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知らないことを聞くのは……

しかし、知らないことを聞くのは骨が折れる。知っていることを聞くの気楽なるに如かずである。

森鷗外の長編小説『青年』の「九」、平井拊石(ひらいふせき)の言葉です。拊石のモデルは、夏目漱石とも言われます。鷗外と漱石、ふたりの文豪の関係は興味深いですね。拊石は続けてしゃべります。

お菓子が出ているようだから、どうぞお菓子を食べながら気楽に聞いてください。

急にくだけて菓子をどうぞ、ってどんな状況でしょうか。実は、ここはサロンのような場所で、講釈を聞くために集まった人たちの前で、イプセンの文学について拊石が語る場面です。

主人公の青年、小泉純一(どこかで似た名前を聞いたような……)も上京まもない時期に友人からの誘いで初めて参加します。

ことさら熱っぽくもなく、むしろ淡々とイプセンを論じる拊石の論述に、純一は当初、雑念が入り混じり半分聞いているやらそうでないやらの状態から、論旨の展開に呼応して、あるときから俄然集中していくのです……

さて、冒頭の引用部分を繰り返しますと、

……知らないことを聞くのは骨が折れる。知っていることを聴くの気楽なるに如かずである。

です。

僕たち、何か新しいことを知って、それを人に話したりを良いことと思います。たしかにそうなのですが、そこに工夫がいるかもしれないと思いました。

人は、知っていること、わかっていることから入るのが気楽、その通りで、特に、われわれシルバー世代は頭ガチガチに硬くなっています。身に覚えあり。

拊石の話術のように、お茶でも勧めながら最初は身近なことから始め、場の空気を読みながら新旧の話題を交えつつ、やがて高遠の境地まで……

そんな話し方ができたりすれば!

でも、「みんないそがしいから早く結論言ってくれ!」とか「そんな話、聞き飽きたわ!」とか「なんか、ほかに面白い話ないのん?」とかさんざん言われるかもしれません……

嗚呼、ムズカシイ。




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