【短編小説】「CD」
説明:偶然、スノーマンというグループのCDが手に入り、はじめて聴いてみました。それまでのアイドルグループのイメージを覆す衝撃でした。
上手い。
その感動を作品にしてみました。
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「CD」
専門学校を卒業して、地元の美容院に就職が決まったとき、母親から、ずっと使っていた軽自動車をゆずってもらった。
私の住んでいる所は、田舎で車社会だから、通勤にマイカーが欠かせない。
「ママは新しい車を買うから、あなたはこの車を使いなさい」
と言って。
社会に出て働く、自活する、ということは、考えていたよりとても厳しいものだった。
自分が「学生だった」ということを実感した。
働きだしても実家から通っている身だから、まだまだ親に甘えている自覚はある。
それでも、他人から、私個人の仕事ぶりを見られているという重さに、怖いと感じた。
みんな、当たり前のように、それをやっている。
今まで何でもないと思っていたふつうの人たちが、実はすごいことをしていたのだと、自分が同じ立場になって、やっとわかった。
自分の手で、足で、自分の責任で生きるということは、子供だったときとはまるで違う。
母親になれば、働いて、家のこともやって、私のお弁当だっていまだに作ってくれて、そんなの、私にはとてもムリだと思う。
はじめて、心の底から親を尊敬した。
働きだして何か月かたった頃、私は父と母に、仕事終わりにケーキを買って帰った。
「今まで、ありがとう」
自分でも信じられないくらい素直に、感謝の言葉がでた。
母は
「もー、なにー?かわいいことしちゃってー」
と私に抱きついて、頭をぐりぐりしたあと、
「働くって、大変でしょ?」
フイに静かに微笑んで言った。
父親は
「そうか……」
と、はにかんだように言って、すごくうれしそうだった。
お店で指導してくれる先輩は、少し厳しい。
「うーん、それ、学校で習わなかった?」
「あー、これもわからなかったんだ……」
とか言われると、ホント、へこむ。
もうちょっと言い方どうにかならないのかな、と思う。
先輩に悪気がないのはわかるし、自分ができてないこともわかるけど、ただでさえ落ち込むところに、言い方が刺さって痛い。
そんなときは、うちのエースのタカヤさんが、さりげなくフォローしてくれるけど。
店の奥に置いてある、誰かが持ってきたクッキーと、ポットのお湯でティーバックの紅茶を淹れてくれて、タカヤさんが閉店後に話を聞いてくれる。
やさしくて、あたりがソフトなタカヤさんは、「自分はこうだった」みたいなアドバイスをしてくれて、笑顔で話を聞いてくれるので、私は、自分の悩みや疑問や、グチをこぼしたりする。
タカヤさんは、カットの全国大会で入賞するくらいの腕前で、やさしげなイケメンさんなので、幅広い年齢の固定客がついている。
意外にも、男性の固定客もかなりいる。
ちょっと神経質そうな、かたい感じの男性のお客さんに対しても、タカヤさんは親しげに、かといって馴れ馴れしいかんじではなく、ソフトに対応する。
その間、ハサミが高速で動く。
来たときよりイケメン度が増したお客さんが、表情をやわらげて、
「職場で髪型をほめられたんですよ」
とか話すのに対して、タカヤさんは絶妙に相槌を打つ。
あのお客さんも笑えるんだ、と失礼ながら、心の中で驚いてしまう。
そして、私の中でのタカヤさんへの尊敬度が上がる。
お店までの行き帰りは、母からゆずられた軽自動車に乗る。
いつのまにか運転にも慣れて、帰りにコンビニに寄ったり、寄り道もできるようになった。
その曲は、コンビニで流れてきた。
聴いたとき、「良い曲だな」と思って、調べてみたら、大手の芸能事務所に所属している、男性アイドルグループの曲だった。
私は、男性アイドルといえば、顔とダンスが売りで、歌はおまけみたいなイメージがあったのだけど、そのグループは
「これ、もうふつうにアーティストじゃん」
というくらいに上手かった。
すぐにアルバムを買って聴いてみた。
キャラソンみたいなコミカルな曲もあれば、しっとりした切ないバラードや、R&B調の曲もあって、どれも完璧に歌いこなしていた。
彼らはデビューが遅くて、まだ新人グループ(?)のようだった。
誰よりも実力があって、「職人」とか言われているらしい。
彼らの同期や後輩が、どんどんデビューしていく中、バックダンサーとかパフォーマー(?)とかでかんばっていて、やっとデビューのチャンスがきたのだと、ネットの記事で読んだ。
その話を知って、私はますます彼らが好きになった。
私は、ただアルバムを買って聴くだけのファンだけど、ずっと努力を続けて実力をつけてきたこと、売れてもおごらずに、プロとしての仕事を見せていくこと、そんな彼らを心から尊敬する。
仕事の行き帰りの車の中で、彼らの歌に何度も励まされた。
私も、
「時間がかかってもいい。きちんとプロとしての仕事ができる人になりたい」
そう思った。
私は、まだ「お客さん」がいない。
先輩が担当するお客さんのシャンプーをしたり、カラーリングをしたりしている。
カットは、先輩とか、お店のメンバーの髪を切らせてもらって、まだ練習中。
それでも、先輩の髪をかわいくカットできて、
「いいんじゃない?ありがとう」
と言われたときは、うれしかった。
先輩のお客さんが
「店員さんの髪型、すごくかわいいです。私もそんな感じにお願いします」
とリクエストしているのを聞いたときは、思わず小さくガッツポーズをした。
それから―――、タカヤさんが、独立した。
前から自分のお店を持ちたくて、場所を探していたらしい。
「お子さんが生まれたからね」
と先輩が言っていた。
タカヤさんがいなくなると、タカヤさんについていたお客さんもいなくなるかもと、みんなで心配してたけど、案外そんなことはなかった。
お店が市内の中心部にあるせいか、お客さんが離れるようなことにはならなかったみたいだ。
神経質そうな男性のお客さんも、あいかわらず通ってくれる。
タカヤさんは、新しい自分のお店で、新規のお客さんを増やしているらしい。
さすが。
私は3年目になって、ときどき新人に指示をだすようにもなった。
「今、切って散らばってる髪の毛を片づけるタイミングだよ!」
と思うのに、新人がボッとしているときがあって、
「あぁ、私のときも、先輩はこんな気持ちだったのかな」
と想像する。
そして、私は最近、車を買いかえた。
働きながらずっと貯めていたお金と、母からゆずってもらって今まで使っていた軽自動車を下取りにだして、新しい車を買った。
思い切って、小型の普通自動車にしてみた。
車体は、クリーム色。
ずっと乗っていた軽自動車を手放すときは、グッと迫るものがあった。
いつも聴いている男性グループのCDは、これからも聴くつもり。
彼らはますます活躍していて、この前は、メンバーがドラマに出ていた。
そこでも評価されていて、すごいと思ったし、うれしかった。
おこがましいかもしれないけど、いっしょにがんばりたいと思っている。
今の私の目標は、私を指名してくれるお客さんがつくこと。
そのためには、先輩たちに認められるようにがんばらないと、と思う。
この頃、先輩は前よりやさしい。
私に先輩の髪を切らせてくれて、いろいろアドバイスもしてくれる。
先輩がかわいくなると、私もうれしくなる。
いつか私も、お客さんによろこんでもらえるような仕事をしたいと思う。
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