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フォトジェニックな人

うつ病は、心身とも、強い疲労感にさいなまれる病気だ。
とはいえ、家にこもってばかりになると、体もなまるし、気も滅入ってくる。
適切な抗うつ薬が処方され、外に出られるようになったのは、かれこれ十年ほど前になる。
ある日、一念発起し、Nikonのデジタルカメラを買った。
インスタグラムにアカウントを作り、発表する場所もできた。
精神科の主治医には、写真を撮る目的での散歩をすることに、大いに賛同してもらえた。

天気のいい日はできるだけ、カメラをぶら下げて外出するようにした。
バッグの中に飲み物を入れ、ぶらぶらと街を歩く。

とはいえ、撮るのは風景写真だけだ。
人物を撮った経験はほとんどない。見ず知らずの人にカメラを向けるわけにはいかないからだ。

だが日中、カメラを持って歩いていると、さまざまな人を見かける。
しかも、非常にフォトジェニックだと感じる人を、何度か見たことがあった。

例えば、公園の巨大なオブジェを駆け上る、保育園の子供たち。
太陽を体中に浴びて、顔をほころばせながら、思い切り走り回っていた。
とにかく可愛い子供たちばかりだった。よもやその時の子供たちが、とびきり粒ぞろいだったわけではないだろう。みんな喜びが爆ぜ、きらっきらの眩しい笑顔だった。
叶うなら、保育士さんに撮影許可を取りたいと思ってしまうくらいだったが、あの可愛さは、今も胸にそっと仕舞っている。

それから、別の公園の大きな池で、ボートに乗るカップル。
若い男性の方は、何の変哲もないカジュアルな服装だった。
けれど女性の方は、白い帽子に白いワンピースという服装。これが異次元的な美しさだった。
オールを持っていたのは女性の方だった。真っ白な航跡が、二人の後を追いかけるようにして、緑に囲まれた池の水面に伸びていく。
どうしてこの世には、盗撮なんて言葉があるのだろう。この素敵な風景を後世に残さずに、なんとする。
そんなふうに思ってしまうくらい、カメラを仕舞うのが惜しい景色だった。

そして最後になるが、春が来ると思い出す、フォトジェニックな光景がある。
桜の並木道の傍らに腰を下ろし、絵を描いている女性の姿だ。
年配の女性だった。被っていた帽子は、それほど広いつばというわけでもないのに、すっぽりと顔が隠れていた。それくらい、女性は作画に熱中していたのだろう。

周囲は満開の桜だった。
白、ピンク、葉の緑など、色とりどりの自然に囲まれている。
そんな景色に心を奪われたのは、その女性も同じだったらしい。黙々と筆を走らせ、春の夢のような風景を、絵に残そうとしていた。

だが、私にしてみれば、桜並木よりも何よりも、その女性の小柄な姿の方が、ずっとずっとフォトジェニックだった。
いっそその女性の元に駆け寄って、桜よりもあなたの方が素敵ですよと訴えたいくらいだった。

自然は美しい。見ただけで目を洗ってくれるかのようだ。
そんな自然に囲まれて過ごす人々の姿に、胸を打たれた。


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