新インド仏教史―自己流ー

その4
さて、これまで中観という言葉を当たり前のように使っていました。ここで、意味の確認をしておきましょう。いくつかの解説を摘記(てっき)してみます。斎藤(さいとう)明(あきら)氏は、こう述べています。
 中観思想は、一般にナーガールジュナ(龍樹)が確立した中観学派の思想であるといわれる。・・・ナーガールジュナは初期の般若経典の思想を論じ、空の論証につとめ、それゆえ「空性(くうしょう)論者」を自認(じにん)する。ただし、実際には中観派(Madhyamika)という呼称を名実(めいじつ)ともに採用するのは、ナーガールジュナではなくバーヴィヴェーカ(清(しょう)弁(べん) 四九〇~五七〇頃)が初めてである。(斎藤明「中観思想の成立と展開―ナーガールジュナの位置づけを中心として」『シリーズ大乗仏教6 空と中観』2012年所収、p.4、ルビ私)
龍樹自身は中観派と名乗っていなかったのです。彼の思想を継承(けいしょう)したバーヴィヴェーカという学僧が使用し始めたようです。さらに斎藤氏の解説を見ていきましょう。
 中観思想というときの「中観」の意味を再考したい。中観は文字どおり、正しい見解としての仏教が伝統的に重んじた「中」や「中道(ちゅうどう)」を観察することをさす。・・・〔極論(きょくろん)を避けるために〕非有(ひう)非無(ひむ)の中道説に言及するナーガールジュナもまた、中道説を重視(じゅうし)する。・・・〔中国や日本で〕伝統的に用いられる「中観」の呼称は、この『中論』がときに『中観論』と呼ばれていたことに由来する。〔中国の有名な翻訳家〕羅什(らじゅう)の弟子である曇鸞(どんらん)は『中論』に対する序文の中で、当時すでに「中観論」という別称(べっしょう)があったことを伝え、「観は心に弁じ、論は口に宣(の)ぶ」として「観」の一字を意味づけている。斎藤明「中観思想の成立と展開―ナーガールジュナの位置づけを中心として」『シリーズ大乗仏教6 空と中観』2012年所収、p.7、ルビほぼ私・〔 〕私)
中観という言葉は、中国・日本で使われる用語であることが指摘されています。インドでは単に「中」だけのようです。そのおおよその意味は、「何かが存在する・存在しない」という見解を2つの極論として、どちらも取らないということであると思われます。中観という言葉に簡単に触れてみました。

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