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「世界には数多の花」

                        作:阿部川 将臣

由美が某大学の機械システム工学科でかつて一緒の学科だった恋人の勇(いさむ)と行きつけの紅茶専門店でお茶をしている時に、店内にSMAPの「世界に一つだけの花」が流れてきた。
時は2017年の秋、国民的アイドルグループのSMAPの解散が近づいていたころの話だ。この頃は良く、「世界に一つだけの花」が色々な所で流れていた。
由美はポツリと言う、
「私、この歌の歌詞ってあまり好きじゃない、というかハッキリ言って嫌い。別に、SMAPに対しては思うところがあるわけじゃないし、むしろ解散は少し残念だなとは思うけど。」
「へぇ、この歌嫌いって珍しいね。やっぱり、あれ? 作詞・作曲した人が覚醒剤やっていたから?」
「ううん、別に覚醒剤をどうしてもやりたいっていうならやって、体や心壊すなり刑務所に入るなり好きにすればいいわ。別に他人に迷惑さえかけなければどうでもよい、と私は思う。」
由美は本当にどうでも良いといった感じでそう言い、注文したアールグレイ・グリーンティーに口をつける。口の中にベルガモットの芳醇の香りが広がり、その後に緑茶の嫌みのない渋みが舌の上に残る。
「そうじゃなくてね、出だしの部分で『花屋に並んだ花はどれも皆、綺麗だね』みたいな歌詞があるじゃん。あれって当たり前の話で、綺麗な花だから花屋に並んでいるんだよね。私がもし花だったら花屋の店先になんか絶対並んでないわ。」

確かに由美は美人ではない。それどころか、はっきり言えば不細工である。しかも物凄い人見知りで更にいわゆるコミュ障であった。それなりに慣れた人以外に対しては常にオドオドしていて、そんな自信の無さが外見に表れてさえいる冴えない人間だった。確かに花であっても、花屋の店先に並ぶタイプではないだろう。だが勇は由美のそんな、慣れない人間に対した時の自信のなさの反面、一人でいる事を気にかけない、ある種の強さというか無頓着さが気になり、頑張って由美と仲良くなった。由美もこれまである程度仲良くなった人は異性・同性問わずにいるはいた。しかし、先のように【花屋の店先に並んだ花が綺麗なんて当たり前で、綺麗だから花屋の店先に並んでいるんじゃん】という類の、人とは少しばかり変わっている事を言う度に、「それ、少しひねくれてない?」だの酷い場合には「ひくわー」とか言われていて、結局、勇と付き合う直前は友達も恋人もいない状態であった。だが勇は由美のその、ほんの少しだけ人と変わった部分に興味を持ち、アタックをし続けて由美と付き合うに至った。
その後二人が四年生になって、所属する研究室を選ぶときに二人ともロボット制御研究室を選んだ。学部を卒業した後は二人とも大学院に進学したが、由美は博士課程まで進み、勇は修士課程を修了した後にコピー機メーカーに就職した。コピー機メーカーでは機構設計エンジニアを担当した。2017年の秋とは、そんな風にお互いの所属が異なってから最初の秋である。・・・が、別に二人は週末になれば予定が合う限り会っていたし、特に二人にとって特別な時期であった訳ではない。ただ、世間はSMAP解散騒動で賑わっていたが。

