昔ながらの歯科医の話


 旅の途中から痛くなりはじめた歯。帰ってきたら日曜だったので、今日やっと歯医者に行った。今は実家に住んでいるから、超久しぶりに実家近くのF歯科に行った。
 子どものときに行ったことがある。あのときの歯科医が今も現役なのか。息子さんの代なのか。代替わりしてないとすると、機械は古いのか、最新の歯科医学を取りいれているか、それとも昔の歯科医だからこその技を見せてくれるのか。
 などと考えながら行った。僕が子どものときの歯科医が現役だった。子どものときに来たことがあります。今、実家に戻ってきたんです。というと、お父さんは司法書士だったね。確か、誰か学校の先生になったね。という。あ、それは僕です。歯科医は祖母のことも、僕の両親のことも、僕のことも覚えていた。なんとなく面影あるねなどといいながら、治療開始。
 症状を問診すると、あちこち叩いて、どれが一番痛いか確かめる。と治療開始だ。これは驚きだ。最近の若い歯科医なら、ぐるりと一周分ぜんぶレントゲンをとる。レントゲンを一枚もとらないで、治療開始とはすごい。この歯の奥で神経が壊疽しはじめている。と言いながら削っていく。壊疽していたら、痛くない。生き残っているほど痛いから、どうしても痛かったら麻酔を使おう。はじめに麻酔を打つとわからなくなるから、打たずにはじめるよ。という。麻酔を打たずに詰め物をとり、奥を削りはじめる。
 壊疽性歯髄炎に進展していると思う。化膿性だったら、血がどばっと出ていっきに楽になるけど、壊疽性だから少し時間がかかるよ。血はでないけど、ガスが解放されて今日、少しは痛みが楽になる。・・・やはり、そうだ。あれ? あまり匂いがしないな。と言って歯科医はマスクを外す。そして道具の匂いを嗅ぐ。「あ、臭い! やはり壊疽している」
 道具で叩いて場所を特定する、掘っていく、匂いを嗅ぐ、覗く、それだけで診断する。レントゲンを撮らない。麻酔を使わない。これこそが職人的歯科医だ。その技が伝承されなくなり、責任をとりたくない若い歯科医は機械に頼って診断し、マニュアル通りにことを進める。
 もうひとついえば、F医師は助手を使わなかった。奥さんらしき人が助手のようにして診察室にいるが、雑用をしている。助手がバキュームしないので、口はすぐ水でいっぱいになる。そのたびに吐き出してうがいする。そうだ、こうすれば歯科助手はいらないのだ。なんか、この人はすごいな。ここにしてよかった。最新の歯科医院より絶対いい。
 消毒して軽くものを詰めて、明後日来られるかという。最後に一枚だけレントゲンを撮った。このときも助手を使わないので、フィルムを僕が自分で押さえた。これでガスが抜けて少し楽になったが、あと、神経のことなど、治療方針を決めて進めるから明後日来て。そう言って、歯科医は自分で受付にくる。(パソコンではなく電卓で)計算して、治療代を言う。こうすれば、医療事務はいらない。
 この保険証しかないの? 身体障碍者手帳と保険証で市の障碍福祉室で手続きして、医療費月額1000円に抑える手続きできるはずだよ。「障碍福祉室はいつも何に関しても、何も言わないんです、今度、言いにいきます」と僕。今日は3割かかちゃうね。痛み止めは一応渡すから、痛くならなければ飲まないで。これは預けるから、飲まなければ返してくれれば無料だ。飲んだら、費用もらうけどね。
 なんか、すごくない? 久しぶりに医者として立派な人に会った気がした。昔はこれが普通だった気もした。医者も患者も皆で電動車椅子に乗るまで手伝ってくれた。去年、「歯医者に行くのは、ガイドヘルパーではなくてホームヘルパーで、待ち時間はヘルパー代は出なくて自費です」という件で障碍福祉室ともめたのがウソのようだ。電動車椅子があれば、F歯科にたどりつく。たどりつけば皆が助けてくれるからヘルパーはいらない。
 本当に市役所は、市井に生きる人間の中で最低レベルの人間の集まりだと改めて思った。


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