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神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (122) 村長の物語

村長であるヘリオスは語る。

『セイレーン』という名は、我々が暮らしていた惑星の名前であった。セイレーンの住民は魔法に優れ、非常に高度な文明を作り上げた。

魔法だけではない。魔法の高精度化と同時に科学技術も大きく発展させた。死者を蘇らせ、遠くの星へ行くことも可能とするほどに。

望めば何でもできる力があった我々の文明は、自分たちに不可能はないと驕ってしまったのかもしれない。魔法に優れ、科学技術も高度に発達したセイレーン文明はある日終焉を迎えた。

気がついたら我々は滅びていた。原因は判然としない。

惑星の資源を枯渇させてしまったからだという者もいた。気候変動、環境汚染や破壊が原因だという者もいた。経済が上手く回らないからという者もいた。戦争のせいだという者もいた。

セイレーン星の資源が減少し、環境問題や戦争が存在したことは事実である。

しかし、それだけでは説明のつかない人口の減少を止めることは誰にも出来なかった。

少しずつ我々は消えていった。寿命で死ぬのではない。自ら命を断つものが増えていったのだ。この豊かな社会で何故?という疑問に答えられる者はいなかった。

セイレーンには死者を生き返らせる術があった。しかし、自死するものにこの世への心残りがあるはずがない。自ら望んで死を迎えた者の魂つまり意識は完全に消失してしまう。死者の意識が残っていなければ、いくらセイレーンでも生き返らせることはできない。明るい未来を感じられないセイレーンの星が真の原因だったのかもしれない。誰も分からない。

病や寿命で亡くなる者よりも自ら死を選ぶ者の数が増え続け、人口の水準は危機的なレベルにまで落ち込んだ。それを防ぐ術を知る者はいなかった。

そうして、気がつけばセイレーンの文明は滅びていたのだ。

生き残ったのはわずか数百人程度だった。ヘリオスとイーヴも生き残った者たちだ。

我々は新天地で再び文明を築き上げることを望んだ。生き残りは大きな宇宙船に乗り、新たな故郷を求めて宇宙へと旅立ったのだ。その後、我々は環境の良い惑星を発見し、新しい場所で新しい文明を築き始めた。

しかし、大きな懸念事項があった。

何故、セイレーンの文明が滅びたのか原因が分からないままだったからだ。苦労して再び文明を築き上げたとしても、同じ間違いを繰り返してしまったらどうする?

我々は問うた。何が悪かったのか?どうしたら滅亡を避けられたのか?

今度こそ滅亡を防がなくてはならない。だからセイレーンは壮大な実験を始めたのだ。まず文明が滅びる原因を探究するため学術調査団を編成した。団長はアイオン。彼が文明崩壊の原因を探る調査研究の総責任者だった。ヘリオスは副団長でアイオンとは長年の親友である。

ところで、セイレーン星には特殊な階級制度が存在した。背中に生えた羽の数で階級が決まる。何故なら羽の数が多いほど高い能力を有するからだ。ヘリオスやイーヴのように三対六枚の羽を持つセイレーンが最上の階級であった。その下に二対四枚、一番下の階級が一対二枚の羽であった。

当初、学術調査団に選ばれたのは三対六枚の羽を持つセイレーンのみであった。ヘリオスとイーヴも団員に選ばれた。しかし、団員の一人であったネメシスが彼女の使用人も連れていきたいと願った。一対二枚の羽しか持たないセイレーンであるが、熱心で優秀な男だという。

それがポレモスだ。

ポレモスと面談したアイオンは彼が同行することを認めた。

*****

我々が選定した実験場所がこの惑星だった。同じ惑星に複数の異なる次元を構築した。時空上の異なる軌跡だ。世界線という呼び方もある。

我々の目的は比較対照実験だ。複数の世界を創り、それぞれ違った条件を課し、結果がどのように変化するかを検証するものである。

基本的な環境、特に時間軸は統一した。リオがいた世界とこの世界が同じ暦を持つのはそのためだ。惑星の動き、月の満ち欠けなど暦を定める要素を同一にし、合理的に考えれば同様の暦が発達する。他にも比較しやすくするため多くの共通要素がある。

共通の環境を作り、比較検証のために必要な異なる要素を入れた。

例えば、魔法がない世界。魔法がある世界。神と魔王がいる世界。人間しかいない世界。人間と人間以外の種族が共存する世界。

どの条件の世界が滅亡しやすいのか?

文明が長続きしやすい条件を持つ世界はどれなのか?

文明の存続要件を検証することが研究の主な目的である。

リオが住んでいた世界は、人間のみが文明を支え魔法は一切存在しない。

この世界は人間、獣人、魔人など多くの種族が共存し文明を支え、魔法がある。神と魔王が存在する世界でもある。

我々は様々な条件を備えた世界を合計五つ創造した。

***

この星に辿り着き、実験を始めたのは約四万年前。

五万年かけて経過を観察し、結果を検証することになっている。だから、あと一万年ほどで仲間が戻ってくる予定だ。

四万年前、我々はセイレーンの『芽』をそれぞれの世界に住む生き物に埋め込んだ。例えば、リオがいた世界では『旧人』と呼ばれる猿人に『芽』を植えつけた。その結果、現代とほぼ同じ型の人間に進化した。『新人』と分類される現代人の起源ホモ・サピエンスが発生したのである。

