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神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (123) 怨念

「ヘリオス!ヘリオス!おい・・・・大丈夫か?」

アイオンが心配そうにヘリオスの肩に手を置いた。

「最近、ずっとうわの空だぞ・・・まぁ、無理もないが・・」

イーヴが殺されて以来、大丈夫な時はない。あるはずがない。

ヘリオスは沈黙で応えた。

アイオンは気まずそうに「イーヴのことは・・・すまなかった・・。我がポレモスがどんな男か見破れなかった」と謝罪する。アイオンは何度も繰り返し謝罪した。彼が心から謝っているのは分かる。しかし、ヘリオスは沈黙を貫いた。口を開いたらアイオンを責めてしまうかもしれない。

「何の用だ?仕事か?」

ヘリオスは代わりに質問をした。

「ああ、『混沌の世界』のことだが、ヘリオスが『管理者』つまり神として存在するからには、対極となる魔王もいる方が均等なのではないかという意見があってな。お前は神としてある程度世界に干渉できる。マイナス方向の魔王も存在した方が均衡がとれるという先行研究が見つかったんだ」

ヘリオスは黙って頷いた。

「ヘリオスにそれを任せたい。魔王を創ってくれるか?」
「分かった」
「・・・・大変な時にすまない。均衡を取るためにはヘリオスの複製がいいだろう。頼むぞ。感謝する」

アイオンはヘリオスの背中を軽く叩くと去っていった。

(魔王を創る・・・か)

ヘリオスにとっては都合が良い仕事だ。イーヴの受け皿となる身体を作らなければならないが、一人で秘密裏に作るには魔力が足りない。大量に魔力を消費する大義名分が必要だった。

そして、不本意ではあるが魔王の体とイーヴの体は全く同じにした方がいい。その方が誤魔化しやすいし、万が一見つかった時にも予備として複数作ったという言い訳が立つ。

結果としてヘリオスは自分とそっくりな魔王の体を二体創った。魔王の体には、負の感情つまり悪意 憎悪 憤怒 高慢 絶望 喪失感 嫉妬などに感応し、それらを吸収することで魔王として覚醒するように修正を加えた。もう一体はイーヴのためのものなので、完全に普通の体だ。

しかし、外見上はどちらも全く同じである。ヘリオスにも判別がつかなかったので、イーヴ用の体には自分の羽根を服の下に隠しておいた。

魔王の体が二体あることは秘密だったので、ヘリオスは研究室に自分以外の人間を入れずに作業を行っていた。連日泊まり込みだったが、誰も不審に思う者はいなかった。悲しみを紛らわせるために仕事に没頭しているのだろうと思われていたからだ。

しかし、体が完成した後イーヴの意識を取りに行くために、ヘリオスは僅かの時間だが研究室を離れた。容器に入れたイーヴを連れて急いで戻ると、ヘリオスは研究室に妙な違和感を覚えた。ただ、調べてみても異常は見つけられない。

ヘリオスには時間がなかった。気のせいだと自分に言い聞かせて、服の下に隠した白い羽根を確認する。白い羽根がある方がイーヴの体である。ヘリオスは白い羽根があった体にイーヴの意識を注ぎ込んだ。

***

我々は当時、宇宙船内で生活していたが、この星に残る『管理者』には地上での家屋が用意されていた。イーヴが死んでから、仲間たちは腫れ物に触るようにヘリオスを扱うようになっていた。彼の行動がどれほど奇矯であっても何も言わず、望むものは何でも叶えようとしてくれた。

だから、ヘリオスが宇宙船を離れ地上で暮らしたいと言った時も、戸惑いながらも止める者はいなかった。そうしてヘリオスは甦ったイーヴを隠し、二人で地上の家での生活を始めたのだった。

しかし、イーヴの様子がおかしい。ヘリオスが苛々するだけでイーヴの体調が悪くなる。ヘリオスが負の感情を抱くとイーヴの体調が悪くなることに気がついた。それは単なる複製の体では起こるはずがないことだった。

しばらくしてイーヴの意識が誤って魔王の体に入ってしまったと認識した時、ヘリオスは後悔と憤怒で息が出来なくなるくらいだった。そのせいでまたイーヴの体調が悪くなる。

ヘリオスはイーヴの体調を悪化させないよう、必死で感情を抑えることを学んだ。

***

それにしても・・・・・

ヘリオスは白い羽根を何度も確認したはずだ。何故このようなことになった?と考えた時、研究室で覚えた違和感を思い出した。誰かが羽根を入れ替えた可能性はあるだろうか、と。

ヘリオスは調査を始めた。すると仲間の一人が、その日ナカシュが研究室の周辺をうろついていたと証言した。

ヘリオスは、ポレモスが罪を犯し管理者の座を奪われた時に『ナカシュのせいだ』と叫んでいたのを思い出した。ナカシュは過去にも悪事を働いたことがあるのではないかとヘリオスは疑念を持った。

