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ミフネさんじゃなかったんだ

 大きな弓道場で大会が行われている。弓道着を着た凛々しい高校生が3人一組で射場にすり足で入って来て一礼をし、それぞれの位置に収まる。正面には的場があり、射場の屋根とで青空が細長く切り取られている。的場までの距離は28メートル。その矢道は中庭のようになっていて両側には各校のチームメイト達が熱い眼差しを送っている。静寂の声援。


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 カケルにとって最後の大会だった。カケルの高校は公立だったが、他校と比べて現役の引退が少し早く、高校二年生の夏の大会が終わるともう受験の準備を始めないと行けない。

「歴史は古いが弱小」というのがカケル達が所属する弓道部にびっちり貼り付けられたレッテルだった。

 一人につき四本の矢を射る。ひとチーム三人だから合計十二本。勝敗は的に当たった合計の本数で決まる。

 どすっ。矢が的から外れて安土と呼ばれる砂山に刺さった音。

 タンっ。矢が真っ直ぐに的を射た音。

 三番目のカケルの最後の一矢で予選を通過するかどうか決まるだろう。それはカケルも感じていた。「これで決まる」と。

 弓を引き分けていく。つがえた矢が、的場の方を向いたカケルの口元にだんだんと寄っていく。

 カケルは目を瞑った。会場にいる誰もが息を飲む。


★ ★ ★


 当てたい。当てたい。当てれば勝てる。ここまで一緒にやってきたカンタとユウタと、最後の大会くらいは予選通過したい。「負けて元々だよ」、「おれ達じゃ無理だって」。二人ともそんな事を言ってても本心は違う。本当にそんな風に思っていたら毎日あんなに熱心に練習はしない。まいったな。当たる気がしない。くっそ。ピンチだぞピンチだぞピンチだぞ。……あ、そうだ。ボクにはミフネさんがいるじゃないか。ミフネさんがこの矢を的にヒョイっと……いや、ミフネさんはこういう時には現れない。絶対来ない。わかってる。ボクはいつも無意識にミフネさんに甘えてるのかもしれない。ミフネさんをあてにしすぎてるのかもしれない。反省しないと。

 弓に隠れた半月型の的がぼんやりと見える。

 静かだ。


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 会場にいる誰もがまだ息を飲んでいる。カケルは目を開けた。その目は的を見ているようだが、実際は何も見ていない。数秒後、矢がカケルから離れた。

 

タンっ。


 空の青さを目蓋で感じたと思ったら、矢の当たる音がカケルの耳に響いた。それが自分の矢だと一瞬気づかなかった。前の二人が興奮しているのが後ろ姿でわかる。応援席のチームメイトが歓喜している。あれ!? カケルは目の端に髭面の男を見たような気がした。


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 まさか。今のはミフネさんの仕業なのか。まさか。

 選手控室に戻るとカンタとユウタは大喜びしていた。ボク達は見事に現役最後にして予選を突破した。そう。予選を突破しただけで三人とも心底喜んでいる。そりゃレッテルだって貼られるよ。

 廊下に出ると笑顔ばかりの賑やかなチームメイトに囲まれた。少し離れたところに髭面で頭髪をお団子にした男が! え!? ミフネさん!? いや、ちょっと待てよ。スーツ姿じゃないか。ミフネさんがスーツ!? 訳がわからない。でもみんなには見えてないようだし、ミフネさんじゃないのか。

 するとチームメイトの一人がその人に話しかけ、こっちに案内した。

「OBのミウラ先輩だよ。わざわざ応援しに来てくれたんだって」

 なんだ。やっぱりミフネさんじゃなかったんだ。

 ボクはミウラ先輩に挨拶した。ミウラ先輩は大学三年生。わが弱小弓道部の歴史の中で唯一地区大会で個人優勝を果たした伝説の部長だ。ボクが一年生の時に一度だけ指導しに来てくれたがその時は髭もないし、髪型もすっきりしていた。かなりのイケメンだったのに。

「予選通過おめでとう。上手くなったね」

 嬉しかった。ボクは緊張しながらしどろもどろでお礼を言った。ミウラ先輩はカンタとユウタにも声をかけてくれた。

 

 まだ予選を通過しただけ。でもボクはこれ以上ないくらい満足していた。



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 このショートストーリーは「年賀状」、「年賀状 裏」、「ソラでいっぱい」、そして下記の記事の続編です。常に単独で成立している楽しい読み物を書くことを目指していますが、まだそういうレベルではないので、今回の話はもしかしたら、下記の記事を読んで頂かないと訳がわからないかもしれません。すいません。


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