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『ホテル・ネヴァーシンク』

アダム・オファロン・プライス 『ホテル・ネヴァーシンク』
図書館本。
ポーランドから米国に渡ってきたユダヤ系移民のアッシャー・シコルスキー一家は、幾たびの失敗と苦難を経て、ニューヨーク州北部のキャッツキル山地の山間の小さな町リバティに辿り着く。そこで偶然始めた民泊業が評判となり、かつての大富豪が狂気に駆られるように建設したいわくつきの大邸宅を買取り、「ホテル・ネヴァーシンク」を開業する。ホテルは大統領も宿泊するほどの大成功を収めるが、アッシャーから経営を引き継いだ長女ジーニーの代になって、ホテル滞在中の少年が行方不明になる事件が発生。その後もホテル周辺で謎の失踪事件が発生するが、未解決のまま時が経過する。

本を読み始めてから、以前キャッツキルでバンガローを借りて宿泊したことを思い出した。マンハッタンから車で2時間程度。一帯は州立公園「キャッツキル・パーク」となっていて、大自然がそのまま残る人気の避暑地だ。夏場でも肌寒いほど涼しく、ホテルは冷房設備がないところも多い(僕らが泊ったのはバンガローだから当然エアコンなんてない)。

さて、物語の方はというと、シコルスキー一家とホテルの関係者のそれぞれの視点から、年代を追って展開していく、多視点の連作小説風。やがてジーニーの後を継いだレンの代になってホテルはついに廃業となる。それぞれの視点の物語が、ひとつのホテルと一家の歴史を様々な角度から照らして重層的に連なり、一族のクロニクルが鮮やかに描かれる(登場人物表を何度も見返して頭の中に家系図を構築する必要があるが)。

登場人物達が自分視点で語る物語にも謎の失踪事件が影を落としていて、抱える心の傷が見え隠れしている。ホテルが崩壊し一族が崩壊していく中で、最後に心に傷を負った二人が、自らのトラウマに終止符を打つべく失踪事件の真相に迫っていく。それは今や廃墟と化したホテルに最後の鉄槌をくらわせ全てを燃やして灰塵に帰す試みなのだが、全てが灰になった後から新たな生命が生まれるような、新しい希望がそこから燦然と立ち昇る。

ミステリとしては、この失踪事件の真相がどうなのかというところに焦点があるが、正直ミステリとしての落差は薄い。紹介にあるような「洋館ホテルを舞台にしたゴシック・ミステリ」というのは的外れとは言わないけど、ちょっと言い過ぎな感じがしないでもない。それでも、物語性が高く、濃密で芳醇な味わいの極上の一冊。この作品はMWAの最優秀ペーパーバック賞を受賞しているが、このようなテイストのある種<文芸作品>的な小説がペーパーバック賞に選ばれることに、MWAの間口の広さが感じられて、ミステリというジャンルでまだまだ色々面白いことがありそうだと思わせてくれる。

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