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アミタの観た夢 (2)

 それはまだ人間としてのいわゆる意識という定型を持つほどのものではなかった。が、脳神経パターンにエマージェンシーを知らせるパルスが光って走り、胎児は目覚めた。

 本能だけが時の早すぎることを知っていた。今、外界に放り出されるのは、安全な母船から暗黒の宇宙に投げ出され、命綱が切れ、果てしなき漆黒に吸い込まれてしまうのに似ている。

 準備の整った船が慌てず騒がず、潮風を孕み、ゆっくりと港を出ていく穏やかな船出とは異なる。暗い産道に有無を言わせぬ力で押しつけられながら、胎児はパニックに陥った。
あれほどの穏やかな羊水の漂いの中での不安なき夢から覚めたとたん、まだ外界の生を知らぬ胎児に、死が迫っていた。

 ゆっくりと産道を回転しながら広い肩幅を出口の縦の亀裂に合わせられるように回転していく予定だった。だが、その準備が胎児に出来てはいなかった。微睡みはまだまだ続くはずで、準備の期間はほころびる蕾みのように保証されるはずだった。
だが、その時が突然訪れたため、母胎と胎児の共同作業はリズムのずれを深めるばかりであった。

 焦るほどに事態は混乱し、緩やかにたゆたっていたはずの臍の緒が無用に首に絡みついた。使い方すら知らない手の指で胎児はそれを振りほどこうと首に手を伸ばした。だが、水かきが消えたばかりのその手は羊水をかき回すばかりで、首に届くことすらなかった。


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