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「三千年マエ、あなたはわたシカら食べ物をウバいました。広葉ジュの葉に包んだヒエやアワや大豆などを奪ったンです。オカゲで私タチ家族の何人かがあのフユを越ゆることが出来マセんでした。本トウに恨んでオリます」

 元旦の朝。ポストから郵便物を取り出して年賀状を確認していると、一枚の葉書が目についた。送り先も宛名も書かれていない。鉛筆のような物で書かれた文章があるだけだった。

 しょうもない悪戯だ。きっと暇で低能な者の仕業だ。元旦だけ自分でポストを確認する、この私の、年にたった一回の、儀式とも言えるこの時に、どうしてこのようなゴミが混じっているのだろうか。許せん。待てよ。ああそうか。年の始めの禊ってやつか。

 一瞬で粘っこい霧のような物が晴れて気分が良くなった。どうでもいい。こんなたわいもない悪戯に拘っている場合ではない。うまいご馳走を食べて、うまい酒を飲もう。去年、馬鹿どもからたんまり儲けさせて貰った、その金でこれ以上ない贅沢な物をたらふく頂く。至福の時間だ。世間は不景気らしいが、その中で自分だけが良い思いをするというのは何と気分が良いことよ。笑いが止まらないとはこのことだな。

 ぽいっと暖炉の中に放り込むとその紙屑はすぐに焼滅した。

 年が明けて三日目。例年通り実弟家族が遊びに来た。弟の奥さんは相変わらず色っぽい。弟の前に私と付き合っていたし、今も時々関係を持っている。6歳になる姪っ子も可愛い。可愛いはずだ。実は私の娘だからだ。弟よりも私の方が結婚が遅かったので、わが息子は姪っ子より3歳年下だ。姪っ子がお姉さん然として面倒を見てくれている。本当のお姉さんなのだから当たり前か。キッチンでは家内と義妹が談笑している。

 自分の所有物ばかりの空間の中心に私がいるのだ。笑いがこみ上げる。弟が知らないというのが余計に愉快だ。笑える。笑いが堪えられずに笑いすぎて涙が出る。涙腺が脆くなった。それなりに私は歳をとったのだ。

 その夜、私は夢を見た。祖父の夢だった。近頃、弟の見た目が祖父とそっくりになってきたせいだからかもしれない。そして私は目覚めた時、祖父が私に伝えた言葉を思い出していた。

 大晦日。私は6歳だった。祖父と手をつないで、初詣客の列を脇にどかせて真ん中を通り、悠々と初詣をした。あれはおそらく祖父の部屋だ。自慢の日本刀が飾ってあった。正座をして向かい合う祖父と幼い私。私の目をまっすぐ見ていた祖父が「よく聞いておけ」と喋り始めた。

「大人になったお前の元へ手紙が届くはずだ。それはある時、突然、何の前触れもなく届くはずだ。いいか、その手紙は新年を迎えた朝に、突然届く。それは厄介な手紙だ。その手紙は決して捨ててはならぬぞ」

 そうか。あれがそうではないのか。祖父の言っていた手紙ではないだろうか。祖父はこうも言っていた。

「それはお前やお前の大切な人達に災厄をもたらす手紙だから、捨てずにとって置きなさい。しかるべき力を持った人にしかるべき処置をして貰いなさい」

 そうに違いない。もう焼き捨ててしまった。

 そんな馬鹿なことがあるものか。チンケな迷信だ。


 クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス……。

 どこか遠くの方で笑い声を聞いた。

 クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス……。

 一体どこから聞こえるのだ。

 クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス……。

 まさか三千年前からの笑い声でもあるまいに。



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 「年賀状」という話のコメント欄で「対」という言葉を頂いたので、本当に「対」になるような話を書きたくなって書きました。

 正月早々、変な話ですいません。

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