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『最善のリサーチ』冒頭部を公開します!

2024年5月刊行の『最善のリサーチ』、第1章「最善のリサーチとは」の冒頭部を公開します。著者のエリカ・ホールの、本書執筆の意図が分かる内容となっておりますので、ぜひお読みください。

書影『最善のリサーチ』

プロローグ

2001年、インターネット上では「ジンジャー」(Ginger:セグウェイのコードネーム)と呼ばれる、人々の移動手段を革新する画期的な未来の乗り物に関する噂が広がりました。ジンジャーはまさにすべてを変える革命的な乗り物だと言われ、Amazonのジェフ・ベゾスやU2のボノなど、多くの人々が興味津々でした。何千万ドルものベンチャー投資がこのプロジェクトに注ぎ込まれ、大きな期待が寄せられていました。

そして、その年の12月、ついにその「ジンジャー」が姿をあらわしました。周りを吹き飛ばすような衝撃とともにセグウェイがデビューしたのです。

しかし最近では、セグウェイはぎこちない観光客の一団を乗せているか、あるいは倉庫の通路以外ではほとんど見かけなくなりました。それは20世紀末の知識人が描いた、革新的に進化した未来とは違うものになりました。

交通システムはとても強固な規則に縛られ複雑です。社会の産業化が進み、人々がより速く移動すればするほど、多くの事故や混乱が起こるので、規則は厳しくなります。現在、個人を対象にした基本的な陸上交通手段は4種類。歩行(または車椅子)、自転車、バイク、そして自動車です。

また、道路は基本的に歩道と車道の2種類です。歩行者や車椅子の人は歩道を通行し、自転車などを含む乗り物は車道を通行します。移動には出発地点と目的地があり、例えば個人なら、自動車で旅行をする場合はそれぞれの目的地で乗り物を保管しなければなりません。自転車は屋外の自転車用ラックに置くか、屋内の保管場所を探す必要があります。自動車とオートバイは車道の指定エリアや駐車場、または車庫に止める必要があります。信頼できる交通手段が日常生活にとって欠かせないものであることは、タイヤがパンクして走れなくなったときのことを考えればわかるでしょう。

個人的な交通手段の好みに関係なく、私たちは皆、地域のルールや規則を共有しており、大抵の人が同じようなニーズを抱えています。人々は遅刻しないように学校や職場に行く必要があり、食品を運搬したり子どもの送迎をしたりする必要があります。晴れの日も雨の日も移動しなければなりません。

小さな地域差はあるものの、世界中の何十億という人々が確立された交通システムの中にいます。その交通システムにセグウェイは適応できませんでした。車より遅く、一般的な自転車の10倍以上の価格でした。セグウェイを買う余裕のある人でさえ、どう使えばいいのかわからなかったのです。子どもたちを学校に送迎したり、20マイル(約32km)以上の通勤をしたり、家族を乗せたり、後部座席でくつろいだりもできません。

評論家たちはセグウェイのおかしな見た目や高すぎる価格を批判しましたが、それらがセグウェイの運命を決めた原因ではありません。アーリーアダプターは、真のニーズを満たすイノベーションのためには高いコストを払ったり周囲から笑われたりすることも気にしません。しかしそれでも、セグウェイを必要としていませんでした。

セグウェイの失敗から得られるデザインリサーチの教訓とは何でしょうか?  それは、人間が関わる場面では、交通システムのようなコンテキストがすべてだということです。

もう無理!

「生兵法は怪我のもと」
ーアレキサンダー・ポープ(Alexander Pope)

皆さんはちょっとした危険なことが好きですよね?

デザインしたり、コードや文章を書くことは、危険を承知で未知の世界に飛び込んだり、絶えず変化するものから新しいものを作りだしたり、毎日批判や失敗に身をさらしたりすることと同じです。それはまるで、僧侶が嵐の中で砂絵を描くようなものです。ただ一つ違うことは、僧侶は曼荼羅にIAB(インタラクティブ広告局を略したもので、ウェブサイト上の広告基準を作成する団体)の広告ユニットを組み込む方法を見つける必要はないのです。

1ピクセル、1行、1フレーズずつ作業を進め、戦略の転換や誤算のたびに書き直しや修正が必要となります。しかし皆さんは、最高のデザイナーや開発者、作家は自発的で、自分を鼓舞し、完璧なスキルを持っていると思い込んでいます。クリエイティブな才能に対する幻想は、彼らが「わからない」と言えない状況を生み出しています。

