アミタの観た夢 (Xー7)
無骨で不気味な、脚の長さほどもある金属棒を見せられ、「君の脚の骨は残念ながら病気なので取り除くけれど、これからは君の脚の骨の代わりになってくれる」という説明を受けたとき、奈津子は息を呑みこむばかりで、その金属棒に手を触れることはできなかった。
ただ、目に映ったその質感から、得体のしれない恐怖を覚えた。奈津子がその時、最初に心配になったのは、そんな大手術を受けて、自分は将来、赤ちゃんを産むことはできるのだろうか?ということだった。一度だけ夜のキャンプ場でキスを交わした、ワンゲル部の先輩の顔が脳裡に浮かんだ。
後で思い起こして不思議に思えたのは、その時「私はこれからも歩けるのか」ではなく「赤ちゃんを産めるのか」という憂慮が先に圧倒的な勢いで胸に暗雲を広げたことだった。脚という立って歩くための機能を主にしている部位の手術であるにも関わらずである。それは恋のときめきや、性の悦びとともに芽吹きつつあった女性の本能の発動であったというほかないのかもしれない。
奈津子の入院生活は、手術前の種々の検査や抗癌剤の点滴から始まった。尤も、奈津子は、ベッドサイドのスタンドから自分の腕に流れ込んでいる液体が、抗癌剤であるとははきりと知らされていたわけではなかった。毎日のように見舞いに来る母親はおろおろとした不安げな目で奈津子を見つめるばかりであった。そしてその目の色とは裏腹に「すべてうまくいく。大丈夫だから」と奈津子の手を握るのだった。
奈津子の頭の中に「癌」という言葉が一度も思い浮かばなかったわけではない。しかし、自分でもそれについては考えないようにしていた。浮かぶ尻からその言葉をくるくると紙屑に丸め、奈津子は病室の窓の外に投げ棄て続けた。
病名や命の心配以上に当面の奈津子を苦しめたのは、せっかく始まった高校生活が一年生の一学期と夏休みだけで中断されてしまったことだった。自分だけが友人たちから取り残されていくという焦りがじりじりと奈津子の胸を蝕んだ。夜の病室に年配の女性のいびきや、老婆の唸り声などが響く中、奈津子は自然に頬を伝う涙を抑えることができなかった。
抗癌剤の副作用で激しい嘔吐に見舞われるようになると、今度はその甚だしい苦しみに一秒一秒耐え続けることが奈津子の日課の大きな部分を占めるようになった。髪の毛が初めは少しずつ抜けていき、ある夜にはごっそりと脱落してしまった。それを隠すための薄いピンク色のニット帽を被った自分の顔を見ると、青黒いようでもあり、黄ばんでいるようでもあった。
見舞いに来てくれる同級生の女の子たちの生き生きとした肌を見るのが辛かった。男の子たちには変わり果てた自分の姿を見られたくなかった。彼らは温かい言葉をかけてくれる。しかし、その言葉の中にさえ、「自分ではなくてよかった」という優越感が秘められていると奈津子は感じるようになってしまった。
(ここから少し推敲したバージョンをあげます)
初めのうちこそ、淋しさを紛らせてくれた友達の見舞いだったが、ある時期からはあえて「面会謝絶」と病院から発表してもらうようになった。
長い受験勉強に耐え抜き、合格した志望校で謳歌するはずだったもののすべてが奈津子の前途から無理矢理にもぎ取られたのだ。
そしてついに一回目の手術の日がやってきた。
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