるんだ?

パロマは僕の体を抱えたままゆっくり上体を起こすと、普段の彼女からは想像出来ない鋭い眼差しで悪魔を睨みつけた。

パロマの本気で怒った顔…初めて見た…

そして僕には分からない言葉を小さく呟くと、悪魔の「無」の目に一瞬だけ表現しようのない「何か」が現れた…ような気がした。

悪魔は少しの間パロマを見つめた後、急に体の向きを変えたかと思うと、コウモリにも似た不気味な翼をはためかせ、ゆっくりと空へ舞い上がった。

そして少しの間滞空した後、まるで何かの指示でも受けたかのように、迷いなく何処かへ飛び去っていった。

カレラをその手に捕えたまま…

⑤へつづく

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