話が少し横道にそれた。由美と勇の会話に話を戻そう。
勇は由美の「自分が花だとしても、花屋の店先には並ばない」という言葉に応えた。
「そりゃ、まぁ、由美の容姿は目鼻立ちが整っているという訳じゃないよね。」
「勇はそういう言い辛い事ハッキリと言うよね。そういう所好きだよ。でもね、私が花だとしたら見た目が綺麗か綺麗じゃないか以前に、花として認識されるのかな、と思うの。例えば、この窓から松の木が見えるよね。」
フランス流の紅茶を謳うその店の調度はロココ調で飾られており、金色の飾りで枠を縁取られた窓からは松の木が覗いていた。
由美は続けた。
「勇は、あぁ、『松の木に花が咲いているなぁ』なんて意識した事ある?」
「いや、流石にないけど。」
「でしょ。私だってないけどさ。でも松の木も杉の木も稲も、皆それぞれに花を咲かせているんだよ。それなのにごく一部のマニアな人を除けば、それらの花を花として認識していない、というか存在自体を認識していないよね。例えばさ、ラフレシアなんかだったら、見た目の良くない花だな、とか恐ろしそうな見た目だなとか感じる人はいるだろうけど、その存在感は凄いよね。でも私が花だったとしたら、周りから花として認識される存在なのかな、って自己嫌悪に陥っちゃうの。」
「だけどさ、そんな花として【人間】に認識されない花だって、その役目を果たせば実を結ぶ訳じゃない。そして、その実が種になって、次の花を咲かせる訳でしょ。それならそれで俺は良いと思うけど。」
「でも実を結ぶ事が出来ずに枯れる花も中にはあるよね。どっちが多いのかまでは知らないけど。」
勇は、この言葉に対して何も言えずにいた。人としての性的な意味合いを持たせれば、返す言葉もあったが、二人の間に肉体関係はあったもののーあるいはだからかー、それはなんとなく気が引けて言えずにいた。
そんな勇の様子を見て取ったか、由美も次の言葉を言わず若干の気まずい雰囲気が流れた。その沈黙を破ったのは由美だった。若干流れた気まずささえなければ、由美は更にこの歌の歌詞に言いたい事があったのだ。
「種といえばさ、『僕らも一人一人違う種を持つ。その花を咲かせる事だけに一生懸命になればいい』って感じの歌詞があるじゃない。私には他人とは違う、何か花咲かせられるような種なんてあるのかな。私は人より変わっているという自覚はあるんだけど、それだけに、でも少し変わっているだけで、決して人と違う花を咲かせられるOnly one なんかじゃないって思っちゃうのよ。ううん、そもそも花なんて咲かせられるのかな。」
「あぁ、この歌のその部分を特に強く意識したことはないけど、確かに分かるよ。由美がOnly one じゃないっていうなら、俺なんかもっと平々凡々とした人間だし、仮にその種を見つけられたとしても、その花を咲かせること【だけ】に【一生懸命】になんてなれるかな。なんか、日常の流れに身を任して、種を花咲かせる事に努力なんて出来なさそうな気がする。特に就職なんかしちゃったらそうだよ。」
「だよね・・・」
「だけどさ、俺はそれはそれで良いんじゃないかなって思うよ。」
「どういう事?」
「この歌がこんなに流行って、ましてやSMAPがこんな状態だから歌は色々な所で流れるわ、色んな人が良い歌だっていうから、なんかこっちまでそう思わなきゃいけない気になって、俺も『Only one じゃなきゃいけないんじゃないか』ってプレッシャーを感じる事も多かったけど、でもそんな必要きっとないんだと思う。だって、【人それぞれ違って良い】んだからさ。別にこの歌が嫌いで、自分がそこら辺によくいる人間で、平凡な人生を歩むかもしれないけどそれはそれで決して悪い事じゃないと思うよ。
例えば俺なんかさぁ、就職してから機構設計のエンジニアになったけど、もう分からない事だらけで、日々の業務をこなすのに一杯一杯だよ。ウチら、機械システム工学科なんていう『システム』が付いた純粋な機械工学科じゃなかったから、ソフトや電子回路や基板設計の基礎とか、果ては化学工学とかIoTまで色々と学んだ反面、純粋な機構設計についてはそんなに学んでなかったじゃん。で、研究室に入ってからは3年間必死に努力したけどさ、やっていた事はロボットの動きをPC上でシミュレーションしたり、ロボットを動かすマイコンに書き込むプログラムを組んだりとかだったじゃん。だから職場で、『院卒でしょ、機構設計の事はある程度分かっているよね。』って感じで、機械の一部の樹脂部品の設計なんかも任される訳だけど、部品の作り方である射出成型なんて会社入ってから必死に学んだよ。樹脂部品だけじゃなく、他の色々な部品の作り方や使いかたも。で、周りのエンジニアも電気エンジニアもソフトエンジニアも生産エンジニアの人も皆、必死に頑張っているのよ。で、無茶な納期課されて、会社に泊まり込んで土日も含めて、月に1,2度しか家に帰れずに仕事して、鬱病になっちゃった電気エンジニアの先輩がいたり、俺の同期の電気エンジニアなんかそのプロジェクトが大変だからサポートで入ったのに、その先輩が鬱病で休職しちゃったから、まだ社会人1年目なのに途中からメインの担当にさせられたり、とか無茶苦茶な環境かと思えば、口八丁だけで大して技術もないのに出世した先輩や、係長なのにその人に任せると仕事が回らなくなるから大して仕事もしないで、でも係長だから高い給料もらってたり、そんな現実の中で自分の中の種を花咲かせる事【だけ】、ううん、【だけ】じゃなくても一生懸命になれなくて、もう平々凡々な生活でも良いとか思っちゃうよ。
もっと言うなら、平凡な人生ってネガティブに捉われがちだけど別にイイじゃん。良くも悪くもないから平凡な人生なんだし、ってか悪い人生送ったとしても何が悪いんだって感じだよ。そんなの人の自由じゃないか。
・・・って、あれっ、もう自分で何言っているのか良く分からなくなってきた。」
勇は話している途中から段々と力んでテンションが上がり、最後は言っている事が支離滅裂になっていた。ここで由美は初めてコロコロ笑い、
「色々溜まってるんだね。確かに言ってること途中から滅茶苦茶。うん、でも、そうだよね、勇がその訳の分かるような分からないような滅茶苦茶な言葉を演説ばりに一生懸命話しているの聞いたら、なんか肩の力が抜けて楽になっちゃった。」
と言った。
「でしょ。」
と勇は落ち着きを取り戻し、さも自慢げに言い次のように言葉を続けた。
「ってか、さっきの由美の台詞じゃなけど、俺は一生懸命話したのに、由美も今他の人なら少し言い辛いような事言って、平気な顔して笑ってたよね。でも由美のそんな所も俺は好きだよ。」
そう言って、二人はケラケラ笑った。

店を出ると、由美と勇が座っていた席から見えていた松の木の下に、まつぼっくりがたくさん落ちていた。

#SMAP #世界に一つだけの花 #小説


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