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2022.10.25

閑静な住宅街に佇む個人経営の喫茶店。暇を持て余した土曜日が喫茶店窓側の席でうたた寝している頃、私は何年も前に紅色の口から吐き出されたタバコの煙が街灯を隠してキラキラと光らせている光景とそのすぐ後ろにあったあなたの横顔を思い出し、何度も観たビデオテープみたいに擦り切れた記憶が私の想起によってより一層黒ぶちのノイズに侵されていくのです。
電柱から滴る朝露を眺めていると、あるいは私をどこかへ連れて行くであろう電車が最寄駅のホームへ滑り込むのを眺めていると、それまで殆ど何があったのか認識できなかった思い出たちが雷の瞬く時間だけ鮮明に蘇り、それに伴って速くなる心拍と少しの息苦しさは「あなたが遠くなってしまった」という事実を私の後頭部に突きつけるのです。
やらなければいけないことは退くことなく押し寄せ続け、満員電車の揺れと共に私の心はほんの少しだけ揺らぎ私の意志とは関係なしに涙が溢れてきます。それでも今日は昨日になり、新しい朝に急かされながら目覚め、電信柱から滴る朝露を眺めては、あなたが遠くなってしまったという事実をまた誰かが突きつけてくるのです。
つまるところ、私は変わることができなかったようです。溶けることのないドライアイスのように喪失で得た悲しみは数年経った今も私が触れることを許しません。もしも今あなたが目の前に現れたとして私の悲しみは癒やされるでしょうか。あなたとの思い出は今もノイズに侵され続けています。にも関わらず未だにその迫力が薄れることはありません。


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