皆さんは、知識よりもやる気だけを重視し、未検証の仮説であっても軽率に突き進むチームにいるかもしれません。また、上司に追い立てられ、立ち止まる間も、息つく間もないかもしれません。できるだけ早くゴールに到達しなければならないという圧力があるので、誤った方向へ進んでいるかもしれませんが誰も気にしません。さらには、チームはマーケティングやセールスへの対応、競合への対抗もしなければなりません。加えて、日々新しいトレンドやバズワードが飛び交っています。

このような状況では、「リサーチ」という言葉はとても恐ろしいものに聞こえるかもしれません。手元に資金や時間がない中で何かを作り上げているにもかかわらず、リサーチは広い図書館や研究所で床に落ちた1本の針を探しているかのように思えます。何よりも怖いのは、すべての答えを持っていないと自ら認めることです。リサーチは良いことだという漠然としたイメージはありますが、一方でリサーチから得られる利益は曖昧でありながら、コストは非常に明確なのです。

本書はそんな皆さんの味方です。

リサーチは、周囲をよりよく見渡すための潜望鏡であり、慎重に使えばとても便利な道具です。リサーチはコストが積み重なるものではなく、自分やチームの時間と労力を大幅に節約してくれます。

以下のリストに当てはまるテクニックや方法を使うと良いでしょう。

  • 正しい問題を解決しているかどうかを判断する。

  • 組織内でプロジェクトの進行を妨げる可能性のある人物を見極める。

  • 競争力を最大化する優位性を見つけ出す。

  • 顧客に自分たちと共通した関心を持ってもらうための説得方法を学ぶ。

  • 大きなインパクトを与える小さな変化を見つけ出す。

  • 最高の成果を出すことを妨げている自分の盲点やバイアスを認識する。

本書を読み終える頃には、皆さんは驚くほどの知識を身につけていることでしょう。なぜなら、いったん答えを知り始めたら、問いを止められなくなるからです。その問いをつづける懐疑的な心構えは、どんな方法論よりも価値があります。

『最善のリサーチ』紙面サンプル

リスクとイノベーション

数年前、世界最大級の保険会社から私の会社のミュール・デザイン(Mule Design)に依頼がありました。新たな個人向けテクノロジーによって可能な新商品や仕事の新サービスの機会を見つけ出してほしいというのです。依頼内容はとても面白く、頭の中が解決すべき問題と興味深い課題でいっぱいになりました。早速私たちは、「素晴らしいですね。現在の運営や顧客向けサービスについて詳しく理解したいので、営業担当者や代理店の方々に話を聞けるといいのですが。」とクライアントに依頼したところ、彼らからは「それはダメですね」という断りの答えが返ってきました。断りの理由は、「現在の我々のやり方があなた方の創造性を邪魔することは避けたいのです。革新的なアイデアを求めているんです!」というものでした。

私たちメンバーは、かしこい人がそろっていると自負しています。メンバーは、常にテクノロジーの進歩を追いかけ、想像力豊かで、漫画やSF小説を読んでいて、モノレールや培養肉、そして宇宙ステーションをゾンビの攻撃から守る方法について、よく練られた作戦を持っているのです。ちなみにその作戦とは、培養肉でエアロック(気圧調整の密閉された小部屋)にゾンビを誘導してゾンビを閉じ込め、自分たちは、その隙にモノレールで脱出するというものです。

しかし、これらの能力は10年後の保険業界の行く末を占うことはできません。将来を推測するのは楽しいですが、推測でクライアントのお金を使うのは無責任です。

結局、クライアントのビジネスを理解するために既存データやレポートやドキュメントを読み込む二次調査を何度も行いました。レポートや記事を読むのは、営業担当や代理店の人から具体的な状況を聞くよりも労力がかかり、あまり楽しくないものだったにもかかわらず、ビジネスについての情報は得られませんでした。私たちの仕事は信頼に足るものでしたが、結果を得られなかったため、改善の余地があったということです。

企業やデザイナーはイノベーションに熱心です。しかし、本当にイノベーションを起こすには、物事の現状とその理由を理解することが何よりも大事なのです。

※この続きは書籍でお読みください!


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