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廣部知久著『いつもモーツァルトがそばにいる。』(2)

「ある生物学者の愛聴記」との副題がある、『いつもモーツァルトがそばにいる。』は廣部知久さんの著書です。

前回(1)では、表紙からの連想や、著者のモーツァルトに寄せる思いに親近と感謝の念をいだく私の心情を述べました。


今回(2)では、本書の内容を中心に述べたいと思います。

本書の構成は、モーツァルトの1曲または、8章ごとに挿入された著者のエッセイ1篇を1章とし全225章からなります。曲が200曲、エッセイ25篇。


<曲の並べ方はどうでしょうか>

解説書などでよくあるのは、ジャンル別の並びです。たとえば、交響曲から始まって声楽やオペラまたは宗教曲に終わる、など。

モーツァルトその人と楽曲を年代順に記述したケースもあります。アンリ・ゲオン著『モーツァルトとの散歩』がその典型です。

変わったところでは、高橋英雄さんの著書『モーツァルト365日』では、1月1日から12月31日までのそれぞれの日にちに因む楽曲を解説しています。

○月○日のページには、その日に完成された曲の話とか、その日に曲が初演されたときのエピソードを紹介したりしています。

あと、ジャン・ヴィクトル・オカールの『モーツァルト』では、「教養豊かなアマチュア」と「熱烈なモーツァルト愛好家」との対話という変わった形式で、臨機に・自在にあの曲この曲へとスポットライトを当てていくのです。

本書は、それらの典型に当てはまりません。

思うに、著者の興任せ、筆任せ。自由に次から次へと書き進めた感じがします。


<1章ごとの構成はどうでしょうか>

楽曲によっても異同がありますがりますが、おおむね次ぎのような組立です。

1.ジャンル・概要

2.作曲の動機

3.作曲・完成の時期や場所

4.楽器編成

5.演奏時間

6.楽曲の構成

7.楽章ごとの性格・著者の感想

8.著者の特に好む楽章や部分

9.愛聴盤CDと演奏者、

10.演奏の特徴

11.聴くTPO


7.以下で著者がいちばんの思いを書いておられる。ここにこそ、本書の個性や価値があるというわけです。

しかし、主観を出しながらもひとり善がりにすぎてはならないという筆者の想いは感じとることができます。

ましてや科学者というお立場もある。さすがに1.から6.の客観的な事柄はきっちり押さえられています。これは重要なことですね。


<具体的にはどうでしょうか>

「第37章 ピアノ協奏曲第25番K.503」(76頁)を見てみましょう。

モーツアルトが特に力を入れたジャンルのひとつがピアノ協奏曲といわれます。自らピアノ独奏をしたことでもありますし。

中でも特に「傑作」とされている第20番から最後の第27番には、曲ごとに固定ファンがいるようです。

私の場合で言えば、20、21、22、23、27の5曲です。欲張りなので数が多いです。好きになった順番は、20→27→21→23→22でしょうか。好きな順番にならべろ?、それはムズカシイ!

でも、24番も25番も26番も、もちろん好きですよ。

吉田秀和・高橋英郎編『モーツァルト頌』には、古今東西の著名人のモーツァルトに寄せる思いや愛する曲が紹介されています。

手もとに本が残っていないのでうろ覚えですが、ある女優が愛する人を失って最後のお見送りするための車で移動するときに、第23番の第2楽章の哀切なフレーズが頭に浮かんで、胸に迫ったという話を思い出します。

第25番に戻りますが、先日のことでした。

大阪梅田のグランドビル30階の喫茶店「英國屋」で昼の軽食とコーヒーをひとりでゆっくりと楽しんだ際、都会上空の大空や遠い山系までの素晴らしい眺めと、たまたまBGMで流れていたこの25番の第1楽章とを、目と耳の二つながらに堪能することができたのです。

その時は、持っていたフォークを指揮棒代わりに、他のお客さんには気づかれない程度に小さく振ったのを思い出しました。実は私、この25番の第1楽章のオペラ序曲風の音楽、聴いてて体が弾むようでとても好きなんです。

さて、本文。

 この曲は1786年の暮れのウィーンで完成された。モーツァルトは30歳になっていた。

=3.作曲・完成の時期や場所

前作のピアノ協奏曲第24番K.491の完成から9ヶ月ほど経っている。

=1.ジャンル・概要

モーツァルトをこよなく愛してくれるプラハ市民に捧げる交響曲第38番K.504「プラハ」の作曲の合間を縫ってこの第25番を作曲し完成させた。

=2.作曲の動機

……前作と同じように独奏ピアノ、オーボエ2、ホルン2、フルート、ファゴット2、トランペット2、ティンパニ、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバスの大編成になっており、演奏時間も30分を優に超える。

