仏教余話

その147
ただ、文学を専門とする見理文周氏の指摘からは、梅原氏の発言を支持するようなニュアンスも感じられる。見理氏は、以下のようにいう。
 三島の最後の作品に『豊饒の海』があり、それに引用された沢山の仏教経典と仏教用語や唯識学の思想などから、これを仏教文学として評価する声が少なくない。しかし、そのテーマが「輪廻転生」という平安期の『浜松中納言物語』を下敷きにしている点で、近代文学作品としての評価に疑義がなくもない。(見理文周「近代日本の文学と仏教」『岩波講座 日本文学と仏教 第十巻 近代文学と仏教』1995,所収、p.51)
Wikipedaで『浜松中納言物語』を検索すると、次のような1節があった。
 三島由紀夫は、学習院大学在学時代に本物語の代表的研究者の一人である松尾聡からこの物語の講義を受け、その影響でのちに輪廻転生をテーマとした『豊饒の海』を執筆するに至った。三島自身による同作品第一巻「春の雪」の後注に「『豊饒の海』は『浜松中納言物語』を典拠とした夢と転生の物語である」と記されている。
唯識・輪廻転生・『浜松中納言物語』は矛盾するのだろうか?梅原氏や見理氏の言わんとするところを、敢えて述べるとすれば、「『浜松中納言物語』には、仏教思想に影響されない古代日本の輪廻転生説が説かれている」ということになろう。しかし、同物語は、『源氏物語』の強烈な影響下に生み出された作品で、しかも、『源氏物語』には、唯識思想の本山たる法相宗、興福寺の影が確認されている。とすれば、『浜松中納言物語』に唯識思想があり、三島の『豊饒の海』も同じ思想を受けていると、考えても何の不思議もないのである。


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