ヘリオスは、アイオンにナカシュが過去に罪を犯した可能性があると相談した。彼の記憶を調べて過去に何をしたか調査するべきだと訴えたのだ。記憶を複写する魔法は難しいものではない。しかし、個人情報の濫用につながる可能性があるため特別な規制がある。ヘリオスはナカシュの記憶を複写する特別な許可を得た。

*****

ナカシュは、ヘリオスの留守をついて魔王の体が二体並ぶ研究室に忍び込んでいた。

『・・・ヘリオスは何故二体も魔王の体を創ったのか?イーヴを殺されて、もっと悲嘆にくれると思っていたのにつまらない。いつもエラそうに気取りやがって・・俺たちを見下しているんだ』

ナカシュは独り言を呟きながら研究室の体を熱心に調べている。

『・・・全く同じ体だ。何故二体も必要なのか?・・・待て。こちらの体には白い羽根が隠されている・・・何故?』

ニヤリと嗤うナカシュ。

『・・・ヘリオスにとっては意味があるんだろう。邪魔してやろう』

そして、ナカシュは白い羽根を入れかえた。白い羽根は魔王の体の下に置かれることになったのだ。

*****

ナカシュの記憶を見た時、ヘリオスは怒りのあまり胸を搔きむしった。

記憶をさらに遡ると、ポレモスが罪を犯すように唆したのもナカシュであることが判明した。ナカシュは理由があってポレモスを唆したのではない。ただ、人を不幸にすることが楽しいのだ。悪魔のような奴だと思った。

ヘリオスはポレモスに犯罪を教唆したのがナカシュであると告発し、その場面をアイオンに見せた。ナカシュがどれほど嘘を重ねて弁明しても無駄だった。

アイオンは激怒した。

それまで『野の生き物のうちで最も賢いのは蛇であった』とアイオンに言わしめたナカシュの評価は地に落ちた。

『蛇よ、お前はあらゆる獣の中で最も呪われたものとなった。一生地を這いずり、塵を舐めよ』(*聖書:創世記より引用)

と告げられ、ナカシュはポレモスと共に牢獄に閉じ込められることになった。

***

牢獄と言っても、皆が想像するような牢獄ではない。異次元に封鎖された空間を作り、そこに二人を閉じ込めることにしたのだ。数日に一度食べ物が自動的に転移されるが、見張りをつける必要はない。時間を止めると罰にはならない。だから時は世界と同じように流れて行く。

ポレモスとナカシュはヘリオスに対する怨嗟の念に執着した。こんなに惨めな境遇に陥ったのは全てヘリオスのせいだと恨みを増長させた。彼らの執着と復讐の念は決して潰えることがなかった。

しかし、ナカシュの寿命は短い。

ナカシュは牢獄の中で命を終えたが、その復讐への執念が心残りとなり意識体、この世界の言葉では霊魂としてこの世に留まり続けることとなった。霊魂となったナカシュは、この世界の悪人に憑りつきヘリオスへの復讐を始めた。悪人が死ぬと別の悪人に憑りつく。大したことはできないがハエのように鬱陶しい存在だった。今回、ナカシュはメフィストに憑りついてヘリオスに復讐を果たそうとしたのだ。

ポレモスはメフィストを駒のように扱っていたが、実はポレモス自身もメフィストの駒にされていたのかもしれない。

*****

一方ポレモスは、ナカシュが死んだ後も牢獄で生き続けた。長い長い間、ヘリオスを呪いながら・・・。牢獄の中でポレモスは目に見えない細菌や微生物の存在に気がついた。食べ物がある空間には異次元の檻の中でも細菌、微生物は存在する。体にも細菌や微生物は存在する。それらにも『芽』があることをポレモスは発見した。

ポレモスは意図的にそれらの『芽』を取り込んだ。小さな虫が入りこんだ時にはその『芽』も吸収した。身の回りのあらゆる『芽』を取り込みながらポレモスは進化した。目に見えない細菌にも化けることが可能になり、セイレーンであるにも関わらず嘘がつけるようになった。

それは大きな進化だった。

しかし、進化したとはいえポレモスはオリジナル・セイレーンだ。

この世界でヘリオスの『芽』を与えられたことで進化したセイレーン種族と区別するために、セイレーン星出身者を『オリジナル・セイレーン』と呼ぶことになっている。必要な研究知見を得るためにオリジナル・セイレーンは世界への影響に制限がかかる。例え進化しても、その制限を解除することはできなかった。

ただ、細菌に化けられるようになったポレモスが牢獄を逃げ出すことはそれほど難しいことではない。

数万年前、獄中のポレモスの管理をしていたネメシスから連絡がきた。連絡といってもモールス信号のような原始的なものだ。距離が遠すぎてそれ以外の連絡方法はない。

ポレモスが牢から消えたと簡潔に告げられた。

ポレモスはこの世界から異次元の牢獄に入れられた。逃げ出した先もこの世界だろうとの警告だった。

そして牢獄から逃げ出したポレモスは喜々としてヘリオスへの復讐を開始したのだった。

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神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (124) 幸せとは?|北里のえ (note.com)

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