=4.楽器編成、5.演奏時間

そして、楽曲の構成や楽章の性格、著者の感想などにすすみます。

第1楽章アレグロは力強いファンファーレ風の音楽で始まる。歌劇の序曲のようである。管弦楽の響きが見事である。……やがてピアノの演奏が始まり、その音は軽やかで繊細であるが、堂々としている。……
ユン・ソクホ監督の韓国ドラマ『春のワルツ』(2006年)の主人公のピアニストが野外演奏会でこの第1楽章を弾いていた。管弦楽の演奏もとても良く、印象的な情景であった。……ユン・ソクホ監督の音楽の選択は素晴らしいと思ったことが思い出される。

続けて第2楽章。

第2楽章アンダンテはこの曲の中で私が一番好きな楽章である。冒頭部を聴いていると次のような情景が目に浮かんでくる。長い夜が明けてやっと朝がやってきた。あたりは次第に明るくなり、小鳥が囀り始める。輝かしい一日が始まりそうで、希望に胸が膨らむ。
……海を見下ろす丘に爽やかなそよ風が吹いて、太陽を浴びてキラキラと新緑が輝いている。幸福感に満たされる5月の一日、そんな光景が目に浮かぶのである。私の大切な宝物のひとつである。

第3楽章に話は進みます。

第3楽章アレグレットはロンド形式の音楽。この楽章も第1楽章と同様に堂々とした音楽である。……

=6.楽曲の構成、7.楽章ごとの性格・著者の感想、8.著者の特に好む楽章や部分

次に、著者の愛聴盤の話へと続きます。

 私の愛聴盤はへブラーのピアノ、アルチェオ・ガリエラ指揮ロンドン交響楽団の録音である。(CD:番号略)。へブラーはピアノの粒を揃え、明るく力強く演奏して、モーツァルトの音楽を見事に再現してくれている。……
内田光子のピアノ、ジェフリー・テイトの指揮、イギリス室内管弦楽団の録音(CD:番号略)もよく聞いている。内田の、繊細かつ細やかなピアノが素晴らしく、また、イギリス室内管弦楽団の管楽器が美しく響いており見事な演奏である。

=9.愛聴盤CDと演奏者、10.演奏の特徴

上記は一例です。また、8章ごとに挟まれているエッセイで、いろいろな切り口のお話を楽しむことができます。

イングリット・へブラー、この素晴らしいピアニスト、私も大ファンでアナログ・レコードを何枚も所有していました。

大分以前になります。最後の来日コンサートの予定があったのでたのしみにしていたそれが、彼女の年齢的からくる体調の事情によりキャンセルとなってしまいとても残念だったと同時に、健康を祈ったことを思い出します。

アナログ・レコードというものすべてを処分した今となっては手もとにはなにも残っていませんが、演奏は過去に何回も聴いて耳に残っています。第22番と第25番が1枚になっていました。

内田光子盤もCDで所有していましたし、そのデータがUSBメモリにあるのでいまも聴いています。

ちなみに、この第37章のひとつ前の第36章はセレナードK.185/167a「アントレッタ―」、ひとつ後の第38章がピアノのための十二の変奏曲K265/300eいわゆる「きらきら星変奏曲」です。

本書には末尾に索引が付されており、200の楽曲が交響曲から始まりエッセイに至るジャンル別に区分され、その中でケッヘル番号順に並んでいるので鑑賞する際や調べものをするときなどにとても便利です。


本書を読みながらしばしば思うのですが、著者と世代が近いからでしょうか愛聴盤も重なることが多いです。

ピアノではへブラーやワルター・クリーン

ヴァイオリンのヘンリック・シェリング、アルテュール・グリューミオー

器楽では、カール・ライスター、ペーター・ルーカス・グラーフ、ハインツ・ホリガ―、カール・ライスター

指揮のカール・ベーム、レオポルト・ハーガー、シャンドルー・ヴェーグ

歌手で言えば、ルチア・ポップ、エディット・マティス、エリー・アメリンク、エディタ・グルベローヴァ、ペーター・シュライアー、ヘルマン・プライ、クルト・モル

楽団では、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ロンドン交響楽団、アカデミー室内楽団、ザルツブルク・カメラータ・アカデミカ、ウィーンモーツァルト合奏団、イギリス室内楽団

等々……書ききれません。


青春時代から親しく聴いてきた、綺羅星のごとき素晴らしい演奏の数々。

それを聴いたたくさんの至福の時間をなんと感謝したらいいのか!


80年代から勃興してきた、ピリオド楽器を使用して、モーツァルトなどの時代当時の奏法研究を反映した演奏や録音が今では一般化しています。

そんな新しいものも、上記のような懐かしいものも両方楽しんでいきたいと思っています。欲張りなので。


このようにモーツァルト愛にあふれた素敵な美しい本を出してくださった、廣部智久さんに改めて感謝いたします。ありがとうございました。


このシリーズを読んでくださった皆様に感謝いたします。











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