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「食べる」から広がる地域の居場所 インクルひろばの取り組み(兵庫)

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神戸市の団地で多様な人たちが交わる居場所をつくるNPO法人「インクルひろば」。地域の食堂として「食べる」にまつわる事業を軸に、フットワーク軽く活動の域を広げているインクルひろばは、子ども食堂や宅配お弁当の他、地域の人たちが集う場として、歌声喫茶やアート倶楽部、昆虫採集やおばけやしきのイベントなど、様々に展開されています。そこには、「いろんな人と交わって、いろんな経験をすることが生活を豊かにする」との思いがあります。今日は、代表を務める松岡喜久子さんにこの活動を始めるに至った背景や、普段大切にしていることなどお話を伺いました。

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▲インクルひろばがある神戸市北区西鈴蘭台の団地
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取材レポート

松岡さんは、前職で障がい者の就労支援に携わっていたとき、家庭と働く場所の往復をするだけでは、その人の生活自体が楽しいものにはならない、と考えていたそうです。そんな折、縁があって出会ったこの場所でお年寄りが一人でご飯を食べている寂しい状況を知り、地域食堂をやったらどうか、という話になりました。
今まで、お年寄りや知的障がい、精神障がいを持つ方々と仕事で関わる中で、障がい者と支援者の中で生活が完結しても世界が広がらないと感じていたこともあって、各々の生活が本当の意味で豊かになれば、という思いのもと、福祉の施設から出てこの食堂を始めることとなりました。

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▲食堂の様子。2021年9月現在、イベントの開催は制限している。
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交流するためには誰もがする、誰もが知っていることを一緒にしていくことが触れ合っていくきっかけになる、と考えるインクルひろば。食堂という形にしたのは食べることが、お年寄りでも子どもでも、誰もがする行為だったから。このコロナ禍で地域イベント活動の中止・縮小はありましたが、生きることに欠かせない「食」に関する子ども食堂、お弁当の配達は継続することにしました。

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▲配達されるのを待つお弁当
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食堂でお話を伺っていると、この場所がご飯を食べること以上に、彼らの生活の一部として存在しているということがよくわかります。それは、ふらっと買い物帰りに中を覗いていくおばあちゃんの姿があったり、消しゴムを借りにやって来る男の子がいたりすること。そういう日々の小さなやり取りが見られるからです。

インクルひろばには、ラジオ体操の帰りに喋りに来る人がいたり、夕方、習い事の後にここに寄られる子どももいるそう。「ここのお弁当を利用する一人暮らしの目の見えない男性は、夜は自宅でお弁当を食べているけれどお昼はこの場所で喋りながら食べる。そんな機会がないと、ずっと一人で黙々と生きるためだけに食べることになってしまう。私たちがお弁当の配達をしている間ここで待たされたり、スタッフの代わりに留守番をさせられることもあるけれど、それも彼の生活の楽しみになっていくといいな。コロナ禍で全面的に休みにしている状況でも、そういう人たちのためには門戸を少し開けて自分たちも一緒に楽しんでいけたら。」と、松岡さんは語ります。

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▲インクルひろば代表の松岡喜久子さん。
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そしてインクルひろばの活動を見ていておもしろいなと感じるのは、活動の軸には「食」があるけれども、とてもフットワーク軽く様々な活動を展開しているところです。縁あってつながった人たちと一緒に、虫取りやおばけやしきといった、子どもたちがワクワクするようなイベントも企画されています。松岡さんがこの場所に来た頃、地域の名物イベントだったおばけやしきの活動が、担い手の減少に伴い継続が困難になっていました。食堂を開設してすぐでしたが、「楽しいんだから、やめるのはもったいない。」と、ここに来る学生さんや歌声喫茶の先生たちも新しい担い手としておばけやしきの活動に関わるようになったそうです。

「各々の特技を活かして楽しんで関わってもらえたらいいかな。多くの人に少しずつでも関わってもらうことで、こちらが考えてもいなかった人が巻き込まれていくんです。」と、松岡さんの言葉にもあるように、行き当たりばったりな展開も面白がるインクルひろば。イベントを企画する際は、企画をしっかり練って何度も細かく打ち合わせしてということではなく、集まった人と「何します?」と身軽にやっていく、その軽やかさが地域と関わっていく活動を継続する秘訣なのかもしれません。

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▲イベントの記録をまとめた冊子。多種多様な企画が満載です。
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そしてインクルひろばは、様々なイベントを通じて子どもたちに多くの体験をして欲しい、いろんな生き方をしている大人に出会ってほしい、という思いを持っています。その中の一人、農家の笹山さんとは、笹山さんの作っているトマトを食堂にわけていただく縁で出会いました。トマトがとても美味しいのでインクルひろばも何か笹山さんの役に立てれば、とお祭りでトマトを販売したり、子どもたちと笹山さんの畑に行かせてもらうなど交流が生まれています。(*笹山さんのお話は後半で紹介します。)