この世界でも同様のことをした。この世界では猿人以外の動物も進化させる予定だった。ポレモスは猿人以外の動物を進化させるための『芽』を植えつける任務を与えられた。

こうして我々は世界の特徴に応じて生き物を進化させ、どのように文明を築き、あるいは滅亡していくのかを検証する準備を行った。

そして、それぞれの世界を統括し、経過を観察し、実験が失敗しないように現地で監視する役割が必要だった。その役割を『管理者』と呼んだ。お前たちの世界では『全能の神』と呼ぶようだがな。

***

実験の『管理者』を選ぶ際、アイオンは当初ヘリオスに打診した。

しかし、ヘリオスにはイーヴという妻がいた。彼女のためにも実験場所である辺境の星より仲間たちのいる星へ帰りたかった。だからヘリオスは『管理者』の役割を断った。

アイオンは大いに悩んだが、結局ポレモスに『管理者』を任せる決断をした。ポレモスは優秀な男であり、『管理者』の役割を熱心に望んでいた。

ポレモスが『管理者』に決まった時、彼は歓喜した。以前よりも一層熱心に実験に取り組むようになった。

先ほども述べた通り、猿人以外の動物を進化させる役割はポレモスが担っていた。アイオンの指示では、狼などの四つ足の動物を進化させよ、ということだったが、ポレモスが最初に選んだ動物は四つ足ではなかった。

ポレモスが最初に『芽』を植えたのは蛇であった。

その蛇は賢いことで有名だった。

アイオンですらその蛇を気に入り

「野の生き物のうちで最も賢いのは蛇であった」

と語ったほどだ。

しかし、ポレモスがその蛇に芽を植え、蛇が『ナカシュ』と呼ばれる存在に進化した時、ナカシュはポレモスを誘惑したのだ。

「貴方のような素晴らしい方なら『管理者』に相応しい特権があるべきです」

ナカシュの甘言は絹のように滑らかで耳に心地よい。

ナカシュに誘惑されたポレモスは狼など四つ足の動物を進化させた時、特別な呪(まじな)いをかけた。獣人として進化する種族がポレモスの意のままに動くように『芽』に呪(しゅ)を混ぜたのだ。そして、同様な呪と邪心を込めた『芽』を猿人にも植えた。彼らが後の魔人となる。

しかし、その企てはすぐに周囲の知るところとなった。アイオンは激怒した。

実験者は常に第三者として観察しなくてはならない。実験者が当事者になってはならないのだ。実験の被験者を意のままに動かそうとする行為は、実験そのものの検証性を疑わせるのに十分な瑕疵となる。

アイオンは怒り、ポレモスを『管理者』として不適格だと断罪した。早い話、ポレモスは『管理者』をクビになったのだ。

既に呪のかかった『芽』を持つ種族を殺す訳にはいかない。ポレモスが『管理者』でなくなり、実験に関与しなければ影響はないだろうと、そのまま実験は続行されることになった。

***

ポレモスにとって『管理者』になることは成功の証であった。一対二枚の羽しかない彼にとっては初めての栄光だった。それを奪われた男は憤懣に身を震わせた。

しかも新しい『管理者』にはヘリオスが選ばれた。アイオンに他に適任者がいないと懇願され、ヘリオスは断ることができなかった。

ポレモスは昔からヘリオスに嫉妬心を燃やしていた。彼の怨恨がどれほど深く陰湿であるか知っていたらと、後にヘリオスは後悔の念に苛まれることになる。

ナカシュは、ポレモスが管理者でなくなっても彼に纏わりついていた。ナカシュはポレモスに敵意を、悪意を、憎悪を隠すよう助言した。そのせいで誰もポレモスの憤怒や悪意に気がつかなかった。

ナカシュは悪意がバレなければ復讐の機会があるとポレモスを唆した。そしてヘリオスが一番苦しむ復讐を考えろと誘惑した。

ヘリオスは油断していた。

***

複数の世界を創るのは膨大な作業を要する。そのためにセイレーンの技術の粋を集めた様々な道具を持ち込んでいた。ちなみにオリハルコンもその一つである。

地形を整えるための発破の道具もあった。ポレモスはそれを使いイーヴを殺害した。彼女の体が再生不能になるくらい粉々に消し去ったのだ。血の一滴も残っていなかったという。

ポレモスはすぐにアイオンらに捕まった。アイオンの怒りは凄まじかった。何故ポレモスを調査団に入れたのか?とネメシスまで厳しく責められた。

ヘリオスはそれどころではなかった。ヘリオスはイーヴがいない世界で生きてはいけない。絶望に打ちひしがれながらも必死でイーヴの意識を追いかけた。すぐに動いたおかげで辛うじてイーヴの意識を捕まえることができたが体がない。何とかしてイーヴを入れる器を作る必要がある。ヘリオスは焦った。

というのもアイオンは『芽』から体を創り、意識を入れて蘇らせるというセイレーン星での技に強固に反対していたからだ。死んでも甦ることができるという意識が人命軽視につながり、自死が増えたのではないかとアイオンは主張していた。

だからヘリオスはイーヴの意識を保存していることを誰にも言えなかった。当然アイオンにも秘密だ。万が一にも邪魔される危険は冒したくない。

ヘリオスは密かにイーヴの体を創ることを決意した。


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神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (123) 怨念|北里のえ (note.com)

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