憲政史上最悪の宰相・安保晋五①煉獄前夜

次期総理候補と目されていたひとりの大物政治家がいま、弱者やマイノリティに捧げた人生の幕を下ろそうとしていた。

安保晋一郎が、第2私設秘書の毛利正義を骨と皮だけになった右手で、横臥したまま呼び寄せた。毛利は、晋一郎の枕元までにじり寄ると、その口許に耳を近づけた。
「…いいか、決して、決して晋五にわしの跡を継がせるな…残念ながら、あいつには人としての情がない。政治家には向かん!…あいつが政治家になり、万一にも権力を握るようなことがあれば、必ず国民が不幸になる…頼んだぞ、毛利。くれぐれもあいつを政治家には…」
そこで、晋一郎は力尽きた。
「先生っ!」毛利は、晋一郎の右手を両の掌で包み、絶叫していた。

しかし、安保晋一郎の最期の願いも虚しく、またその願いを叶えようとした毛利正義の働きの甲斐もなく、一度ならず二度までも晋一郎の忘れ形見である安保晋五は総理大臣の座についてしまった。
この国にとって、そしてこの国の民にとって、悪夢どころか煉獄のような日々の訪れだった。 つづく

この物語はフィクションです。