そしてインクルひろばでは、コロナ禍の今夏に新たな取り組みとして「クルたんすこやかパントリー」をスタートさせました。これは「フードパントリー」という生活困窮者へ無償で食品を提供する支援活動になります。

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▲新たなスペースを借り、2021年夏にパントリーの事業をスタート。
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心地よい人間関係を維持するため「してあげた/してもらった」とならないよう、お金のやり取りを大事に考えているインクルひろばですが、このパントリー事業に関しては初めて無償で行なっています。それは、コロナ禍で以前に増して経済的に逼迫している状況があることと、また神戸市との連携もあって結果的に無償配布になったという経緯があります。

時代に合わせて自身の活動も変化させていく部分はありながら、その根底にあるのは「誰かが交わっていくための場所」であること。無償でのパントリー事業に着手はしましたが、貧困対策を前面に出すつもりはなく、人と人が関わり合う環境を維持し広げていくことを一番の目標に掲げているインクルひろば。なので、コロナが落ち着いてからは、現在パントリーとして使用しているこのスペースを、食堂の拡大やイベント使用に充てたいと考えているそうです。

「食べる」を通じて地域の人たちにとって必要な居場所を用意し、関わる人の縁をつないで暮らしの中の楽しみを広げていく。誰でもふらっと立ち寄れるインクルひろばは、そこにあること自体が関わる人たちの暮らしの中で大きな意味を持つ場所だと、お話を聞いていてそう感じました。

「本当の自立支援を目指す」 -農家の笹山さんを訪ねて

子どもたちに、いろんな大人との関わりの中で多くの体験をしてもらいたいと考えるインクルひろば。子どもたちの農業体験の受け入れをされている農家の笹山大さんを取材しました。笹山さんとインクルひろばは、笹山さんの作るトマトを通じて知り合って以来、交流を続けています。笹山さんは農家として野菜を育てる傍ら、障がい者の就労支援に関わっておられます。笹山さんは「ゆくゆくは自分の力で生きていくための自立支援(その人が自分の力で生活できるよう支援すること)なので、一人で判断する訓練をしないといけない」と、研修に来る若い子たちを、今まで制度の下に保護されてきた場所から出し、今後彼らが生きていくことになる社会の中で自ら責任を果たし生きていけるよう支援したい、という強い気持ちを持って研修を受け入れています。

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▲インクルひろばの食堂でも使っている笹山さんのトマト
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農業を始めた当初から、子ども食堂、フードロスの問題に一次産業者が積極的に関わるべきと考えていた笹山さんは、障がいのある子たちの体験収穫、子ども食堂に農作物を取りにきてもらう、などの活動からスタート。そういったところから徐々に生産者と施設間のよい関係ができ、このコロナ禍においても施設からのアルバイトの相談を受けたり、と様々な展開につながっています。

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▲笹山大さん(神戸グリーンキャッチ/生産者代表)は今年で農業7年目。
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また、笹山さんは前職の経営コンサルタントの経験を活かし、障がい者就労というよりも農業を含めた戦略的な仕組みを構築し、障がいを持つ子たちの自立をサポートしています。ここでの研修は基本的に業務委託での契約となり、研修に来る子たちは個人事業主となります。そしてここで生産されたものを施設側で買い取ってもらい、彼らの労働の対価は施設側が準備する。最初から売り物になる製品はできないけれども、先に働く喜びを与えるためにそういった形をとっています。さらに施設に欲しい食材を教えてもらい、その食材を、研修に来る子たちに作ってもらうよう笹山さんが計画を立てる。その経験が農家を目指す人に役に立つものになる、という仕組みです。

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▲様々な栽培方法を試すビニールハウスのモデル事業。農家が生産できる作物の選択肢を増やすために様々な栽培方法を試している。
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「この先、農業をしなかったとしても農業で培ったものがどこかで活きてくるだろう。僕と一緒に過ごすことで得た経験が彼らの将来につながればうれしい。」との言葉に、障がいを持つ子たちのこの先を見据えて仕組みを整えている様子が見て取れました。

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インクルひろばに来る子どもたちにとっても、笹山さんのような魅力的な生き方をされている大人との関わりは、大きな経験になります。
「食べる」からつながる縁を大事に、お互いに心地良く「関わり合う」関係を作って、輪を広げていくことにとてもまっすぐな印象を受けました。

写真:衣笠 名津美

《団体情報》NPO法人インクルひろば
代表:松岡 喜久子(まつおか・きくこ)
所在地:神戸市北区
Tel:078-958-5990
https://inkuru.org/
2017年設立。神戸市の団地で、子どもや高齢者、障がいのある人など多様な人が交流できる場作りを目指して活動。子ども食堂やお弁当の宅配など食にまつわる活動の他、地域の人たちの居場所となるべく各種イベントを展開している。2021年コロナ禍において、新事業「クルたんすこやかパントリー」をスタート。

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